ラテンアメリカ文学アンソロジーを4冊(+1冊)読んだ

思うところあって「ラテンアメリカ文学短編アンソロジー」ばかり集中して読んでいた。思うところ、というか実はただ単に積読が溜まりまくってしまいここは一気呵成に読まにゃ消化できんな、という事情があっただけなのである。

読んだアンソロジーのタイトルは『ラテンアメリカ怪談集』『20世紀ラテンアメリカ短編選』『エバは猫の中―ラテンアメリカ文学アンソロジー』『ラテンアメリカの文学 ラテンアメリカ五人集』の4冊。これと併せてもう一冊、『ボルヘス怪奇譚集』を勢いに任せて読んでしまった。この『ボルヘス怪奇譚集』、ラテンアメリカ文学ではなくて、古今東西の怪奇譚をボルヘスとカサーレスが編んだ抜粋集となっており、それなので記事タイトルも厳密さを考慮して「4冊(+1冊)」とさせてもらった。それではそれぞれをざっくり紹介してみよう。

 

ラテンアメリカ怪談集

ラテンアメリカ怪談集 (河出文庫)

ラテンアメリカ怪談集 (河出文庫)

 

ラテンアメリカ文学というと十年一日の如く「マジックリアリズム」呼ばわりし、便利な言葉なので何も考えることなく無反省に濫用しているオレである。確かにラテンアメリカ文学の多くには「現実の描写の中になんだか妙なモノがニョロッと混じっている」ことが多いんではないか、そしてそれがラテンアメリカ文学の面白さなんじゃないか、とオレは雑に認識して楽しんでいる。そういった部分でいうならこの『ラテンアメリカ怪談集』、普通にラテンアメリカ文学を編纂しても「怪談集」になりそうな所を、さらに「怪談集」と銘打って堂々と奇妙な話ばかり集めている部分で面白い。とはいえ、ホラーチックな怪奇譚という意味での「怪談」というよりも「奇妙な味」「変な話」な作品が多いのが正確だろう。中にはコメディタッチのホラー作もあるぐらいだ。同時にラテンアメリカ文学の面目躍如ともいうべき強烈に幻想的な作品も収められている。そして何より驚いたのは、詩的で美しい文章の作品がとても多い、という事だ。これは新たな発見だった。そんなこんなで実に充実したアンソロジーだった。 

 

■20世紀ラテンアメリカ短篇選

20世紀ラテンアメリカ短篇選 (岩波文庫)

20世紀ラテンアメリカ短篇選 (岩波文庫)

 

こちら『20世紀ラテンアメリカ短篇選』は岩波書店刊ということもあってか収録作全16篇どれもがおそろしくクオリティが高く、またラテンアメリカ作家の有名どころを余すことなく網羅し、さらにテーマ別に作品を分類しているという、この短編集におけるアンソロジストの力量の様を大いに伺わせるアンソロジーとして編集されている。分類された4つのテーマも「他民族」や「暴力的風土」、「都市化による疎外感」や「妄想と幻想」といった、ラテンアメリカ文学の特色といっていい部分を綺麗に区分けして作品選別が成されている部分で秀逸極まりない。これらテーマ分けがあるからこそ短すぎてアンソロジーには収録され難いが鮮烈な印象を残す掌編を幾つも目にすることが出来た。とまあここまで堅苦しく書いたが、これらテーマも横断的なものであり、やはり多くの作品において「現実の描写の中になんだか妙なモノがニョロッと混じっている」ことに変わりはないと思う。だから「文学作品」として読めるそれぞれの作品を「奇妙な味の作品」として気軽に楽しんでもいい筈だ。そしてこのアンソロジーにも、詩的で美しい文章の作品を幾つか目にした。ラテンアメリカ文学はマジカルであると同時にリリカルでもあるのだ。

 

エバは猫の中―ラテンアメリカ文学アンソロジー

エバは猫の中―ラテンアメリカ文学アンソロジー (サンリオ文庫)

エバは猫の中―ラテンアメリカ文学アンソロジー (サンリオ文庫)

 

まずこのアンソロジー、なんとあの「サンリオ文庫」から出版されたものである。だから廃刊書籍であり古本での購入となった(それほど高くなかった)が、なにしろサンリオ文庫ラテンアメリカ文学アンソロジーが出版されていたというのが驚きだった(実はサンリオ文庫マルケスヴォネガット、アーヴィング、ナボコフ、ピンチョンなど錚々たる海外文学を扱っていた恐るべき出版社だったのだ)。さらにこの年でサンリオ文庫を読むことになるとは夢にも思わなかった。さて内容はというとこれがよく言えばバラエティに富み、悪く言えば玉石混交、総じて肩肘張らない自由な「奇妙な味」作品集として楽しむことが出来る。きっと編者も楽しみながら作品チョイスしたであろう気さえする。発行は1987年、ちょうどラテンアメリカ文学が日本でも流行り始めたぐらいの頃だったのかもしれない。収録は16作、2作品が『ラテンアメリカ怪談集』と重複し、短編集『落葉』にも収録のマルケス作品が2作品収められている。ラストの『追い求める男』(フリオ・コルタサル)はジャズ小説になっており、テーマ・分量とも圧巻だろう。

 

ラテンアメリカの文学 ラテンアメリカ五人集

ラテンアメリカの文学 ラテンアメリカ五人集 (集英社文庫)

ラテンアメリカの文学 ラテンアメリカ五人集 (集英社文庫)

 

こちらは単にラテンアメリカ文学なだけではなく「五人集」とまで謳った作品集である。どう五人集なのかというとノーベル賞セルバンテス賞のいずれか、あるいは両方を受賞した作家・詩人で構成されているらしい。面子はバルガス=リョサ、パチェーコ、フエンテスアストゥリアス、パス。で、この作品集というのがこれまで紹介したアンソロジーと違い、殆どの作品でマジックリアリズム的幻想味ではなくド直球の文学作により占められていることだろう。もう冒頭のパチェーコ『砂漠の戦い』からラテンアメリカさんが「文学」と彫られた煉瓦でぶん殴ってくるような作品だし続くバルガス=リョサ『小犬たち』においてはラテンアメリカさんが「文学」と刻まれたエンジニアブーツでキックの連打をかましてくるような作品なのである。オクタビオ・パス作品に至っては【詩】だぞ【詩】(興奮して括弧入りにしてしまった)(そして全然意味が分からなかった)。ちょっとふざけ過ぎたが、ラテンアメリカのそれは欧米文学に散見する意識高い知識人のひ弱な悲哀を一蹴するような、生と死そして感情発露のコントラストの在り方がどこまでも眩いのだ。そこがラテンアメリカ文学の面白味だと思う。なおアンソロジーのラストはアストゥリアスグアテマラ伝説集』。オレこの作品の入った作品集これで3冊目だな。そして実はこの作品格調高すぎて実は苦手……。

 

 ■ボルヘス怪奇譚集

ボルヘス怪奇譚集 (河出文庫)

ボルヘス怪奇譚集 (河出文庫)

 

最後に紹介するのはラテンアメリカ文学ではなくボルヘスとカサーレスが様々な文献からの「短くて途方もない話」ばかりを抄録し一冊にまとめたものだ。それらは古今東西アラビアンナイトの昔から現代まで膨大かつ多岐に渡り、収録された数は数行のものから数ページのものまで92編、編者二人の書痴・書淫の凄まじさがおのずと浮き上がってくるだろう。タイトルは「怪奇譚」とはなっているが多くは不可思議で幻想的な内容のものであり、そして奇怪な運命と逃れられない死にまつわる話ばかりだ。確かに一篇一篇だけ抜き出して読むと木で鼻を括られたような気分にさせられるお話も多いが、これらが一冊に集合することによりボルヘス的な(あるいはカサーレス的な)超現実性を帯びた世界観が垣間見えてくるという仕組みでもある。今風に言うならDJミックスアルバム的な味わいのある作品集ということもできるだろう。