北欧産犯罪小説『熊と踊れ』を読んだ

熊と踊れ (上・下) /アンデシュ・ルースルンド (著), ステファン・トゥンベリ (著), ヘレンハルメ 美穂 (翻訳), 羽根 由 (翻訳)

熊と踊れ 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)   熊と踊れ 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

凶暴な父によって崩壊した家庭で育ったレオ、フェリックス、ヴィンセントの三人兄弟。独立した彼らは、軍の倉庫からひそかに大量の銃器を入手する。その目的とは史上例のない銀行強盗計画を決行することだった――。連続する容赦無い襲撃。市警のブロンクス警部は、事件解決に執念を燃やすが……。はたして勝つのは兄弟か、警察か。スウェーデンを震撼させた実際の事件をモデルにした迫真の傑作。最高熱度の北欧ミステリ。

ストックホルムを中心として起こった史上類を見ない連続銀行強盗事件。その統率の取れた行動と綿密かつ大胆な犯行はスウェーデン中を震撼させ、捜査は難航を極めた。それはある三兄弟とその仲間たちによって行われた犯行だった。そしてその三兄弟には暴力的な父により常軌を逸した支配を受けるという過去があった。スウェーデンの作家コンビ・アンデシュ・ルースルンドとステファン・トゥンベリによって書かれた犯罪小説『熊と踊れ』は、犯人である三兄弟の過去と現在を交錯させ、煮えたぎるような家族の愛憎とその結末を描いた物語となる。

注目すべきはこの小説が実話を元にして書かれており、それだけではなく作者の一人アンデシュ・ルースルンドの兄弟たちがこの事件を起こしていたということだろう。物語それ自体は事実に大きな脚色を加えているが、ルースルンドは次々と強盗事件を起こしてゆく兄弟たちに大いに心を痛めていたという。事件終結後にルースルンドは、小説という形で事件を掘り下げながらも、「家族の血」というものに否応なく目を向けざるを得なかったのだろう。それゆえにこの小説は緻密に描かれた犯罪小説であるのと同時に、歪み切った家族関係への痛々しい哀切が籠っている。

こうした「事実を元にその肉親が描いた犯罪小説」であるためか、暴力的な父とその下で息を殺して生きる息子たちとの異常な関係性、その中で培われてゆく兄弟同士の強烈な絆の様は迫真を極め、あまりに息苦しくて読んでいて時々辛くなってくるほどだった。その書き込みは詳細を極め、日本で刊行された文庫版は上下巻併せて1120ページという重量級であると同時にそれに見合う重厚さで、文字通り渾身の大作ということができるだろう。とはいえ、事件を捜査するストックホルム市警警部ヨンの描写は、実際には存在しない架空の人物ということからか妙に退屈で、ここだけが瑕疵となっていることは否めない。

読み所となるのは犯人グループの用意周到で完璧とさえ言える犯行計画の緻密さ、次々と警察の裏をかいてゆき証拠一つ残さぬ狡猾さ、その優れた統率が兄弟同士であったからというリアリティだろう。そしてそれがいつどのような形で綻ぶのか?もしくは全ては最後まで完全犯罪として遂行されるのか?という興味が最後まで尽きない事だろう。もう一つの読み所は過去に父への恐怖と憎しみを擦り込まれた主犯格である主人公レオが、「家族の結束」という名の支配を次第に弟たちに課してゆき、いつしか憎み切っていた父と同様の存在になってしまうという皮肉な展開だろう。矛盾しながらもコインの裏表のように分かち難い愛と憎しみ、それが壮大なドラマとなって結末へと疾走してゆくのだ。ただまあちょっと、長いことは長かった。

 

誘拐されたサンタクロースを救え!?/映画『レッド・ワン』

レッド・ワン (監督:ジェイク・カスダン 2024年アメリカ映画)

クリスマス・イブの前夜(要するにイブイブ)に「レッド・ワン」ことサンタクロースが誘拐され、サンタの国の警備隊長カラムが誘拐の原因を作ったハッカー、ジャックと共に犯人を追う、というファンタジーアドベンチャー作品です。

サンタでクリスマスというと「なーんだ子供向けじゃん」と思われるかもしれませんが、これがびっくりするほど楽しめる映画として完成していました。なにしろ主演はドウェイン・ジョンソンとクリス・エバンスとルーシー・リュー、この出演陣だけでも映画を見る価値ありでしょう。そして監督が『ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル』『ジュマンジ ネクスト・レベル』のジェイク・カスダン、ファンタジーアドベンチャーとしての完成度も十分期待できるというものです。

《STORY》クリスマス・イブの前夜、コードネーム「レッド・ワン」ことサンタクロースが何者かに誘拐された。サンタクロース護衛隊長のカラムは、世界一の追跡者にして賞金稼ぎのジャックと手を組み、サンタ救出のために世界中を飛び回ることに。しかし彼らの前に立ちはだかる誘拐犯は、サンタの力を利用して、ある恐ろしい計画を企てていた。

レッド・ワン : 作品情報 - 映画.com

この『レッド・ワン』、確かに基本的にはファミリー向けの作品ですが、様々な部分がしっかり作り込まれているので甘すぎたり子供だましだったりする部分がないんですよ。例えば描かれるサンタクロースの国にしても御伽噺のような世界ではなく、コンピューターディスプレイが縦横に並びSF的な小道具がそちこちに配された近未来的な情景でもって描かれ、そこで精霊やクリーチャーたちが働いていたりするんですね。

この作品では神話や伝説の世界が実際に存在し、それを人間世界の特殊機関が極秘に保守している、という設定なっているんですね。サンタの国はその一つであり、サンタとは関係なく伝説伝承に残っているクリーチャーやモンスターも登場するんです。こういったビジョンからは宇宙人を人間の特殊機関が管理する映画『メン・イン・ブラック』を思わせるものがあり、『メン・イン・ブラック』と同様の、クリーチャーたちが大挙して登場する楽しさがあるんですよ。

こんな世界でドウェイン・ジョンソン演じる警備隊長カラムとは何者かというと、人間の姿をしていますがある種の精霊なんですね。だから人間にはない超絶的な力や特殊能力を持っており、また、小さな玩具を巨大化させて使役するSFガジェットも携えてもいます。すなわちこれ、スーパーヒーローということなんですよ。ドウェイン・ジョンソンはかつて『ブラックアダム』というDCヒーローを演じたことがありますが、この作品でも特殊能力を駆使するスーパーヒーローとして登場するということなんですね。

その中でクリス・エバンス演じるジャックとはなにかというと、空想的なファンタジー&スーパーヒーロー世界に生身の人間として登場することにより、映画の世界にリアリティを加味する役割なんですね。最初ジャックはセコくてインチキなダメ人間として登場します。ジャックのこの人間的な猥雑さが作品世界を地に足の着いたものとし、同時に観る者に反発あるいは共感できる人間像を提供します。ジャックのこのダメ人間ぶりがファミリー向け映画の範疇にとどまらない人間臭いドラマを持ち込むんです。

こうしてスーパーヒーローであるドウェイン・ジョンソンと、ダメ人間のクリス・エバンスとが協力し合い、最初は反発しあいながらも次第に強い絆が生まれてくる、というお約束のバディ・ムービーとして展開してゆくのもこの映画の楽しさです。設定も世界観もキャラも実に充実しているので、シリーズ化もあるかもしれないな?と思ったらやはり企画があるようで、今後の展開も楽しみな作品でしたね。サンタでクリスマスというテーマに食わず嫌いせず、ぜひご覧になっていただけるといいかと思います。

メン・イン・ブラック

メン・イン・ブラック

  • ティム・ブレイニー
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それは気が休まらなかったッ?!

先月10月から私事であれやこれやと忙しくなり、そこはかとなくグロッキー気味である。そもその発端は定年である。いや、定年したことそれ自体は肉体的精神的な影響など何もない。ただ、今回のよしなしごとのプロローグとしては象徴的な出来事であったように思う。結膜嚢胞なる軽い眼病を患って眼科に行ったのもこの時期だった。

実は12月初旬に引っ越しを予定しており、それの準備をしているのだ。ほぼ50日前ぐらいから準備は始めているのである意味早すぎるぐらいだし、本やCDやDVDなどの細かいものは暇を見つけては箱詰めしておりこれはほとんど完了、残る一か月で残りを順繰り片づけていけばいいだけなのでそれほど心配はないはずなのだが、引っ越しにまつわるあんなことやこんなことが常に頭の中にあって、まるで気が休まらないのである。

住所変更に関わる役所他電気水道ガス郵便ネット回線などの諸手続きは、今やほとんどネットで完了するので簡単なはずなのだが、これらの幾つかは引っ越し2週間ほど前にならねばできないのでまだ完了していない、この「完了していない」ということそれ自体が気にかかってしまうのである。ほかに、家財道具その他をかなりな量粗大ごみとして廃棄することになるのだが、それの手順や段取り荷物移動が疎ましいのである。ああ気が休まらない。

そんな合間にクレジットカードの有効期限が10月で切れるとかいうので、あれこれの支払い登録の変更が必要になった。これも実際ネット上でチャチャッと数字をいじるだけなのだが 、あれもしなきゃいけないこれもしなきゃいけないの中の「しなきゃいけないこと」がまたもや増えてしまったことそれ自体にうんざりしてしまうのである。ああ気が休まらない。

こうして気ばかり急いている時期に今度はパソコンの故障である。これも後回しにはできないのでネットで早急に新しいパソコンを探して注文し、届いたら届いたで今度はセットアップである。おまけに慌てて注文したばかりにパソコンケースの大きさを間違えてしまう。そのあらましは以前ブログで書いた。面白おかしく書いてはいたが結構うんざりしていた。ああ気が休まらない。

それと併せてこの忙しい時期にわざわざ人間ドック的な健康診断を病院に申請してしまう。別に今やらなければいけないものでもなかったのに、毎年10月前後にはやっているので、なんだかやらないと拙いような気がしてしまい、ついつい申請し、この11月1日に会社から休みをもらって行ってきた。忙しいときに自分からわざわざさらに忙しくしてしまう、というこの業の深さ。ああ気が休まらない。

そしてこの11月2日と3日には、相方の御母堂の3回忌となる法事につきそい仙台に出向いてきた。これはやっとかなきゃならないことなのできちんと義務を果たしたが、体調をすっかり崩してしまっており、ちょっときつかった。実は10月の最終週のあたりから体調が悪かった。最初は風邪かとも思ったが、熱もなく喉の痛みもなく、ただ頭が重く体がだるい状態がずっと続いていた。端的に言って過労である。肉体的なものというよりもここ暫くの心配事でメンタルがやられてしまったようなのだ。それに引き摺られる形で体調に表れたのだろう。だから仙台に行った時には必要最低限のこと以外は切り上げてずっと眠っていた。なぜなら気が休まらないからである。

仙台に行った時には無理やり動物園にも行ったのだが、お目当てのたぬきはお昼だったせいかみんな寝ており、ちょっとしょんぼりだった。動物園のレストランでは窯焼きピザを食べたがこれは美味しかった。仙台の八木山動物公園に行ったらぜひピザを食べてほしい。そういやその前の日も仙台でピザ食ってたな。身も心も疲れた時にはピザに限る。

睡眠といえば眠りもずっと浅かった。夜中に何度も目が覚めてそして眠れなくなっていた。当然睡眠不足となりそれも体調に影響していたのだろう。

ところでオレはここで愚痴を書きたいのではない。そうではなく、ごく一般的な社会人であれば誰もが造作もなく常識的に行うようなことにあれやこれやと気をまわし気を遣い気をやりすぎメンタルを擦り減らしてゆく自分の性格それ自体に呆れ返っているという次第なのである。

今回に限らずオレという人間はどんなことでもちまちまといらない気を使って疲弊してゆくことが多々あるのだ。正直言ってオレの気の遣い方は海よりも深く山よりも高いからな。気遣い選手権なるものがあったらチャンピオンとまではいかないだろうけれども審査員特別賞(平たく言うとお情け賞)ぐらいはもらえるのではないかとすら思う。

ただオレは遣り過ぎると突然プチッと切れてしまう人間でもあり、突然なにもかも適当で投げっぱなしになってしまうことがある。揺れ幅が極端なのだ。つまりは人間それ自体が極端なのである。それでバランスをとっているともいえる。ただし今回はいつもの投げっぱなしが許されない。それゆえの過労なのだろう。

とはいえ、ここまで言っておいてなんだが、合間合間に今まで通り映画館に出向いて映画も見ているし、ブログも書いているし、買い物もしているし、楽しく酒も飲んでいるし料理も作っている。相方とだってちゃんと会ってるぞ。つまり割と日常生活は行えているのだ。これは早めに引っ越し準備を始めたので若干の余裕があるということでもある。そういった面では良し悪し、というか悪いことばかりでもないとも言える。まあなんにせよ決戦は12月初旬である。それまでなんとか遣り過ごし事の成就を虎視眈々と見据えなければならないのだ。ああ気が休まらない。

ちなみにトップの画像は生成AIに「過労」と入力して制作された画像である。これのどこがどう過労なのかよくわからないが(そもそもなんでこんな抽象画みたいのが出てきたのかもわからないが)、「過労」と言われれば「過労」の画像のような気がしてくるから不思議である。

追記:あれから何日か経ったが体力はほとんど回復し、体調も良く夜もちゃんと眠れるようになった。今のところどうやら心配はなさそうだ。やはり映画をガンガン観てメシをガンガン食って酒をほどほどに嗜んだおかげだろう。なのでこのブログの善良かつ聡明な読者の皆さまにあらせられましてはご心配なきよう。とはいえ、そうこう言っているうちに今度は年末調整の時期がやってきてだな……チッ。

 

『ザ・ウォッチャーズ』『ライド・オン』『マンガー・ブラザーズ』『タイムカット』など最近ダラ観した配信あれこれ

『ザ・ウォッチャーズ』

ザ・ウォッチャーズ (監督:イシャナ・ナイト・シャマラン 2024年アメリカ映画)

シャマランの娘イシャナ・ナイト・シャマラン監督の『ザ・ウォッチャーズ』は奥深い森に建つ謎の施設に幽閉され、得体のしれない”何か”に監視されている人々を描くホラー作品である。この設定だけだとなんだかピンとこないのだが、実際観てみるとそこここに技ありの秀作だった。第一印象ではいわゆる不条理ホラーなのだが、物語が進むにつれきちんと謎が説明されてゆく部分に作話に対する誠意とシナリオの練度を感じるのだ。全体を見渡してみるとファンタジーホラーということができるが、この”ファンタジー”部分の説明がなによりいい。強い情感を持つストーリーと美しい撮影、ダコタ・ファニングの説得力ある演技と、素晴らしい完成度を誇る作品だといえるだろう。まさかこんな展開だとは思ってもみなかったし、これでデビュー作だというから感服した。これ1作だけでも父親のシャマラン映画より好きだしある意味超えちゃってるかもしれない。

ライド・オン (監督:ラリー・ヤン 2023年中国映画)

ジャッキー・チェン主演、一線を退いたスタントマンが再び危険なスタントに挑むという物語。ジャッキー・チェン俳優50周年記念主演作ということなんだが、なんだか微妙な出来だったな。「年老いたスタントマンの現場復帰」「愛馬との華麗なるスタント」「その愛馬が抵当として奪われる危機」「疎遠だった娘への信頼を取り戻したい父親の心情」と、テーマを盛り込み過ぎて結果的に物語が散漫になっているのだ。ジャッキー主演とはいえアクションは少なく、娘とのいじましいやり取りが物語の中心となるが、そんなの観たかったわけじゃないんだよな。ただしこれ、アクションスターとして映画界を席巻したジャッキーが、その裏で家族をないがしろにしていたという現実の出来事を基にして、ジャッキーがそのことを家族に向けて平身低頭懺悔し続けている映画なんじゃないかと思えるんだよ。その中で馬はなにかというと覇気に満ちた若き日のジャッキーの象徴であり、それが現在のジャッキーと分裂した姿という事じゃないかな。

マンガー・ブラザーズ(Amazon Prime Video) (監督:マックス・バーバコウ 2024年アメリカ映画)

犯罪から足を洗った男(ジョシュ・ブローリン)が出所したばかりの双子の兄(ピーター・ディンクレイジ)と再会し、デカい山に誘われるが!?というクライムコメディ作品。なにしろピーター・ディンクレイジが主演なんだからディンクレイジ・ファンのオレとしてはもう観るしかないではないか。当然今作でもディンクレイジは安定の小鬼ぶりでオレは大いに満足させられた。そしてジョシュ・ブローリン、最初は単にヌボッとした印象しかなかったのに、段々とチャーミングになってゆくのが心憎い。さらに今作、ブレンダン・”ザ・ホエール”・フレイザーが悪徳警官役で怪気炎を吐いているのがまたまた嬉しい。そんな彼らがドタバタを演じながら、お約束ではあるが「家族の絆」を感じさせてゆく内容は、ネトフリ映画らしい独特のユルさも相まって十分に楽しめるものがあった。

タイムカット(Netflix映画) (監督:ハンナ・マクファーソン 2024年アメリカ映画) 

2024年から2003年にタイムスリップしてしまった女子高生が、シリアルキラーに殺される前の元気な姉と対面し、過去を変えることができるかどうか逡巡するという物語。主人公は姉の死後に生まれたという設定なので、過去に戻っても過去の自分と会うことがないという部分に独特さを感じた。全体の作りは『ハロウィン・キラー!』の二番煎じであるばかりか完成度が低く、「未来を変えたくないから姉は救わない」という主人公の煮え切らなさに苛立たされ、にもかかわらず変えられた過去によるタイムパラドックスは完璧に無視されるという体たらくで唖然とさせられる。とはいえこの物語の主眼は2003年から2024年の20年間でファッションや音楽といった風俗がどのように変化したか?を10代20代の視聴者に楽しませることにあったんじゃないかな。そういう機能に特化した作品だと思えばなんとなく理解できないこともない。

祟られた墓から現れた”それ”とは/映画『破墓/パミョ』

破墓/パミョ (監督:チャン・ジェヒョン 2024年韓国映画

跡継ぎが代々奇病に罹る資産家一家に調査を依頼された風水師は、先祖の墓に原因があることをつきとめる。祟りを鎮めるために改葬を行おうとする風水師だったが、それは新たな災厄の始まりだったのだ。韓国映画『破墓/パミョ』は、風水と埋葬という韓国社会では慣例となっている習俗を描きつつ、恐るべき展開を見せるオカルトホラー作品である。

主人公となる風水師サンドクを『オールド・ボーイ』のチェ・ミンシク、巫堂ファリムをドラマ『トッケビ 君がくれた愛しい日々』のキム・ゴウン、葬儀師ヨングンを『コンフィデンシャル』シリーズのユ・ヘジンが演じ、オカルト映画『プリースト 悪魔を葬るもの』のチャン・ジェヒョンが監督・脚本を務めた。

《STORY》巫堂ファリムと弟子のボンギルは、跡継ぎが代々謎の病気にかかるという奇妙な家族から、高額の報酬と引き換えに依頼を受ける。先祖の墓が原因であることがすぐに判明し、お金の臭いを嗅ぎつけた風水師サンドクと葬儀師ヨングンも合流。4人はお祓いと改葬を同時に行うことにするが、墓を掘り返す儀式を始めた矢先、不可解な出来事が彼らを襲う。

破墓 パミョ : 作品情報 - 映画.com

”風水と埋葬”にまつわる韓国映画というと2018年に時代劇『風水師 王の運命を決めた男』が公開されており、この『破墓/パミョ』同様極めてオカルティックな展開を見せる作品として完成していた。ここで扱われる”風水と埋葬”とは、先祖の墓の方角や場所が良ければ一族は繁栄し、逆に悪ければ衰退や災厄が訪れる、といったものだ。『風水師 王の運命を決めた男』は時の権力者たちがこの「墓の場所」を巡って牽制しあい、風水師を使って陰謀を巡らせるという物語だった。

そしてこの『破墓/パミョ』では「墓の場所」が悪かったばかりに祟られてしまった資産家一族が登場する。風水師サンドクはその「墓の場所」を正すために仲間たちとともに「破墓/パミョ」の儀式を行うが、そもそも依頼主がなぜ”悪所”に墓を建てることになってしまったのか、その場所を指示したという僧侶はなぜ何の目的でこのような邪な所業を成したのか、という部分にミステリーが生まれてゆく。次第に明らかにされるその謎の背景には、日帝時代、さらには数百年前の日本にまで遡る恐るべき呪いが存在していたのだ。

こうして”風水と埋葬”にまつわる単純なオカルトホラーとして始まった物語は、次第に伝奇ホラーの様相を呈してゆき、日本と韓国とをまたいだ歴史の闇を炙り出してゆくのだ。映画で行われる「破墓/パミョ」の儀式はひたすらアニミスティックであり、その異様な土俗性は今作の大きなハイライトとなる。物語内で描かれる様々な風水のしきたり(ほとんど創作ではあろうが)は、現代社会においても超自然のことわりが支配する世界が存在することの不気味さを顕わにする。派手な特殊効果や目を覆うような残虐描写を極力排し、要所要所で不気味な演出を炸裂させることでリアリティを加味する秀逸な作品だった。

風水と歴史の闇にまつわる霊的呪術を描く伝奇ホラー作品ではあるけれども、映画の完成度とは離れた部分でちょっと気になったのは、「先祖が子孫に祟りを成す」というのはどうにも歪な構造ではあるな、ということだ。これは韓国の強烈な儒教社会で権勢をふるう年長者が、死してなお生ける者たちに上下関係を押し付けるという構図に他ならないではないか。本来なら子孫繁栄が一族の第一義であるべきものを、死んでいる年長者のわがままで一族郎党不幸になってしまうとは本末転倒である。逆に言うなら、霊がどうとかいう以前に年長者の”呪い”というのはここまで強烈だということなのだろう。そういった意味で韓国式儒教作法こそがホラーである、という物語なのだともいえるのだ。