日中韓の作家たちによる「東アジアの古い伝説」を基にしたSFファンタジー短篇集『七月七日』

七月七日 / ケン・リュウ、藤井太洋 他(著)、小西直子、古沢嘉通(訳)

七月七日

東アジアに伝わる七夕伝説、 不老不死の薬を求める徐福伝説、 済州島に伝わる巨人伝説―― 伝説や神話からインスピレーションを得て 日中韓三ヵ国の作家が紡ぐ、十の幻想譚。 七夕の夜、ユアンは留学で中国を離れる恋人ヂィンに会いに出かけた。別れを惜しむ二人のもとに、どこからともなくカササギの大群が現れ――東アジア全域にわたり伝えられている七夕伝説をはじめとし、中国の春節に絡んだ年獣伝説、不老不死の薬を求める徐福伝説、済州島に伝わる巨人伝説など、さまざまな伝説や神話からインスピレーションを得て書かれた十の幻想譚。日中韓三ヵ国の著者によるアンソロジー。

『七月七日』は日中韓の作家たちが、それぞれの国の伝説・神話・民話をモチーフにSF・ファンタジー作品をしたためた短編集だ。私はこの間まで韓国作家によるSFファンタジー短編集や中国作家によるSFアンソロジーを集中して読んでいたのだが、その仕上げとしてこのアンソロジーを手に取った。プロデュースと編纂はSF作家ケン・リュウ。

ただし「日中韓の作家たち」とは書いたが、実際には収録された10篇のほとんどが韓国人作家による作品であり、それ以外として中国系アメリカ人作家ケン・リュウ、日本の作家・藤井太洋、中国人作家・レジーナ・カンユー・ワン(王侃瑜)の3人による作品がそれぞれ1編ずつ収められた形となっている。

全体的なクオリティは高く、これまで読んできた韓国人作家短編集や中華SFアンソロジーにひけをとらない。特に多数収録された韓国人作家作品は、原文がいいのか訳者が優れているのかは分からないが(おそらくその両方だろう)、ノリのいい軽快で親しみやすい文章で構成されており、これはこのアンソロジーの隠れた魅力かもしれない。また、韓国人作家の多くが済州島の伝説を基に作品を書いている点も興味深い。どうやら済州島は伝説の宝庫らしい。では作品を紹介しよう。

「七月七日」(ケン・リュウ)はお馴染みの七夕伝説を基にした瑞々しいシスターフッド・ファンタジー。ケン・リュウはもともとファンタジーも得意な作家で、この作品も安定したクオリティだ。「年(ねん)の物語」(王侃瑜/レジーナ・カンユー・ワン)は、中国伝承に登場する大晦日の夜に村々を襲う凶暴な怪獣「年獣(ニエン)」の伝説を基にしたもの。アニミスティックな精霊が文明衰退後の地球でAIと共に人類の行く末を憂える。王侃瑜は以前読んだ中華アンソロジー『宇宙墓碑』で傑作をものにしており、このアンソロジーでもその多彩さをうかがわせる。

「九十九の野獣が死んだら」(ホン・ジウン)はミュータント狩りのバウンティーハンター作品だが、「嗅覚でミュータントを追いつめる」というアイディアがまず出色。老人とチンピラ兄ちゃんというアウトサイダーな主人公設定も効いている。済州島に伝わる「九十九匹の野獣伝説」を基にした作品だ。「巨人少女」(ナム・ユハ)は済州島に伝わる巨人伝説を基にしているが、なにしろUFOに拉致され帰還した5人の女子高生が突然巨大化する!?というB級モンスター映画みたいなプロットが最高!オチが弱く伏線を回収しきれていない部分は惜しいが、勢いのある楽しい短編だった。

「徐福が去った宇宙で」(ナム・セオ)は中国の徐福伝説を宇宙開拓時代に当てはめた作品。「海女」をモチーフにした、辺境星系で微量元素採掘を営む主人公の設定も心憎い。韓国でも海女は一般的だが、これも済州島起源らしい。惜しむらくはラストが少し弱い。「海を流れる川の先」(藤井太洋)は古代、薩摩からの侵略を受けていた奄美大島の実話・伝承を基にしたもの。奄美出身の藤井氏ならではの渾身の一作だが、少々作風が固すぎるように感じた。

「……やっちまった!」(クァク・ジェシク)は済州島の漢拏山(ハルラサン)の山頂から矢を放ったら天に刺さり、神の怒りを買って山の地形が変わったという伝説を基にしている。物語はお疲れ気味の若手研究者とかつての先輩女性とのコミカルなラブロマンスが中心で、奇妙にくだけた雰囲気が読ませる。SFアイディアも面白く、中編に膨らませてほしかったほどに楽しんだ。「不毛の故郷」(イ・ヨンイン)はオーバーロード的な異星人による古代の地球文明監視を描く作品。希有壮大な物語展開に圧倒されるが、これも済州島の創世神話を基にしているという。

「ソーシャル巫堂指数」(ユン・ヨギョン)は市民の「ソーシャル指数」を測定・評価するシステムが施行された近未来、異能すぎて社会的に排除された「巫堂」(シャーマン・巫女・祈祷師)のドタバタをコミカルに描く。済州島のシャーマニズム文化を基にしているという。「紅真国大別相伝(ホンジンこくデビヨルサンでん)」(イ・ギョンヒ)は放射能汚染により人類がドーム都市に居住せざるを得なくなった遠未来、翼の生えた突然変異の子供が生まれるという物語。済州島に伝わる大別相伝説を基にしているが、「学校での虐め」という挿話が現代的すぎてやや興醒めした。

収録作の大半を占める済州島の伝説は、日本人の私には馴染みのないものばかりだった。それでも作品は十分楽しめたし、むしろ読み終えてから済州島それ自体への関心が湧いてきた。神話・伝説をSFやファンタジーの燃料として転換する手つきは、東アジア文化圏に共通する想像力の豊かさを感じさせる。ケン・リュウが束ねたこのアンソロジーは、「伝説は死なず、SF・ファンタジーという形で現代に生き続ける」ことを示す好例の一冊だ。

収録作品と作家名(全10篇)  
- 「七月七日」 ケン・リュウ(中国)  
- 「年(ねん)の物語」 王侃瑜(レジーナ・カンユー・ワン)(中国)  
- 「九十九の野獣が死んだら」 ホン・ジウン(韓国)  
- 「巨人少女」 ナム・ユハ(韓国)  
- 「徐福が去った宇宙で」 ナム・セオ(韓国)  
- 「海を流れる川の先」 藤井太洋(日本)  
- 「……やっちまった!」 クァク・ジェシク(韓国)  
- 「不毛の故郷」 イ・ヨンイン(韓国)  
- 「ソーシャル巫堂指数」 ユン・ヨギョン(韓国)  
-「紅真国大別相伝(ホンジンこくデビヨルサンでん)」イ・ギョンヒ(韓国)