『Rip / リップ』『レッキング・クルー』など最近観た配信映画

Rip / リップ (Netflix映画)(監督:ジョー・カーナハン 2026年アメリカ映画)

『Rip / リップ』(Netflix独占配信)は、マット・デイモンベン・アフレックの盟友コンビが久々に共演するクライムサスペンス。実話ベースで、マイアミの麻薬捜査班が古い家から発見した約2000万ドル(30億円超)の現金を巡り、仲間内の信頼が崩壊していく心理戦が描かれる。

まず見どころはデイモン&アフレックの息の合った共演振り。この二人、『グッド・ウィル・ハンティング』、『ドグマ』、『最後の決闘裁判』など共演作が非常に多く、今作でもそのケミストリーが十分に楽しめる。監督は『スモーキン・エース/暗殺者がいっぱい』『特攻野郎Aチーム THE MOVIE』『炎のデス・ポリス』などタガの外れたアクションが得意なジョー・カーナハン

物語は「裏切者は誰か?」という部分でぐんぐんと引っ張り、孤立無援となった家の中でどんどんと緊張感が膨らみ、一触即発のヤバイ状況となってゆく演出が実に良かった。なにしろあまりに緊張感が高すぎて途中で観るのが辛くなってきたほど。そしてそれが遂に爆発を起こした後の疾走感たるや!ただしこうった構成なので、中盤を過ぎてもほとんどアクションがないのでご注意を。でもクライマックスで派手に巻き返すから!


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レッキング・クルー(Amazon Prime Video)(監督:アンヘル・マヌエル・ソト 2026年アメリカ映画)

『レッキング・クルー』(Prime Video独占配信)は、ジェイソン・モモアデイヴ・バウティスタが異母兄弟として共演するアクションコメディ。ハワイを舞台に、疎遠だった2人が父親の不可解な死をきっかけに再会し、真相を追う中でヤクザ絡みの陰謀に巻き込まれ、すべてをぶち壊しながら大暴れする王道バディものだ。監督はDCスーパーヒーロー映画『ブルービートル』(2023)のアンヘル・マヌエル・ソト。

最大の見どころは、モモア(野生のゴリラ系無鉄砲刑事)とバウティスタ(穏やか筋肉ゴリラ系元軍人)の最強絵面とケミストリー。マーベル/DC出身の2人が本気の肉弾戦で殴り合い、車を横転させ、爆破を連発するアクションは重厚で爽快。カーアクションのスピード感、ヘリ絡みの派手シーンはもとより、MIYAVI演じるチャラいヤクザの存在感もニヤリとさせられるポイント。兄弟喧嘩から絆の修復まで、ストーリーはシンプル王道だが、それが逆に清々しく、考える暇なく楽しめる。

一方で、展開は予想通りで新鮮味に欠け、中盤のテンポがやや緩むという難点もあった。アクション全振りゆえ、深みは薄めだが、脳筋全開の破壊と笑いが心地よい「原始的暗黒アクション」。筋肉と爆発が欲しい時に最適な一作だ。


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レッキング・クルー

レッキング・クルー

  • デイヴ・バウティスタ
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「攻殻機動隊」へのフランスからの返答:傑作サイバー・ノワールSFアニメーション映画『マーズ・エクスプレス』

マーズ・エクスプレス (監督:ジェレミー・ペラン 2023年フランス映画)

フランス産サイバー・ノワールSFアニメ『マーズ・エクスプレス』

『マーズ・エクスプレス』は、フランス製作による23世紀の火星を舞台にしたサイバー・ノワールSFアニメーションだ。人間とロボットが共存する未来の火星社会で起こった犯罪捜査をリアリティあふれる世界観で描ききった本作は、観る者を強く引き込む。

【STORY】西暦2200年。火星の首都ノクティスを拠点とする私立探偵のアリーヌ・ルビーは、アンドロイドの相棒カルロス・リヴェラとともに、名門大学の学生失踪事件の捜索に乗り出す。調査を進める中で、腐敗した都市の裏側、巨大企業の陰謀、そしてロボットの「脱獄(ジェイルブレイク)」をめぐる社会の暗部が次々と明らかになる。人間と機械の境界が揺らぐ中、二人は人類の未来を左右する秘密に迫っていく。

監督はフランスで活躍するジェレミー・ペラン。本作が長編監督デビュー作となる新鋭のアニメーターだ。2016年にフランスの人気バンド・デシネ(漫画)を基にしたTVシリーズ『ラストマン』を脚本・監督し、高い評価を得た。押井守の『攻殻機動隊』や大友克洋の『AKIRA』、今敏の『パプリカ』など、日本のSFアニメから強い影響を受け、それを独自の視点で昇華させている。シンプルながら洗練された線とリアリスティックな表現が特徴で、本作ではサイバーSFとネオノワールの融合を見事に実現した。

本作は完全オリジナルストーリーであり、特定の漫画や小説の原作はない。タイトルは20年以上にわたり火星探査を続けている実在の欧州宇宙機関の探査機「マーズ・エクスプレス」に由来し、最新の宇宙研究や科学データを基に構築された世界観が魅力だ。監督のペラン自身が脚本を共同執筆(ローラン・サルファティと)しており、フランス映画では珍しいSFと探偵映画のクロスオーバーを追求した意欲作となっている。

細部まで描き込まれた未来世界のリアリティ

最大の見どころは、未来社会の細部まで描き込まれたリアリティにある。火星のドーム都市、地球と火星間の移動、自律走行車、分子レベルの薬物、脳のレンタル、テレパシー的なVR通信など、すべてが現在の科学トレンドを延長した形で自然に存在する。説明過多にならず、物語が進むにつれて「ああ、この世界はこうなっているのか」と腑に落ちるプロットが秀逸だ。アクションシーンもスリリングで、宇宙船内の追跡やカーチェイスは緊張感が半端ない。

作品はフィリップ・K・ディックアイザック・アシモフウィリアム・ギブスンの古典SFから強い影響を受けている。フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(『ブレードランナー』原作)における人間とアンドロイドの境界、自我の曖昧さ。アイザック・アシモフの「ロボット工学三原則」における、ロボットの絶対服従とそこからの「ジェイルブレイク」。ウィリアム・ギブスン作品におけるハイテク・近未来の企業支配、脳のレンタル、情報と肉体の融合。これら3者の思想が『攻殻機動隊』などのアニメを経て再解釈され、フランスのノワールに融合した結果、本作は見事なサイバー・ノワールSFとして完成しているのだ。

AIやロボット、惑星移住の描写が現実味を帯びており、細部まで徹底的に作り込まれている点も圧倒的だ。最初は世界観やテクノロジーの説明がほとんどなく戸惑うが、それが徐々に明らかになるシナリオが秀逸で、観客を自然に引き込む巧みさがある。武骨で不愛想、そしてアル中の女性主人公アリーヌ、故人の思考を収納し、深い内省を持つ相棒ロボット・カルロスといったキャラクターも個性が際立ち、観るほどに愛着がわいてくる。

攻殻機動隊』との深い関連性

本作を観ていて強く感じたのは、『攻殻機動隊』との深い関連性だ。押井守監督の1995年の映画版『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』は、サイバーパンクの金字塔として、人間と機械の境界、自我の存在、情報社会のディストピアを描き、世界中のクリエイターに多大な影響を与えた。士郎正宗の原作漫画が1989年から連載開始されてから約35年、本作公開の2023年時点でその思想は成熟期を迎えている。ペラン監督は押井作品、特に『攻殻機動隊』の影響を認め、シンプルな線で心理を表現する美学や、機械と人間の共存をめぐる哲学を継承している。

しかし『マーズ・エクスプレス』はさらに先進的だ。『攻殻機動隊』が主に地球上のサイバースペース義体を扱ったのに対し、本作は惑星間移住と火星社会を舞台にスケールアップさせている。ロボットの「サイバー法」による絶対服従とその脱獄、脳ファームのような生体利用、企業の独占など、より現実的な格差社会とAI倫理の問題を直視する。『攻殻』が個人のアイデンティティを探求したのに対し、本作は社会全体の構造的変革と、機械が主体的に「自由」を求める姿を描き、ポストヒューマン時代の次の段階を示唆する。押井守の系譜を受け継ぎつつ、フランス独自のバンド・デシネ風のクールさと最新科学のリアリズムを融合させた点で、間違いなく先進的な一作だ。


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アメリカ全土を襲った強烈な「サタニック・パニック」を描くドキュメンタリー映画『サタンがお前を待っている』

サタンがお前を待っている (監督:スティーブ・J・アダムズ、ショーン・ホーラー 2023年カナダ映画

悪魔崇拝カルトの犠牲となった女性による迫真のドキュメンタリー」――。そんな、どちらかと言えば胡散臭いオカルト実録ものだろうと高を括って観てみたら、これが実に興味深い一作だった。

事の発端は1980年。ミシェル・スミスという女性が、精神科医ローレンス・パズダーの退行催眠セラピーにより「幼少期に悪魔崇拝カルトから凄惨な儀式虐待を受けていた」という記憶を呼び覚まされたことに始まる。この手記は『ミシェル・リメンバーズ』として出版され大ベストセラーとなり、アメリカ全土を強烈な「サタニック・パニック」へと陥れた。人々は「自分の隣にも悪魔崇拝カルトがいるかもしれない」と怯え、被害があったという報告も上がり始めたのだ。

映画は当時の記録映像と関係者のインタビューで構成されている。そこで明らかになるのは、アメリカ社会の暗部に蠢く悪魔崇拝カルトの真実……などでは決してない。それは、当事者であるミシェルとローレンスが、いかに怪しげな作り話で世論を操り、自らを注目の的へと押し上げたか。そして二人のこの狂言によって、社会がどれほど巨大な集団ヒステリーに飲み込まれていったかという実態なのだ。

何より恐ろしいのは、二人のいかがわしさ以上に、教会、警察、FBI、さらにはローマ教皇までもが、彼らの言葉に踊らされパニックを増幅させていく様だ。1970〜80年代の産業不況や社会構造の変化、宗教的保守陣営の先鋭化といった時代背景が、この「集団狂気」の土壌となっていたのだろう。90年代に沈静化したとはいえ、この事件が今日のQAnonやピザゲートといった現代の陰謀論の布石となっている点も、見逃せない事実である。

それと併せ、政府から宗教法人として認められている「サタン協会*1」が登場するのも面白かった。これは決して「悪魔崇拝教団」ではなく、「非神論的かつ(キリスト教的教義から離れた)自由な生き方を求める教会」であり、「権威主義に対する反発と抗議の象徴としてサタンを信仰しているのだ」という*2


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サタンがおまえを待っている [Blu-ray]

サタンがおまえを待っている [Blu-ray]

  • ミシェル・スミス、ローレンス・パズダー、アントン・ラヴェイ
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Surgeon、Shed、Ben Klock & Fadi Mohemなど最近聴いたエレクトロニカ界隈

Surgeon
Shell~Wave / Surgeon【今日の1枚】

Surgeonの最新作『Shell~Wave』(2025年5月、Tresor)は、Crash Recoilから2年ぶりのフルアルバムで、ミニマル機材とライブセット風の即興アプローチを貫いた9曲入り。Anthony Childの30年超のキャリアが凝縮された、催眠的で渦巻くようなテクノの極みだ。オープニング「Serpent Void」から重厚なビートと歪んだレイヤーが絡み合い、「Soul Fire」「Divine Shadow」では古代神話めいたタイトル通り、荘厳でサイケデリックな浮遊感が広がる。中盤の「Dying」はビートレスでTranscendence Orchestraの影響を感じさせる瞑想的なピースで、後半「Infinite Eye」「Triple Threat」ではクラシックSurgeonらしい鋭いポリリズムと酸が炸裂し、深いトランス状態へ誘う。全体47分とコンパクトながら、各トラックが一発録り的な緊張感を持ち、繰り返しの妙で脳を溶かす。Birmingham Soundのエッセンスを現代的にアップデートした、ヘッドフォン必携の没入型作品。聴き終えた後、現実が少し歪んで見えるほどの余韻が残る。

Towards East / Shed【今日の1枚】

Shedの『Towards East』(The Final Experiment、2023年デジタルリリース / 2025年リマスター・ダブルLP再発)は、Berlinの鬼才が静かに放った珠玉のAmbient Techno傑作。約38分の8曲構成で、クラシックなShedのグルーヴを保ちつつ、ダブのエコーと深い情感が溶け込んだ穏やかで内省的な世界観が広がる。冒頭「KMA - Towards East」から漂う重厚なベースと繊細なパーカッションが、まるで東方への旅立ちを予感させる。「Absolute」「No Dread!」ではリズムの複雑さが光りながらも攻撃的ではなく、ゆったりとした揺らぎが心地よい。「In Between (Für Geli)」は優しいメロディが胸を打つ献呈曲で、中盤「Time」「September 5th」では時間そのものが伸びるようなアンビエント寄りの浮遊感が秀逸。締めの「The Satisfied Mind」まで、一切無駄がない洗練された流れ。Shedらしいポリリズムとレイヤリングを抑えめに使い、Reggae/Dubの影響を強く感じさせる点が新鮮。クラブの喧騒から離れたヘッドフォンリスニングに最適で、聴くたびに心の奥底が静かに震える。

Layer One / Ben Klock & Fadi Mohem【今日の1枚】

ベルリン拠点のテクノ巨匠Ben Klockと若手FadiMohemが新レーベルLAYERから2024年11月29日にリリースした初のコラボアルバム。全10曲、約41分。従来のストレートな4つ打ちテクノから大胆に離れ、IDM、ambient、industrial、raw dubの要素を融合させた実験作だ。 Coby Seyのspoken-wordが漂う「Ultimately」「Clean Slate」はノスタルジックで内省的なムードを、Flowdanのgrimeエネルギーが炸裂する「Our Sector」は緊張感を注入。インスト曲では「Escape Velocity」の浮遊感あるコードと複雑なリズム、「The Machine」の機械的ノイズ、「Melatonin」の鎮静的なクロージングが秀逸。重厚な低音、歪んだパーカッション、レイヤードされたテクスチャーが緻密に構築され、ポストヒューマンな世界観を描き出す。 Klockのクオリティ管理とMohemの新鮮なアプローチが噛み合い、クラブ外のリスニングにも耐える深みがある。

Loud Ambient / The Black Dog

インテリジェント・テクノの草分け的存在であるザ・ブラック・ドッグ。本作は、タイトルの通り「大音量で聴くためのアンビエント」という逆説的なテーマを掲げている。静寂の背景としての音楽ではなく、圧倒的な存在感を持って空間を支配する、能動的なアンビエントサウンドスケープだ。 深く重厚な低域、執拗に繰り返されるシーケンス、そして意識の奥底に触れるようなドローン。それらが幾重にも重なり合い、リスナーを外界から遮断された瞑想状態へと導く。冷徹な都市の孤独を映し出すようなインダストリアルな質感もあり、美しいだけではない、現代社会の歪みや緊張感をも内包した、強靭な精神性を感じさせる一枚である。

Steep Stims / Clark

Clarkの最新作『Steep Stims』(2025年11月リリース)は、IDMの鬼才が原点回帰した衝撃の一枚だ。Throttle Recordsからのリリースで、90年代のレイヴ・エナジーとトランスの浮遊感、荒々しいシンセとドラムマシンを「シンプルに、潔く」詰め込んだ全13曲。冒頭の「Gift and Wound」から既に脳を直撃する鋭い音像が炸裂し、「Infinite Roller」や「No Pills U」ではメロディックな高揚感が心地よい。一方で「18EDO Bailiff」→「Globecore Flats」の約10分にわたるエピックな展開は、混沌と美が交錯する圧巻のハイライト。最近のThom Yorkeコラボ路線から一転、旧来のAccess Virusなどの機材で即興的に作り上げた粗削りな魅力が全開。懐かしさがありながら新鮮で、クラブの暗闇でもヘッドフォンでも強烈に効く。Clarkファンなら必聴、電子音楽好きなら2025年の重要作。

Contact / Sub Focus

ドラムンベース界のトップランナー、サブ・フォーカスによる本作は、ダンスミュージックとしての機能美と、ポップ・ミュージックとしての洗練が完璧なバランスで共存している。緻密に設計されたベースラインと、リスナーの感情を揺さぶる美しいメロディの融合は、彼の真骨頂と言える。 本作では、ジャンルの境界を押し広げるような多彩なアプローチが光り、フロアを沸かせるエネルギーを維持しつつも、アルバムとしての物語性を失っていない。近年のプログレッシブな展開も取り入れ、聴き手を未知のサウンド体験へと誘う。初心者から玄人までを納得させる、現代ドラムンベース・シーンの到達点を示す一枚だ。

(※この記事はLLMで作成しています)

ドイツの警察ノワール小説『17の鍵』を読んだ

17の鍵 (刑事トム・バビロン シリーズ) / マルク・ラーベ (著), 酒寄 進一 (翻訳)

17の鍵 〈刑事トム・バビロン〉シリーズ (創元推理文庫)

早朝のベルリン大聖堂に、深紅の血が降り注いでいた。丸天井の下、頭上10メートルほどの位置に、女性牧師が吊り下げられていたのだ。通報を受けて殺人現場に駆けつけたトム・バビロン刑事は、信じがたいものを目撃する。被害者の首には、カバーに「17」と刻まれた鍵がかけられていた。それはかつて、トムが少年の頃に川で見つけた死体のそばにあった物と同じだった。鍵は10歳で失踪した妹が持ちだしていたのだが、なぜ今、ここに現れたのか。謎を追ううちに、トムは恐るべき真相を暴きだす。

ドイツ生まれの作家マルク・ラーベによる〈刑事トム・バビロン〉シリーズの第1作である(現在4作まで続いているようだ)。物語は、ベルリン大聖堂の丸天井から流血した女性の死体が吊るされていたという衝撃的な光景から幕を開ける。現場に急行した刑事トム・バビロンは、死体の首に下げられた「17」という刻印のある鍵を目にし、それが自身の暗い記憶と直結することで、彼の行動は捜査の枠を超えた遁走へと転じ始める。

本国ドイツではシリーズ累計43万部を突破するベストセラーとなり、日本での評価も比較的高いようだが、私個人としては期待していたほどの感銘を受けるには至らなかった。以下にその主な理由を述べる。

まず、主人公である刑事トム・バビロンのキャラクター造形が、捜査官として看過できないほどの精神的な問題を抱えている点だ。彼は幼少期の妹ヴィーの失踪というトラウマから、現在もヴィーの声や姿が見え、彼女と会話するという妄想性障害を抱えている。悲痛な過去は同情できるとしても、このような極度の精神的脆さを抱えた人物が凶悪犯罪の最前線で捜査を担うという設定には、不安と疑問を感じずにはいられない。

また、トムが子供の頃に友人たちと川底で死体を発見した経緯も、受け入れがたい要素となっている。彼らは「冒険」と称して死体発見を警察にすぐに通報しなかったばかりか、トムは死体が首から下げていた「17」の刻印がある鍵を持ち去ってしまう。さらに妹ヴィーは、それが死体から回収されたものと知りながらその鍵を強く欲しがり、最終的にこの鍵を持ったまま失踪する。一連の少年たちの行動は、極めて未熟で無責任な行動原理に基づいていると言わざるを得ず、読者としては彼らの倫理観に強い疑問符を付けざるを得なかった。

しかも、この過去の出来事が現在の事件の真相と全面的に関わってくるというプロットは、構成上の作為性を強く感じさせ、物語への没入感を削いでしまう。刑事トムは、この関連性を警察組織に隠し、極秘裏に個人的な捜査を開始する。この身勝手な行動は、実際の捜査を難航させるだけでなく、次の被害者を生み出す要因にさえなっている。これはもはや刑事失格というレベルを超え、捜査の妨害者、さらには害悪と評価すべきだろう。しかも彼の個人的な捜索は終始、右往左往しているに過ぎず、実質的な事件の解決は、署の情報分析担当者による過去のデータ洗い出しによってなされているという点も皮肉だ。

このように、極度のトラウマに囚われた主人公が、公私の区別なく感情的に突き進む姿が物語の主軸となっており、読んでいて疲弊を覚えた。事件の背景に旧東ドイツの暗部が関わっているという着眼点など、見どころは確かに存在するものの、主人公の持つ強烈な負の印象が、作品全体を楽しむ妨げとなってしまったというのが、率直な読後感である。