最近ダラ観したホラー映画あれこれ

MEN 同じ顔の男たち (監督:アレックス・ガーランド 2022年イギリス映画)

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自殺した夫の死の傷を癒すため閑静な田舎町にやってきた女に忍び寄る不気味な影。それは同じ顔をした男たちの姿だった……というサイコホラー映画。「男なんてどいつもこいつも同じ顔したクソ野郎よ!」という女性心情を具現化し、女にとっての男という存在の不気味さを露わにし、それに心底ウンザリし呆れ返っているという事をあからさまに宣言した展開が最高過ぎる。

そもそも当てこすりで自殺した主人公の夫も下衆野郎だったが、主人公の周りに登場する田舎町の男たちというのも全裸中年男性を初めとして皆下衆野郎揃い、おまけに最終的に全員全裸中年男性と化すという嬉しいオマケ付き。主人公はそんな不気味な男たちに最初怯えつつも最終的に徹底抗戦し、「無力な女」のプロトタイプを演じたりしないが、男性的な戦士の如く戦うのではなく、「うっぜーんだわこいつら」とばかりに冷ややかな表情を浮かべ面倒臭そうに包丁振り回す様が最高に素敵。そして物語は、男と女は愛の名のもとに野合するが、それは決して理解し合っているという事ではない、ということを描き出すのだ。

美しく閑静な英国田園風景とグログロ悪夢展開のセットも申し分無しの素晴らしさで、さすがイギリスを舞台としたイギリス監督によるイギリス的な変態狂気ホラーであることよのうと感心した。結局アレゴリーの在り方が明確であるという部分で優れたホラー作品になっていると感じた。全裸中年男性による全裸中年男性のための全裸中年男性映画、それが『MEN/同じ顔の男たち』だッ!?

Smile スマイル (監督:パーカー・フィン 2022年アメリカ映画)

笑顔を浮かべながら惨たらしい方法で自殺する人間を見た者が、やはり笑顔を浮かべながら自殺してしまう……という謎の自殺連鎖に巻き込まれた精神科医を描くサイコホラー。映画では悪霊の仕業という事になっているが、まあしかし主人公がもともと辛気臭い女で、他人にあまり心を許さない・他人の言うことを聞かない性格な上に働き過ぎで心が疲弊していて、そこにきて目の前で人が死んだもんだから死の強迫観念に憑りつかれてしまい精神錯乱に至った、という風にしか見えないんだよ。だからいくら悪霊が—とかホラー演出しても、だってこの人見るからにアタオカな人でしかないじゃないですかーと思えて、ホラー演出が上滑りして見えてしまうの。そういった部分でちょっと残念なホラーでしたね。

呪詛 (Netflix映画)(監督:ケビン・コー 2022年台湾映画)

迷惑ユーチューバーが人里離れた村の撮影不可の秘祭を盗撮した挙句お社を破壊して祟りに遭っちゃうという因果応報なホラー映画。別に呪いがあるとか祟りがあるとか以前に、それが例えばイスラム信者の前でコーラン燃やしちゃ拙いように、ある種のコミュニティが「大切にしているもの」を蔑ろにするのは最もやっちゃいけないことだし、そういった敬意の無い行動の後で「おどろおどろしい不気味な雰囲気」に侵されて強迫観念的に「呪われている・祟られている」と無意識的に思い込み、狂気に駆られて勝手に自滅してしまうのがこの物語だな。「おどろおどろしい不気味さ」とは常世と陰世を分け隔てるための装置であって、それをして忌まわしいものとして扱うのもまた思慮が浅いことだ。そして「呪い・祟り」は共同体的な幻想で成り立っているが、知らずにその共同体幻想に飲み込まれることの恐怖、ということであればこれは確かにホラーかもしれない。POV形式で撮られているが失敗してるし破綻していて、母子の情愛にフォーカスを当てたシナリオも湿っぽくて好きになれなかった。

ダーク・アンド・ウィケッド (監督:ブライアン・ベルティノ 2020年アメリカ映画)

病症の悪化した父を診る為に息子と娘がテキサスの片田舎に帰って来たら母親は突然自死するしあれこれと異常なモノも見ちゃう、というホラー映画。結局コレ、田舎暮らしの空虚と孤独の話であり、父母を田舎に残してきた息子娘の罪悪感の話であり、その父母の病と死に直面した事による精神衰弱の話であり、そして病と死に直面した事により死そのものに対して強迫観念を抱いてしまったという話であり、慣れない田舎で疲弊してしまった話であり、田舎の家はなにかと建て付けが悪いので物音がしたり電気系統が異常を起こしやすいという話であり、割と田舎には風変わりな人間が多いという話なんだよな。映画で描かれる多くの不吉でおぞましい事象はそれらに対し悪趣味な尾鰭を付けただけのもの。要するに悪魔なんていないし超常現象なんて存在しない。ただそれだけ。

中国産幽霊屋敷ミステリー小説『幽霊ホテルからの手紙』

幽霊ホテルからの手紙 / 蔡駿(著)、舩山むつみ(訳)

幽霊ホテルからの手紙 (文春e-book)

ある雨の夜、若い警察官・葉シャオ(イエシャオ)の家を、幼馴染の作家の周旋(ジョウシュエン)が訪ねてくる。 周旋は思いつめた様子で、木の小箱を取り出す。ある夜、バスで隣り合わせた血だらけの美しい女性・田園(ティエンユエン)から預かったという。しばらく仕事で上海を留守にしていた周旋が田園を訪ねると、警備員から彼女は心臓発作で亡くなったと告げられた。周旋が自宅に戻ると留守電に彼女のメッセージが入っていた。「あの箱を幽霊旅館に届けて。場所は……」と途中で切れており、発作を起こして電話をかけ、途中で亡くなったと思われた。 周旋は、小箱を届けたいので田園の身元を調べてほしいと葉シャオに頼む。

本国では「中国のスティーヴン・キング」と呼ばれ、全作品の累計発行部数が1500万部に及ぶという上海生まれの作家・蔡駿(さい しゅん)のホラー・ミステリー小説『幽霊ホテルからの手紙』です。

物語は謎の小箱を託し命を失った見知らぬ女性が遺した「幽霊客桟(幽霊ホテル)」という言葉を頼りに、その幽霊ホテルに訪れた主人公が出遭う怪異を描いたものです。構成はその主人公がホテルから友人にあてた12通の手紙、という形になっており、日を追う毎にどんどんと膨らんでゆく不可思議な出来事、怪異、そしてホテルの客たちを覆ってゆく狂気とが描かれ、ホテルに隠されていた真実と謎の小箱の正体とが次第に明らかになってゆくのです。

とはいえ物語はかなり粗削りです。登場人物は魅力に乏しく、心理描写は大味過ぎるか定型的過ぎて深みを感じません。その内容も「不気味な雰囲気」「奇怪な過去の因縁」が延々と語られるばかりで、風雅で古典的な味わいこそあれ、モダンホラー的な外連味やショッキングさには程遠いです。だいたいの描写はご飯を食べているか散歩しているか風呂に入っているだけ、というのも退屈でした。

中盤からやっと一波乱あるのですが、ここで描かれる”死体”の扱い方と人々の対応があまりにも非常識過ぎて、中国ってこんなもん?と思ってしまいました。書簡体小説の形を採っていることから、叙述トリック的なものなのだろうというのは気付きましたが、それにしてもちょっと雑です。中盤からも、クライマックスに向けて盛り上げたかったのでしょうが、段々と大袈裟になってゆく描写は白けさせられましたね。

それと、中国エンタメ小説あるあるなんですが、なにしろ「美女」が登場し過ぎ。主人公はまず謎の「美女」と出会い、ホテルでとある「美女」が至った悲劇を聞き、さらにホテル宿泊客の「美女」と恋に落ちます。そして主人公と手紙を読む友人の間には「美女」の級友の因縁話があったりします。もう美女美女美女のオンパレードで、なんだか中国映画によく登場するクローンみたいな主演女優を思い浮かべてしまいました。

ラストはそれなりに驚きを用意してあり、この辺りはよく描けていましたが、ただ全体的に「中国のスティーヴン・キング」は過大評価し過ぎでしょう。「幽霊」というホラー的な題材を扱っていますが基本的にはスリラーサスペンスで、超自然的な要素は存在しません。それにしてもホテルの従業員が「カジモドのような醜い男」だったりするんですが、これもちょっとやり過ぎで、なんだか笑ってしまいました。

誘拐された少女救出に向かうのは伝説の殺し屋!/韓国映画『THE KILLER 暗殺者』

THE KILLER 暗殺者 (監督:チェ・ジェフン 2022年韓国映画

人身売買組織に誘拐された女子高生の救出に乗り出したのは伝説の殺し屋!という韓国映画です。なんでも主演・企画のチャン・ヒョクは「肉体派俳優」という異名を持っているのらしく、この作品でもスタント無しの華麗なアクションを見せつけます。最強の敵役に『リベンジャー 無敵の復讐心』のブルース・カーン。監督は映画『剣客』でチャン・ヒョクとタッグを組んでいたチェ・ジェフン。また、作品は韓国の同名Web小説を原作としているのだとか。

【物語】かつて伝説の暗殺者として恐れられた男ウィガンは、引退後は財テクで成功を収め、派手な生活を送っていた。そんなある日、妻が友人と旅行へ出かけることになり、ウィジンは妻から友人の娘である女子高生ユンジの世話を頼まれる。軽く考えて引き受けたものの、ユンジは人身売買組織に誘拐されてしまう。ユンジを救うため再び戦いの世界に身を投じ、暗殺者としての本能を呼びさましていくウィガンだったが……。

THE KILLER 暗殺者 : 作品情報 - 映画.com

悪逆非道の犯罪組織と元殺し屋との血に塗れた熾烈な戦いが炸裂するこの作品ですが、冒頭部は少々ユーモラスな展開が続きます。殺し屋を引退し大邸宅で妻と優雅な生活を送る主人公ですが、そんな主人公が女子高生を預けられうんざりしながら世話を焼く部分がちょっと可笑しいんですね。この女子高生というのがイマドキの女子高生というやつでなんだか可愛げが無く、主人公は手を焼きつつもあくまで理解のあるような対応をし、この「元殺し屋」と「世話焼きおじさん」とのギャップが面白いんです。

しかし女子高生が誘拐された後の電光石火の対応はさすが元殺し屋、下っ端のガキや女相手でも情け容赦ありません。主人公のこの情け容赦の無さは全編を貫いており、とりあえずどんな時でも皆殺し、命乞いは全く訊かないし、一度助けても情報を引き出したらあっさり殺します。なんと言ってもシビレたのは人質を取られても怯むことなど一切なく、残虐無比にぶっ殺しまくる部分でしょう。オレは「主人公が人質取られて降参する」という展開があんまり好きじゃなかったりするんですよ。

そんな部分でこの作品、主演となるチャン・ヒョクのスピーディーでスタイリッシュなアクションが最大の見所となります。当たるを幸いなぎ倒し、向かってくる敵を次から次へと血の海に沈めてゆきます。それはあたかも殺戮マシーンのようであり、主人公の非情な戦いは胸のすくものがあります。ただしアクションや物語展開は『アジョシ』や『ジョン・ウィック』を彷彿させますが、逆に言うならこれら作品の簡易版クローンのようにも感じさせてしまいます。

そういった部分で斬新さの乏しかったのと、主人公があまりに無敵過ぎ、また意外性が無く安直な物語展開がリアリティを削いでしまい、傑作に成り損なってしまっている部分があります。とはいえそこは韓国映画、アベレージの完成度ではありますがアクション映画としてはそこそこ楽しめ退屈させない作品として仕上がっておりました。

キャリーとAKIRA風味の仮面ライダー/韓国超能力残虐アクション映画『The Witch/魔女-増殖-』

The Witch 魔女-増殖- (監督:パク・フンジョン 2022年韓国映画

謎の組織の呪われた実験により超能力人間兵器と化した少年少女たちが血塗れのバトルを展開する韓国アクション映画『The Witch/魔女』の続編、『The Witch/魔女-増殖-』です。今作では前作と違う少女を主人公とし、新たな物語が展開してゆきます。主演を新人シン・シアが務め、ドラマ『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』のパク・ウンビン、ドラマ『ビッグマウス』のイ・ジョンソクが共演、前作で主演を演じたキム・ダミも登場するのでお楽しみに。監督は『新しき世界』のパク・フンジョンが前作から引き続き続投です。

【物語】秘密研究所アークが何者かに襲撃され、1人の少女が生き残る。彼女は遺伝子操作で最凶のアサシンを養成する「魔女プロジェクト」の実験体だった。初めて研究所の外に出た彼女は、心優しい牧場主の女性とその弟のもとに身を寄せ、人間らしい感情に目覚めていく。しかし魔女プロジェクトの創始者ペク総括は少女を危険視し、抹殺のため工作員を送り込む。さらにアークを壊滅させた超能力者集団や地元の犯罪組織も入り乱れ、激しい戦いが始まる。

The Witch 魔女 増殖 : 作品情報 - 映画.com

1作目の『The Witch/魔女』は数ある韓国アクションの中でも非常にユニークかつ完成度の高い作品で、オレも大のお気に入りです。遺伝子操作により超能力者に改造された主人公が組織から脱走し、その彼女を亡き者にせんと組織の刺客が次々に送り込まれるのです。一見ごく普通でお茶目な顔も見せる女子高生主人公が、敵の攻撃に遭えば突如非情な殺戮マシーンと化し、韓国映画ならではの大量の血飛沫が画面全てを覆い尽くす、というとんでもないギャップが1作目の独特な魅力でした。

さてこの第2作では1作目とは別の超能力少女の秘密研究所脱出から始まります。全身夥しい返り血を浴びた彼女の姿はいかに凄惨な戦闘と虐殺が巻き起こされたのかを伺わせます。そんな彼女をヤクザ組織に脅かされる女性が救いひと時の憩いを得るのですが、秘密組織に関わる二つの敵対勢力が彼女を追撃し、さらにヤクザ組織までが彼女をつけ狙います。こうして秘密組織を抜け出した少女と敵との血塗れの超能力対決が始まる!という訳です。言ってみれば『仮面ライダー』に『キャリー』と『AKIRA』が悪魔合体した物語という訳なんですね。

超能力合戦はあまりに高速過ぎてなにがどうなっているのかもはや分かりません。超能力戦闘映画史上最高のスピードと言っていい程で、マイケル・ベイ映画『トランスフォーマー』を超えるチカチカ具合に目が眩みますが、なにしろそれだけ凄い!という事なのでしょう。そして実際何だか分かんないけど凄い!と観ているこちらも思わされ、十分楽しめました。三つ巴・四つ巴ともなる戦いは実に賑やかなのですが、全体的な物語の流れが前作とほとんど一緒なのでテコ入れしたのでしょう。あとヤクザ組織は単純な「やられ要員」で、ある意味ショッカーの戦闘員みたいなものです。ヤクザ可哀そう。

今作では前作でのユーモラスなギャップが乏しかったのですが、主人公少女が驚異の大食漢という部分でちょっと救われています。なにしろ前作と同じ流れなので続編というよりもリメイク作のようにも思わされます。ただしこれは原題が『The Witch: Part 2 - The Other One』とあるように、「(前作とは)別のもう一人」を登場させ、3作目へと繋げる布陣としての2作目ということなのでしょう。そう、この『The Witch/魔女-増殖-』、終わっているようで終わっていないんです!3部作の2作目という部分で『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』みたいな微妙に中途半端な終わり方をしているんです!という事で多分製作される3作目を楽しみに待ちましょう!

『姫君を喰う話』と『味な旅 舌の旅』/宇能鴻一郎の著作を2冊読んだ

宇能鴻一郎の著作を2冊読んだ

宇能鴻一郎といえばいわゆる「官能小説家」という認識をしていたし、官能小説に興味が無いオレにとってはこの先読むことの無い作家だろうと思っていた。正直に言えば、今からすれば大変失礼だけれども、「単なるエロ小説家」程度に見ていた。しかし以前、どこかのウェブサイトでたまたま彼のインタビューを読み、その思いもよらぬ人間的魅力に感嘆してしまったのだ。オレは思った、「このおっさん、面白過ぎる……」と。

どう面白いのか、それはエピソード満載のインタビューを読んでもらうことにして、なにしろオレの「宇能鴻一郎=官能小説家」という固定観念が全て覆されてしまったのだ。いや、確かに優れた官能小説家であるのだろうが、このおっさんはそれだけの人物ではない、「只者ではない感」が圧倒的にしまくっていたのである。

こうなったら彼の著作を読むしかない。丁度「宇能鴻一郎リバイバル」の波が押し寄せていた時期だったようで、このインタビューもそれに合わせたものだったのだろうが、オレはそれに乗せられる形で2冊の著作を読んでみることにした。というわけでその2冊、『姫君を喰う話』と『味な旅 舌の旅』の感想を書いておこうと思う。

姫君を喰う話 宇能鴻一郎傑作短編集/宇能鴻一郎

姫君を喰う話 宇能鴻一郎傑作短編集 (新潮文庫)

煙と客が充満するモツ焼き屋で、隣の男が語り出した話とは……典雅きわまる戦慄の表題作。巨鯨と人間の命のやりとりを神話にまで高めた芥川賞受賞作「鯨神」、すらりとした小麦色の脚が意外な結末を呼ぶ「花魁小桜の足」、村に現れた女祈禱師が引き起こす異様な事件「西洋祈りの女」、倒錯の哀しみが詩情を湛える「ズロース挽歌」、石汁地蔵の奇怪な物語「リソペディオンの呪い」。宇能文学の精髄6編を選んだ。

短編集『姫君を喰う話』は宇野が官能小説家に転向する以前の1961~1970年に描かれた純文学作品6篇とエッセイ1篇が収録されている。そしてこの6篇の文学作が圧倒的だった。それらは「生の根源」を生々しくもまた迫真の筆致で描いていたのだ。そして宇野は「生の根源」を描くのと同時に「生」の原動力である「性の本質」へと果敢に分け入り、その官能と、その裏腹にあるアンモラルとを、臆することなく文章に叩き付けていた。

「性への希求」は誰にでもあり、恥じるべきものではないにせよ、人間社会においてそれは巧妙に隠匿され、あるいは象徴的に言い換えられ、あからさまにするのを忌避されている。しかしだからと言って人は自らの「性への希求」を決して否定することはできない。こうして人は欲情を持ちながら欲情をあからさまにできないアンビバレンツに置かれ、時にそのアンビバレンツの中で「欲情する自己」を歪められてしまう。いわゆる変態行為や性犯罪はその中で起こってしまうものなのだろう。

それらはアンモラルな行為として社会的に糾弾され断罪されることとなるが、宇野の作品があくまで注視するのは、アンモラルであることそのものではなく、そこへと至る「人の業」であり、そうせざるを得なくさせてしまう強力な「性の本質」だ。それは遡れば「生の根源」に肉薄しようとする作業であり、そしてそれが宇野小説の精髄となっているものなのだ。

例えば「姫君を喰う話」では場末のモツ焼き屋で卑猥に内臓肉を食らう男の描写が一転、中世日本における虚無僧と巫女との禁じられた恋と悲痛な結末へと変貌する。「花魁小桜の足」は江戸期長崎出島の隠れ切支丹である花魁が、磔刑の待つ異端審問において成したある行為を描く。「西洋祈りの女」ではひなびた寒村にやってきた都会的な装いの占い女が、野卑な村人たちの淫蕩な視線に曝され事件へと雪崩れ込んでゆく。「ズロース挽歌」は女学生のズロースに執着する男が至る忌まわしい犯罪と悲しい顛末の物語だ。「リソペディオンの呪い」は鍾乳洞のある村に生まれた小人の青年の物悲しくもまた数奇な運命が描かれることになる。

これらの物語に共通するのは先に描いた「性への希求」であり、そして「アンビバレンツの中で歪められた”欲情する自己”」である。それはアンモラルな行為であり、性犯罪そのものを描いてもいるが、だがしかし宇野が真に描こうとするのは、あくまでその根源にある「性と人間」なのだ。

その中で「鯨神」はまた一味違う、小説家・宇能鴻一郎の力量を余すところなく発揮した畢生の文学作だ。捕鯨で栄える九州の漁師村を舞台に、多くの村人を殺した巨鯨とその復讐に燃える村人たちとの確執と戦いを、圧倒的な情感と生々しい筆致で描いた壮絶なる作品である。いわば『白鯨』の日本版とでもいえる異様な情念に満ちた物語だが、宇野はそこに土俗の臭いを持ち込み、さらに神話的なるものへと昇華しているのだ。宇野が東京大学大学院在学中に書かれ芥川賞を受賞、さらに映画化もされた作品である。

味な旅 舌の旅 新版/宇能鴻一郎

味な旅 舌の旅 新版 (中公文庫)

芥川賞作家にして、官能小説の巨匠。唯一無二の作家・宇能鴻一郎が、日本各地の美味・珍味を堪能しつつ列島を縦断。喰いつき、口にふくみ、汁をすすり、飲み下す……食も官能も生命力の源。貪婪な食欲と精緻な舌で味わいつくす、滋味豊かな味覚風土記。新たにエッセイ「男の中の男は料理が上手」を収録。 〈巻末対談〉近藤サト宇能鴻一郎

さてこちら『味な旅 舌の旅』は「旅エッセイ」となる。日本交通公社(現・JTB)が刊行していた冊子『旅』に連載されていた紀行文をまとめたもので、筆者が様々な地方に旅し、その土地ならではの料理に舌鼓を打つという内容。文学短編集『姫君を喰う話』とはまた別の、軽妙洒脱で博覧強記な文章を楽しむことの出来るリラックスした1冊だ。

筆者が訪れる土地も北は北海道から南は奄美大島まで、東北、関東、中部、近畿、中国・四国、九州と、それはもう遍く足を運び、その土地の名所観光地を訪れ名物銘酒を余すところなく口に入れるという、至れり尽くせりの内容となっている。それもただ単に一般に名前の知れた名物というだけではなく、足を使ってこれはという店を自ら探し出し、地元の口コミで観光客向けでない店にまで訪れ、「美味いもの」にとことん執着してエッセイをしたためているのだ。

さらにこの筆者、美味いもの好きだけあって食に対する知識も豊富で、また相当の健啖家であり、文字通り朝から晩まで料理を食べまくり、毎回満腹感の幸福に呻きながら章を終えるのだから恐れ入る。その料理にしても、決して贅を尽くしたもの、珍しいものという訳ではなく、その地元ならではの、素朴で、さらに言えば量がたっぷりのものを好むというから好感度が高い。またエッセイでは、宇野センセならではの色っぽい出会いもちょっとだけ描かれていて、その辺がまた楽しかったりする。

ただし本書の元となる書籍が1968年の刊行であり、その後今回新版としてエッセイと対談が新たに収録されてはいるが、基本的に55年前の旅行記となるわけだから、ここで登場する旅館や店舗などの施設、さらにそこで行われたサービスや料金、供された料理なども、全て50年以上前の情報として読むべきだろう。とはいえ逆に、50年以上前の日本の観光地がどういうものであったかを眺めるといった読み方がまた楽しいといえるだろう(2021年に収録された近藤サトとの巻末対談によると、エッセイに登場する老舗の幾つかは未だ店を開き繁盛しているのだという)。