大傑作。北欧ミステリ長編『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』が最高に面白かった。

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女スティーグ・ラーソン (著), ヘレンハルメ美穂 (訳), 岩澤 雅利 (訳)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女(上・下合本版) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

月刊誌『ミレニアム』の発行責任者ミカエルは、大物実業家の違法行為を暴く記事を発表した。だが名誉毀損で有罪になり、彼は『ミレニアム』から離れた。そんな折り、大企業グループの前会長ヘンリックから依頼を受ける。およそ40年前、彼の一族が住む孤島で兄の孫娘ハリエットが失踪した事件を調査してほしいというのだ。解決すれば、大物実業家を破滅させる証拠を渡すという。ミカエルは受諾し、困難な調査を開始する。

北欧ミステリの最高峰「ミレニアム」シリーズ

北欧ミステリを読むうえで避けて通れない作品と言えばこの「ミレニアム」シリーズに他ならないだろう。「ミレニアム」シリーズの作者スティーグ・ラーソンは初期3部作を書き上げた後に惜しくも亡くなったが、その後も他作家により書き継がれ、日本では現在第7作までが刊行、また6作目までの世界刊行部数は1億部を突破する、という化け物のようなシリーズなのだ。初期3部作はスウェーデンで映画化されたが、さらに第1作『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』はデヴィッド・フィンチャー監督によりハリウッド映画化、大ヒットを記録している。

このハリウッド映画『ドラゴン・タトゥーの女』はオレも大のお気に入りの作品の一つで、フィンチャー作品の熾烈さや奥深さを徹底的に味わうことの出来た作品でもあった。

とはいえ、映画版で満足したせいもあり、これまで原作に手を出していなかったのだが、最近北欧ミステリをよく読むようになった経緯から、これは読まないわけにはいかないだろうと思いようやく手に取った。すると、これが、凄かった。これまで20作程度読んだ北欧ミステリ作品の、そのどれもを遥かに凌駕する破格の完成度を誇る凄まじい作品だった。これには脱帽した。

スウェーデン大富豪一家の暗部を描いた物語

物語はスウェーデンきっての大企業を統べるある大富豪一家の暗部に迫るというものだ。主人公ミカエルは、40年前行方不明になり死亡したと思われている大富豪一家の少女の、その事件の真相を解明して欲しいと大企業の元会長に懇願される。40年の間警察や探偵が必死に捜査し何の成果も出ていない事件の真相を、一介のジャーナリストであるミカエルが解明するなど不可能でしかない。そこでなぜわざわざミカエルに白羽の矢が立ったのかという説明が実に説得力があり、そこにどのようにしてリスベットが関わる事になったのかという構成が優れている。不可能と思われていた事件解明の糸口が徐々に見つかってゆく展開のスリリングさは、これこそがミステリを読む醍醐味だと思い知らされた。事件は次第に暗く残虐な姿を見せ始め、遂にあまりに恐ろしい真実が明らかになる。

ドラゴン・タトゥーの女』の何が凄かったかといえば、その作品としての強度だろう。物語展開にしても登場人物の立ち振る舞いにしても非常にロジカルであり、密度が高く、研ぎ澄まされた構成を持っている。基本は犯罪を描くミステリ作品ではあるが、スウェーデンの政治や経済、歴史性と密接に関わっており、フィクションであるにもかかわらず高いリアリティを醸し出している。こういった点は北欧ミステリの中心的な魅力の一つなのだが、『ドラゴン・タトゥーの女』はそれが抜きんでてよく描かれている。これは作者スティーグ・ラーソンがもともとジャーナリストであった点に負う部分が大きいだろう。物語の背後に第二次世界大戦時のナチスドイツとスウェーデンの関係が見え隠れする部分にも凄みがある。

主人公ミカエルとリスベットの魅力

なによりもこの作品を読ませるものにしているのは、主人公ミカエルとリスベットの個性的で存在感溢れるキャラクターの魅力に尽きるだろう。主人公の一人ミカエルは作者と同様ジャーナリストだが、知的で行動力があり、ラジカルな政治姿勢と生活態度を貫き、性格は屈託がなくさらに女性にはモテるわ夜の営みはテクニシャンだわで、これでピストルさえ持たせればジェームズ・ボンドのような男なのだが、マッチョではないというただひとつの点において彼はボンドではない。

これまで読んだ北欧ミステリの主人公は、どこか人生に疲れた生活感に満ちた男が多いのだが、ことミカエルはその逆を行っているのだ。しかしこれらの生活感溢れる男たちが読者層のリアルと繋がることで共感を呼ぶのと同じように、ミカエルのスマートさは読者層の理想や憧れを体現したもののような気がする。

一方リスベットは全方位において問題だらけのアンバランス極まりない女性だ。リスベットはアスペルガー気質のパンクなハッカーだ。年齢は25歳だが見た目が15歳のような少年とも少女ともとれる外見をしており、恐ろしく頭は切れるが暴力的で反社会的、人間嫌いでごく限られた人間関係のみのアンダーグラウンドに生き、接触恐怖症だが性生活は奔放、要するにアンモラルでアナーキーな女性なのだ。しかし一切の妥協がないという点で彼女は自らにひたすら正直な人間であり、だからこそ外圧が強い人生を生きざるを得なくしているのだ。ただしそんな彼女の過去は複雑であり、その反動が現在の彼女の生き方を決めたのかもしれない。

こうして真逆の性格と生活態度で生きるミカエルとリスベットだが、ミカエルの屈託のなさと自由を尊重する態度がリスベットに安心を与え、二人は陰陽のシンボルのようにきれいに一つの円の中に調和してしまう。この『ドラゴン・タトゥーの女』の面白さのひとつは、跳ねっ返り娘リスベットが次第にミカエルに心を許してゆく過程の楽しさにあると言っていい。リスベットがミカエルに対して「なんだかもやもやと変な感情が湧いて気持ち悪い」と感じながら、それが「恋」であると思い至り衝撃を受けるシーンのニマニマ感は最高だった。そう、この物語は究極にして狂暴なるツンデレ娘の恋の物語でもあるのだ。

映画版との比較

映画版を先に観ていたのでその比較という事であれば、やはり原作は人間関係がさらに複雑で感情描写も密であり、さらにクライマックス以降の展開は映画版よりも深い情緒があり様々な伏線を丁寧に回収し説明しており、どの面においても的確と言っていい書き込みが成されていた。逆に、省略された部分はあるにせよ、映画版はあの長大な原作を2時間半の物語によくぞまあきっちりと収めたものだな、とフィンチャー監督の力量に改めて感服した。

原作を読み終わった後にもう一度映画版を観直したが、じっくりと描かれた映画のように見えながら、実際は原作の物語を凄まじいスピードで圧縮しながら描いていた部分に驚愕させられた。原作の物凄さに感嘆しつつ、フィンチャー映画の物凄さをもまた確認させられた体験であった。それにしてもこうなったらもう、シリーズ全作読むしかないよな。

 

SFサバイバル映画『クワイエット・プレイス 』シリーズ3作を観た

クワイエット・プレイス:DAY1』

「音を立てちゃいけない」SFサバイバル映画シリーズ

突如地球を襲ったエイリアンの大群により、壊滅状態となった人類を描くSFサバイバル映画『クワイエット・プレイス』は2018年公開当時結構話題になったしヒットもしたようだが、なぜかオレは食指が動かず今まで観ていなかった。音に敏感なエイリアンを相手に、音をたてないように延々スニーキングする物語、というアイディアはそれほど悪くなかったが、なんだかそれだけのようにも感じたのである。しかし最近映画『フォールガイ』をブルーレイで観て、主演のエミリー・クラークの演技達者ぶりに見惚れてしまい、同じエミリー・クラーク主演のこのシリーズを観る気になったのだ。

クワイエット・プレイス (監督ジョン・クラシンスキー 2018年アメリカ映画)

というわけで第1作目。アメリカの片田舎を舞台に、主人公一家が謎のエイリアンから延々逃げ惑うというお話となる。人類は既に壊滅状態で、あたかもゾンビ映画のように町は廃墟となり、世界がどうなっているのかも分からず、救いの手はどこからも望めないという絶望的な状況だ。物語は主人公一家のみにクローズアップし、彼らのサバイバルの様子が描かれ、それによりひとつの家族の物語に集約することになる。で、この家族のガキ子供たちというのがどうも可愛げがなく、大概の危機はこの子供たちが引き起こすことになり、そこでちょっとうんざりさせられる。それと「音を立ててはいけない」という緊張感を高めるためか音楽がほとんど使われず、登場人物たちは囁き声でしか会話せず、全体的に静かな静かな映画となり、時々眠たくなるのである。そして予想通りシンプルな構成の映画で、情緒溢れる家族の物語にも興味が湧かず、「エイリアン相手にスニーキングする」以上の面白さはやはり感じなかった。 というかこれはTVではなく暗い劇場で集中して観るべき映画だなー。

クワイエット・プレイス 破られた沈黙 (監督ジョン・クラシンスキー 2021年アメリカ映画)

その続編となる作品だが、おおっとこれは前作から相当進歩していて面白かったぞ。まず冒頭で「エイリアン襲来の日」がきちんと描かれていたのが良い。そして主人公家族以外の人間が関わってくるのが良い。さらにその人間も、決して善良な人間ばかりではないという部分が良い。登場人物が増えた分物語の舞台が分散し、それによりサスペンス要素がさらに増したのが良い。そして前作ラストで明らかになったエイリアン撃退方法が応用され始めるのが良い。一番良かったのは前作で可愛げのなかったガキ子供たちが今作では見違えるように活躍し、いい具合のドラマを生み出していることだ。なんだ、良いところだらけじゃないか。思うにこれは前作が限られた予算で制作され、監督の思い描いていたことの全てが描かれず、それがこの2作目で補填されたということなんじゃないかな。なんならこの2作目から観ても十分満足のできる出来だ。そしてやはり感じたのは、この作品がゾンビ映画の傍流的な立ち位置にあるということだな。

クワイエット・プレイス:DAY1 (監督:マイケル・サルノスキ 2024年アメリカ映画)

3作目となる『クワイエット・プレイス:DAY1』は正確にはスピンオフ作になるのらしい。物語はタイトル通りエイリアン襲来の最初の日を描いたものだ。舞台はこれまでの片田舎から大都市ニューヨークへと移り、破壊と死の惨状がなお一層大規模に描かれることになる。そしてこの作品、シリーズの中でも断然に素晴らしいのだ。崩壊してゆく文明を凄まじいスペクタクル映像でもって真正面から描いたこともあるが、物語の核となる主人公女性の設定が抜きんでているのだ。主人公は末期癌で余命幾許もない女性であり、この惨禍の中で彼女のたった一つの願いは生き延びることではなく、最期に美味しいピザを食べに行く事だけなのだ。そして彼女は憧れのピザ屋を目指し瓦礫と化したNYを彷徨うのである。これは何と人間的な想いであり行動なんだろう。この人間的要素がこの作品を抜きん出たものにしている。見栄えのする特殊効果のみに頼らず、物語の中心に詩的なナイーブさを湛えている部分がいい。前2作の監督・脚本、今作の脚本担当のジョン・クラシンスキーはロメロやミラー的なアポカリプス世界に新たな切り口を持ち込んだと思う。あと猫がいい。

小川隆夫によるマイルス評伝『マイルス・デイヴィスの真実』を読んだ

マイルス・デイヴィスの真実 / 小川隆夫

マイルス・デイヴィスの真実 (講談社+α文庫)

「それなら誰にも書けない本を書けよ。なにしろ俺のことは、ずいぶん間違って伝えられているからな。」――マイルス・デイヴィス マスコミ嫌いで有名だったマイルスに最も近づいた日本人ジャズ・ジャーナリストによる真実の声の数々。マイルス本人への20回近くにおよぶインタビューと関係者100人以上の証言によって綴られた「決定版マイルス・デイヴィス物語」が待望の文庫化!

音楽を聴くのは好きだが音楽関連の本はまるで読まないほうだ。文章を読んでいる暇があったら音楽を聴いていたほうがいいと思ってしまうからである。しかし最近ハマりまくっているマイルス・デイヴィスについては、ジャズそのものの歴史をよく知らないという言うこともあって、これはちゃんと文献に当たったほうがいいなと思い、そこで選んだのがこの『マイルス・ディヴィスの真実』だ。

著者である小川隆夫氏は著名な音楽ジャーナリストの方なのらしく、さらに生前のマイルスと懇意にしていた相当のマイルス・マニアだという。だからこそというか、単にマイルスの半生を著述するだけでなく、マイルスと同時代を生きた肌感覚の評価と感想、マイルスとの交流の中で垣間見た彼の人となりが書き記され、非常に読み応えのある評伝となっている(小川氏は整形外科医でもあり、体を壊したマイルスにリハビリの指導もしたというから驚きだ)。

ここで知ることのできるマイルスは、単に不世出の天才ミュージシャンというだけではなく、いかに新しい音を生み出していくかに腐心する音楽求道者であり、同時に才能のある若手ミュージシャンを見出し育成することに力を注いだ音楽的指導者でもあった。様々なミュージシャンのインタビューから、「セッション中にマイルスといるだけで(その緊張感から)新しい音が生まれてくる」というケミストリーが言及され、音楽錬金術師としてのマイルスの側面もうかがわせるのだ。

そしてオレ個人が一番興味を引かれたのは体調を崩した後のカムバック後のマイルスの姿だ。これは以前ジャズ・ドキュメンタリー映画マイルス・デイヴィス クールの誕生』を観た時も思ったが、あれだけの類稀な才能を持ちながらも、いや持っているからこそ、人間の肉体はそれに耐えきれないのかもしれないなということだった。これなどは同じ黒人ミュージシャンで急逝したマイケル・ジャクソンやプリンスにも感じたことだ。そしてその衰えた肉体の中から、残り少ない力を振り絞って数々のアルバムとライブを残したマイルスの姿が胸に迫ってくるのだ。読めば読むほどさらにマイルスの音楽が聴きたくなる、そんな本でもあった。

Miles '54: The Prestige Recordings

Miles '54: The Prestige Recordings

  • アーティスト:Miles Davis
  • IMS(NRC) =Foreign Music=
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シャー・ルク・カーン主演のインド・アクション映画大作『JAWAN/ジャワーン』が最高に面白かった

JAWAN/ジャワーン (監督:アトリ 2023年インド映画)

インド映画きっての大スター、シャー・ルク・カーンが謎めいた義賊に扮し、社会悪と真っ向からぶつかり合うという映画がこの『JAWAN/ジャワーン』だ。2023年にインドで公開され、シャールク主演で同年に公開されたアクション大作『PATHAAN/パターン』の大ヒットをさらに上回る2023年最高、歴代興収でも第5位というメガヒットとなった作品である。主演はもちろんシャー・ルク・カーン、共演に『ダルバール 復讐人』のナヤンターラー、『PATHAAN パターン』のディーピカー・パードゥコーン、『マスター先生が来る!』のビジャイ・セードゥパティ。監督は人気男優ヴィジャイ主演作『マジック』『ビギル 勝利のホイッスル』を大ヒットに導いたタミル語映画界の若手監督アトリ。

《STORY》インド北部の国境近くの村に、川の上流から瀕死の男が流れ着く。男は老薬師のもとで眠り続けていたが、ある夜、村が軍服姿の男たちに襲撃されると突然目を覚まし、侵入者たちを次々と血祭りに上げていく。30年後、全身に包帯を巻いた謎の男と若い女たちがムンバイの地下鉄を乗っ取り、政府に対して4000億ルピーを要求する。人質となった乗客たちの中には、悪徳武器商人カリの娘アーリヤの姿もあった。カリは多額の身代金を支払い、その金は犯人によって全国70万人の農民の銀行口座に振り込まれる。解放された乗客たちに紛れて姿を消した犯人たちが向かったのは、郊外にある女性刑務所だった。

JAWAN ジャワーン : 作品情報 - 映画.com

映画『JAWAN/ジャワーン』は様々な顔を持つ謎めいた主人公が超絶スキルを持った女たちと共に、社会の生き血を吸うダニどもから財産を奪って貧者に分け与え、あるいは悪事を白日の下にさらして鉄槌を下す、というのが大まかな物語だ。物語が進むにつれ明らかになる主人公の血を吐くような悲しい過去、思いもよらぬ再会と急展開、そしてクライマックスでは主人公を亡き者にせんとする悪徳武器商人との壮絶な最終対決が待ち構えるのだ。

期待を遥かに超え、予想を全て裏切るような素晴らしい作品だった。ここ数年のシャールク映画の中でも最高の出来栄えなのではないか。この映画を面白くしているのは様々な要素をひたすらてんこ盛りにしたハイカロリーな物語展開にある。少年漫画のごとき荒唐無稽なエピソードを臆面なく連発し、外連味たっぷりの演出をはち切れんばかりに取り込み、ウルトラ級のアクションと愛と涙のエモーションをこれでもかとまぶし、それを煌びやかな歌と踊りで味付けし、最後にシャールクのキメポーズで仕上げるという、もうお腹一杯胸一杯の超絶エンタメ作品なのだ。よく考えたらおかしな部分も、勢いの良さと画面の派手さで全て無問題にしてしまっている。こんなインド映画には勝てる気がしない。

この作品の成功の要因は、シャールク主演のヒンディー語映画にタミル語映画監督アトリを大抜擢したことが大きいだろう。インド映画に馴染みのない方のために書くなら、例えばアーミル・カーンの『きっと、うまくいく』やサルマーン・カーンの『ダバング 大胆不敵』、そしてこのシャールク主演作などは俗にボリウッドと呼ばれる北インド・ムンバイ中心のヒンディー語映画であり、シャンカール監督作『ロボット』やラジニカーント主演の『ムトゥ 踊るマハラジャ』は俗にコリウッドと呼ばれる南インド・タミルナードゥ州を拠点とするタミル語映画となる*1

大雑把なカラー分けをするならボリウッドは色彩豊かな衣装、ダンスシークエンス、ロマンチックなストーリーが特徴であり、コリウッドは社会問題をテーマにしたリアリズムに基づいたストーリーテリングが多く、音楽やダンスも重要な要素となる。映画『JAWAN/ジャワーン』はこのボリウッドとコリウッドの特質を融合させ、ヒンディー語映画俳優シャールクの持つスマートさとロマンチズム、切れのいいアクションに、タミル語映画監督アトリの泥臭いまでの熱情と社会性を盛り込んでハイブリッドな面白さを醸し出しているのだ。これはもう「インド映画のいい所どり」ともいうべき快挙だろう。

さらに書くなら21世紀のヒンディー語映画にここまで歌と踊りが盛り込まれているとは嬉しい誤算で、「そうだよ、これが観たかったんだよ!」と劇場で歓喜の涙を流してしまったオレがいる(最近のインド映画は踊らないんですよ)。なにしろ中盤、シャールクとディーピカー様が共に踊っているシーンを観ているだけで「ありがてえありがてえ」と手を合わせてしまいそうになったほどである。だいたい女子刑務所で女刑囚たちが大挙して楽し気に踊っているだなんて普通思い付いたって映像化しないぞ。その女性たちのエンパワーメントを描いているのもこの作品の特徴であり、マッチョな展開に無反省に堕してしまいがちなインド映画に大きな風穴を開けている部分も重要な点だろう。

それにしてもシャールク主演・出演のインド映画がここ最近毎年日本で公開されているということ自体物凄い。2022年に『ブラフマーストラ』、2023年に『PATHAAN/パターン』、そして2024年に『タイガー 裏切りのスパイ』とこの『JAWAN/ジャワーン』である。インド映画の日本公開などまるでなく、英語字幕DVDをインドから個人購入したり、在日インド人向けのインド映画上映会に潜り込んで鑑賞していた昔とは隔世の感がある。これは『バーフバリ』や『RRR』の大ヒットがインド映画の認知度を高めたこともあるのだろう。かつてのインド映画ファンとして感慨深いものがある。さあ次はブラバースの『カルキ 2898-AD』が待ってるぜ!

PATHAAN/パターン [Blu-ray]

PATHAAN/パターン [Blu-ray]

  • シャー・ルク・カーン
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*1:ちなみにS.S.ラージャマウリ監督による『バーフバリ』『RRR』などは俗にトリウッド呼ばれる南インド・テランガーナ州を拠点としたテルグ語映画となる。アクション、ドラマ、ロマンスなど多様なジャンルの映画を制作し、特に大規模な視覚効果や高エネルギーのアクションシーンが特徴だ。

ブライアン・フェリーのキャリア集大成となるCD-Boxset『Retrospective: Selected Recordings 1973-2023』

Retrospective: Selected Recordings 1973-2023 [CD/Super Deluxe Boxset] / Bryan Ferry

Retrospective: Selected Recordings 1973-2023 [CD/Super Deluxe Boxset]

かつてロキシー・ミュージックのフロントマンとして活躍し、その後もソロとして数々の輝かしいアルバムを送り出してきたブライアン・フェリー。オレも大好きなアーチストの一人で、ことロックジャンルに限って言えばボウイも含めて五本の指に入ることは間違いない。このブログでも全ソロアルバムを紹介したまとめ記事を書いたほどだ。

そのブライアン・フェリーの、50年に渡るキャリア集大成となるCD-Boxset、『Retrospective: Selected Recordings 1973-2023』がついに発表された。ただしこれは各ソロアルバムを1作品ごとに収録したBoxsetではなく、フェリーさんの名曲をCD5枚81曲に渡って抜粋し網羅したコンピレーションアルバム作品となる。また、このコンピレーション用に制作された新曲も収められている。5枚のCDはそれぞれテーマ別にまとめられており、それは次に引用しておく。

5枚のCDにはそれぞれテーマがあり、1枚目は20曲入りの『Best Of』、2枚目はアルバム・トラックと隠れた名曲を収めた『Compositions』、3枚目はフェリーのカヴァー・ヴァージョンにスポットライトを当てた『Interpretations』、4枚目はレトロ・ジャズ・アンサンブルの楽曲(主に2012年の『The Jazz Age』と2018年の『Bitter-Sweet』から)を収めた『The Bryan Ferry Orchestra』、そして最後のディスク『Rare and Unreleased』には16曲のレア音源と4曲の未発表曲が収録されています。

ブライアン・フェリー 50年以上にわたるソロ・キャリアを網羅した5CD『Retrospective: Selected Recordings 1973-2023』発売 - amass

CD1『Best Of』CD2『Compositions』はフェリーさんの名曲が目白押しで、次から次に鳴り渡るそれら珠玉の逸品に陶然となること必至、聴くほどにオレのフェリー愛が怒涛のように押し寄せて涙で目の前が曇って何も見えない。フェリー・ミュージックを聴く至福にしばし時も忘れてしまいそうだ(すいませんちょっと大袈裟に書いてしまいました)。

そしてカヴァーバージョンを中心にまとめたCD3『Interpretations』、そもそもフェリーさんはカヴァーバージョンの達人で、オリジナル曲を完全に自分のものにしてしまうため、どれを聴いてもフェリー作品にしか聴こえないという素晴らしさ。

CD4『The Bryan Ferry Orchestra』はフェリーさんが趣味で始めたレトロ・ジャズ・アンサンブル集となるが、実はフェリーオーケストラってあまり好きではなかったのだが、こうして1枚にまとめて聴いてみると、これはこれで実にいいではないか。

CD5『Rare and Unreleased』にはレア音源と未発表曲が収録されるが、オレほどのファンともなればだいたいは知っていて、どうだこれがファンの威力だ、とだれも聞いていないのに自慢してしまうしょーもない自分がいる。で、このレア曲というのがまたいい曲ばかりなんだよなあ……。

BoxsetにはCDブックレットとは別に100ページにわたるフェリーさん写真集が同梱、スタイリッシュにポーズをキメまくり、ひたすらナル入ったフェリーさんの姿をとことん堪能できる仕様となっている。ちょっとキメ過ぎな感じもするけど。まあしかし、確かにフェリーさんってカッコいいんだよなあ。

1945年生まれのフェリーさんは現在御年79歳、もう結構な年齢だし、正直後期のアルバムは声量も声質も衰えており、こっそり言うならばBoxsetジャケット写真も結構若い頃の写真を使っていたりもするのだが、ファンとしては新作云々とかもういいからお体大事にして長生きしてください、という気持ちである。そんな中、こういった形でフェリーさんのキャリアー集大成を聴けるのは、フェリーさんの偉大なる記録がここに刻印されたような気もして、嬉しい気持ちでいっぱいだ。

なおアルバムはCD1『Best Of』と同内容の1枚ものCDと2枚組LPが別に発売されている。

★ブライアン・フェリーを徹底的に探究する、初のキャリア回顧録 ★レア曲、未発表のレコーディング、詳細なライナーノーツと素晴らしい写真が掲載された100ページのブックなど、ブライアンのキャリアをこれまでで最も深く掘り下げた商品 ■Island Records、Polydor、Virgin/E.G.、BMGにわたる彼の名作を50年以上にわたって初めてまとめた作品。 ■このコンピレーション・アルバムは名作家としての彼のスキルを紹介するとともに、他の作家の作品の最高の解釈者としても彼の地位を反映しており、ロック/ポップス/R&B/ピアノ・バラード/エレクトロニカアンビエント/ジャズ/カントリー/フォーク/ブルース/ニュー・ウェーヴまで彼の音楽の多様性を引き出している。 ■今作は、ブライアン・フェリーが共同キュレーションし、アートディレクションした一連の製品として発表される。 ■ハードケース/100Pハードカバーブック/5CD