悪魔崇拝者どもを血祭りに上げろ!/映画『ゼイ・ウイル・キル・ユー』

ゼイ・ウイル・キル・ユー (監督:キリル・ソコロフ 2026年アメリカ映画)

生け贄のはずが、最狂の狩人になる。映画『ゼイ・ウイル・キル・ユー』は、妹を救うために悪魔崇拝者のマンションに乗り込んだメイドが、悪鬼どもと血塗れの戦いを繰り広げるホラー・アクションだ。主演は『デッドプール2』『ブレット・トレイン』のザジー・ビーツ、共演にパトリシア・アークエット、トム・フェルトン、ヘザー・グラハム。監督はロシア出身の新鋭キリル・ソコロフ。『IT』シリーズのアンディ・ムスキエティが製作を務める。

【STORY】ニューヨークの高級マンション「バージル」。富豪やセレブが暮らす優雅な住まいのはずが、実は狂信的な悪魔崇拝者の巣窟だった。月に一度、無垢な女性をメイドとして雇い、悪魔への生け贄に捧げる恐ろしい儀式が繰り返されている。今夜もまた、一人のメイドが犠牲になるはずだった——しかし、彼女は違った。驚異的な戦闘能力を持つメイドが、斧やナタを手に住人たちを次々と血祭りにあげていく。

オレは『デッドプール2』や『ブレット・トレイン』に出演していたザジー・ビーツに惚れ惚れするような魅力を感じ、この作品を観るのをとても楽しみにしていた。なんといってもあの大爆発しているカーリーヘアが堪らなく素晴らしい!そして実際観た映画では、ザジー・ビーツがそのカーリーヘアを振り乱し、燃え上がるような憤怒の表情を浮かべ、血みどろになって戦う姿が最高に素晴らしかった。文字通り期待に違わぬ作品だったと言っておこう。

主人公エイジアがマンションに到着し、夜の闇を狙って悪魔崇拝者どもが襲い掛かってくる場面からもうアクション全開。エイジアはこの時を待ってましたとばかりに、マチェーテを振り回し、ショットガンをぶっ放しながら、悪魔崇拝者どもを真っ赤な肉塊に変える!演じるザジーは終始ロンTとスエットパンツという格好で、これがなかなかにセクシー、ザジー好きのオレとしても映画の間中眼福の極み!

だが、ガッツリとぶっ殺したと思ったら、なんと嘘みたいに蘇ってしまう悪魔崇拝者ども!殺しても殺しても蘇る悪魔崇拝者とエイジアとの終わりなき戦いがここから始まる。殺しても死なない悪魔崇拝者どもにエイジアは次第に劣勢となってゆく。エイジアに打つ手はあるのか?舞台はマンションという閉鎖環境、ダクトや隠し通路を縦横に利用しながら、追いつ追われつのアクションがこれでもかと展開することになる。

ダークホラーとゴアアクションを基調としながらも、要所要所でコミカル演出が盛り込まれ、決して暗く陰鬱な作品になっていないところもいい。なにしろ悪魔崇拝者どもがどこかすっとぼけたキャラの連中ばかりで、奴らが痛い目に遭えば遭うほど笑えてしまうのだ。このグロとユーモアのバランスがよくて、物語を決して重いものにしていない。パトリシア・アークエット、トム・フェルトン、ヘザー・グラハムの狂気っぷりもいい具合にヤバい。

血みどろのスペクタクルとダークユーモア、閉鎖空間での緊張感が見事に噛み合った90分強は、終始目が離せない。もちろんザジー・ビーツはメチャクチャかっこよかったし、敵役のキャラにも憎めない愛嬌を感じた。最終決戦の禍々しいまでの盛り上がりは大いに興奮させられ、ニヤリとさせられるどんでん返しまでおまけ付きで、実に楽しめる1作だった。


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自らの執着に狂わされた男の悪夢の物語/映画『地獄のサーファー』

地獄のサーファー (監督:ロルカン・フィネガン 2024年オーストラリア・アメリカ映画)

怪人、狂人、ブチ切れ演技がメシの種となっているニコラス・ケイジの新たなる心神喪失映画、それがこの『地獄のサーファー』である。今作は、ガラの悪いジモティーが海岸を占領してサーフィンさせてくれないからブチ切れる!という映画なのだが、この粗筋だけで「それって面白くなる要素あるんですか?」と恐る恐る聞いてしまいたくなるような濃厚な地雷臭が漂っているではないか。これは観るしかない!

【STORY】かつての思い出の場所で息子と共に波に乗ろうとした男は、地元の海岸を独占し新参者を排斥しようとする凶暴なローカル集団から、執拗な嫌がらせと暴行を受ける。理不尽な暴力にさらされ孤立無援の状態へ追い込まれながらも、男は意固地になってビーチに留まり続ける。しかし次第に現実と幻想の境界が曖昧になり、男の中に狂気が芽生えてゆく。

実は中盤までは「またしょうもないニコケイ映画を掴まされたか」と若干ゲンナリしていた。燦々と照り付ける日差し、穏やかな波の音、微妙にヌルいサウンドトラック、時折差し挟まれる動物たちの姿——確かに状況は暴力的ではあるが、なんだか緩い展開なのだ。しかし次第に、「これはただ事ではない何かをやろうとしている映画だ」と気づかされ、俄然面白さが増してきた。

まずニコケイ扮する男が、強烈な執着心に満ちた人物として描かれること。彼は結婚生活が破綻しているにもかかわらず、かつての故郷に家を買い、家族とそこに住もうとしている。もう妻は戻ってこないのに。家を買う金さえ危ういのに。さらにビーチでのサーフィンを妨害されたにもかかわらず、駐車場に居座り、地元サーファー連中を執拗に監視し続ける。どうせ何もできないくせに、諦めてさっさと帰らないのだ。

次に、駐車場に居座るニコケイがどんどんボロボロになっていくこと。衣服は汚れ、靴を失い、顔は傷とかさぶただらけ、髭はぼうぼうで目は虚ろ。泥水を啜り、ゴミ箱を漁り、うわごとのようなことばかり繰り返して、他の客に怪訝な顔で見られる始末。もはやホームレス状態である。なぜここまで落ちぶれるのか——それはすべて、冒頭に書いた執着心のせいなのだ。

そしてさらに映画は怪しい方向へと突き進む。男は譫妄状態に陥り、彼の置かれた状況が現実なのか妄想なのか、観客にも区別がつかなくなってくる。彼はサーフィンをしようとしてビーチを訪れたビジネスマンなのではなく、最初からこの駐車場で寝泊まりするホームレスだったのではないか。妻も子も故郷の家も、すべて妄想だったのではないか。

これらすべてが、ニコケイ十八番の怪人演技によってさらに狂ったものとして増幅され、サイケデリックな映像と音響も加味されて、作品は一大バッドトリップ映画として爆走してゆく。「一般人が暴力に耐え続け、挙句にブチキレる」というよくある映画では決してない。これは執着というものが人間をどろどろに溶かしてゆく過程そのものを、黒い笑いで包んだ異形の作品だったのだ。

そして在らん限りの狂気が描き尽くされた後に、男は遂におのれの執着から解き放たれることとなる。地獄を巡り終えた男の心に去来するのは平穏なのか虚無なのか。あるいはこれは男にとって生だったのか死だったのか。全ては微睡むような日差しの中、潮騒と風の音にかき消されてゆく——それ自体が夢だったかの如く。


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地獄のサーファー

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【水曜どうでしょう第36弾「懐かしの西表島」】Blu-rayを観た 

【水曜どうでしょう第36弾「懐かしの西表島」】のBlu-rayが発売されたのでばっちり予約購入、この連休に一気見しました。2023年に放送された最新エピソードの映像に特典映像や副音声を収録したもので、6夜分・全255分+特典映像1時間以上とたっぷりした内容。おかげで連休がまるごと西表島になりました。

「懐かしの西表島」は、2005年放送の「激闘!西表島」における名物ガイド、ロビンソンさんに再び会いたい!という企画です。エピソード自体は観ているはずなんですが、20年も前のことでほぼ記憶が消えていた……それでもBlu-rayを観ていたら、「ああ!黒画面+文字スーパーだけで進行してゆく伝説の『寝釣り』の回か!?」とそこだけ鮮明に思い出しました。あれ、破格だったよなあ。

「懐かしの西表島」もある意味破格です。なんと出発のタイミングで台風12号が西表島を直撃、飛行機が全便欠航、しかも予報では台風が相当長く居座りそうで出発の見通しが全く立たない!? そこでどうでしょう班がどうしたかというと——「ホテルで足止め」だけで第1夜を終えてしまいます。

さらに第2夜も飛行機は全く飛ばず、「どうなっちゃうんだろうねえ」とか言いながら同じ部屋・同じ画角で同じ愚痴を延々と垂れ流し続けるどうでしょう班!番組としてありえない!そもそも5500円出して購入したオレの立場は!? この「普通ならやらないどうしようもなさ」こそが「水曜どうでしょう」そのものです。

天候がまだ予断を許さないながらも那覇までは飛べるということで、3泊したどうでしょう班(鈴井さんと大泉さんはその間札幌を往復していたみたい)は第3夜でやっと動き出します。那覇に着いても石垣島行きフェリーは全便欠航、またもや缶詰。この段階でもう第4夜!西表島再訪企画全6回のうち4回が西表島に行けていない!なんだこの企画は!?

ガタガタしながらも第5夜でやっと西表島に上陸、たった5時間程度の滞在を、遅れを取り戻すかのように濃厚に過ごすどうでしょう班。ロビンソンさんも期待に違わぬ「我が道を往く」キャラで、鈴井・大泉コンビとの掛け合いがとにかく笑える!「滑り台」「イリオモテヤマネコのおしっこの臭い」とハイライトだらけ……というかハイライトそこだけとも言えるが!?

実に「どうでしょう」らしい企画でした。このグダグダぶりと結果オーライなアバウトさがこの番組の真骨頂です。ところで「水曜どうでしょう」のディスクはかなり前からコンスタントに購入し続けてきましたが、今回でとりあえず完結とのこと。長い付き合いだっただけに、なんだかちょっと寂しい。でもまた企画が立ち上がったら、発売するんですよね、藤村さん?

予約特典のグッズはアロハシャツキーホルダーでした。

 

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世界の終わりに届いた、人生への「ありがとう」/ 映画『サンキュー、チャック』

サンキュー、チャック (監督:マイク・フラナガン 2025年アメリカ映画)

チャックとは誰か、世界はなぜ終わるのか

世界の終わりが迫る中、街を埋め尽くす謎の感謝広告——「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック。」チャックとは誰か?「ありがとう」の意味とは?そして、世界はなぜ終わるのか?スティーヴン・キング原作、マイク・フラナガン監督によるヒューマン・ミステリー映画『サンキュー、チャック』は、こんな謎めいた導入部から始まる。

【STORY】次々と襲う大規模な自然災害と人災により、世界は終わりを迎えようとしていた。インターネットもSNSも完全にダウンした混沌の中、街頭看板、テレビ、ラジオに突如として大量の広告が現れる。「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」。高校教師のマーティーは、連絡が取れなくなった元妻フェリシアに会うため家を飛び出す。誰もいない無人の街は、チャックの笑顔と感謝の言葉で埋め尽くされていた。絶望の淵で星空を見つめ、手を握り合う二人。しかしその瞬間、物語は一転する。

キャストは主人公チャックに『アベンジャーズ』ロキ役のトム・ヒドルストン。共演に『それでも夜は明ける』のキウェテル・イジョフォー、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のカレン・ギラン、『ルーム』で子役として注目を集めたジェイコブ・トレンブレイ。『スター・ウォーズ』のマーク・ハミルが登場するのも嬉しいところ。監督は『ジェラルドのゲーム』『ドクター・スリープ』とキング原作作品が続くマイク・フラナガン。ダンスシーンの振り付けを『ラ・ラ・ランド』のマンディ・ムーアが担当している点も注目だろう。

原作のスティーヴン・キングについては特に説明もいらないだろう。『キャリー』や『シャイニング』といった数々の名作ホラーを世に送り出しているが、『スタンド・バイ・ミー』や『ショーシャンクの空に』といった感動的なヒューマンドラマもお手の物だ。この映画は中編小説『チャックの数奇な人生』を原作としているが、今回の記事は以前書いた原作レヴューに多少手を加えて掲載する。

世界の終わりと一人の男の人生

「ありがとう、チャック!」と書かれた看板広告が、破滅に向かう世界に突如現れる。チャックとは誰なのか、なぜこんな広告が、そもそも世界はなぜ終わりを迎えるのか。ミステリアスな導入部に観客はすぐさま引き付けられるだろう。さらに興味深いのは、冒頭が「第3章」から始まり、物語がその後、第2章、第1章へと時間を遡ってゆく構成をとっていることだ。この遡及する語り口自体が、作品のもうひとつのテーマともなっている。

世界の終わりとひとりの男の人生がどう繋がるのか——その強烈なフックから始まりながら、物語はやがてチャックという男の愛すべき人間性へと静かに降りてゆく。少年期から青年期にかけての喜びと悲しみ、愛情と信頼、ストリートダンスや家族との時間。チャックはとりたてて特別な男ではなく、ある意味では平凡ですらある。だからこそ彼の人生は多くの者の共感を呼び、ある意味で「あなたの物語」でもある。

終わりゆく世界に生きながら、自分の人生に「ありがとう」と感謝できるか。この物語が問いかけるのはそういうことであり、チャックの人生はその回答として描かれている。人の一生は始まりから終わりへ一直線に進み、消え去るように思えるかもしれない。しかし一歩引いて俯瞰すれば、時間軸のどこかには輝ける瞬間が確かに存在していた。過去の喜びも、愛した誰かとの時間も、「かつてあった」という事実はどこにも失われない。世界の終わりから遡りながら語られるこの物語は、「終わり」だけが人生の結論ではないことを静かに示す。その輝きは時制を超えて存在し続ける——それはすなわち、「永遠」ということではないか。

映画としての見どころ、ヴォネガット小説との類似性

原作と映画を比較してみよう。中編小説ということもあってまとめやすかったのか、ほぼ原作通りの物語展開で、原作の魅力や面白さも忠実に再現されていた。しかし映画作品としてそれだけにとどまらない素晴らしさを兼ね備えていた。キング小説はもとから映像的ではあるが、映画作品は細部まで小説を再現しているばかりか、街並みや自然の情景の美しさ、人々の表情や声の響き——小説では味わえない「世界の臨場感」を表現しつくしていた。

そしてなんといってもこの映画のハイライトを彩るダンスシーンの素晴らしさだ。ダンスの躍動感もさることながら、実際のドラマーを起用した第2章におけるドラムシーンの迫力は、映画ならではの高揚をもたらしてくれるだろう。そしてこのダンスシーンの高揚が、物語における「人生の素晴らしさ」をより一層強調し、印象付けているのだ。

原作との違いということであれば、まずカール・セーガンの宇宙カレンダー話は映画オリジナルだが、原作にあってもおかしくないぐらい見事に物語を奥深いものにしていた。また、第3章での登場人物らが第1章でさりげなく顔を出すシーンなども、映画ならではの心憎い表現法だろう。

個人的には、物語のテーマにカート・ヴォネガットの名作小説『スローターハウス5』に登場する、トラルファマドール星人の時間認識との類似を感じた。トラルファマドール星人は時間を4次元的な「塊」として同時視し、過去・現在・未来を一望する宇宙人だ。彼らは全時間軸を同時に見るため、死は「ただ一瞬」に過ぎず、人が他の瞬間に「生き続けている」ことを知っている。ただしトラルファマドール哲学は「自由意志を否定」し、暗い諧謔を含むが、『サンキュー、チャック』は絶望的な状況であっても人生を肯定しようとする。映画『サンキュー、チャック』は、明るいカート・ヴォネガットなのかもしれない。絶望の只中でそう思えるなら、それはすでにチャックの答えと同じ場所にある。


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鬼編集長と元アシスタントの20年ぶりの再会/映画『プラダを着た悪魔2』を観た

プラダを着た悪魔2 (監督:デビッド・フランケル  2026年アメリカ映画)

ファッション誌「ランウェイ」の鬼編集長と元アシスタントが、ファッション帝国の存続を賭けて20年ぶりに再会する!という映画『プラダを着た悪魔2』を観てきました。

前作『プラダを着た悪魔』はとても面白く観た記憶があります。ファッションと言えばファーストファッションしか着ないような私ではありますが、次々と画面を彩るハイファッションの美麗さにはやはり目を奪われましたし、そんな華麗なファッション情報を届ける出版業界の苛烈さにも驚かされました。同時に、「仕事とは何か?」という自己成長と職業倫理の天秤を描く部分でも秀でた作品でした。

そんな「ファッション・スポコン映画」だった前作からどのような変化が起こったのか?が今作の注目ポイントと言えるでしょう。

主演は豪華続投陣:ミランダ・プリーストリー役のメリル・ストリープ、アンディ・サックス役のアン・ハサウェイ、エミリー役のエミリー・ブラント、ナイジェル役のスタンリー・トゥッチら。ケネス・ブラナーやジャスティン・セローら新顔も加わり、期待を高めています。デビッド・フランケル監督が前作に続きメガホンを取り、華やかなファッション世界と人間ドラマを描きます。

まずはおさらいとして前作『プラダを着た悪魔』(2006)のあらすじを。

ジャーナリスト志望のアンディは、ファッション誌『ランウェイ』の鬼編集長ミランダのアシスタントに採用される。理不尽な要求に翻弄されながらも成長し、ファッションの洗礼を受けるが、パリ・コレクションでミランダの冷徹な本性を目の当たりにし、「自分はこういう人間にはなりたくない」と辞職する。

続いて本作のあらすじ。

トップファッション誌『ランウェイ』の編集長ミランダは、伝統メディアの衰退という存続の危機に直面していた。報道記者として活躍していた元アシスタントのアンディは、特集エディターとして編集部に舞い戻る。一方、かつてのアシスタント同僚エミリーはラグジュアリーブランドの幹部となり、資金面で鍵を握る存在に。立場を変えた3人の女性とナイジェルが再び集い、野心と裏切り、忠誠が交錯する中、ファッション界に新たな旋風を巻き起こす。

前作が「若きアンディの成長とファッション業界の洗礼」を描いた青春お仕事ムービーだったのに対し、本作は20年後、成熟したアンディとミランダが、デジタル化による紙媒体の衰退、SNS全盛の現代メディア危機に挑むというもの。華やかなファッション描写は健在ながら、伝統 vs 新時代、世代交代、復讐と和解のテーマが加わり、前作とはまた違ったアプローチの作品として完成しています。

物語はオープニングから成長したアンディや雑誌「ランウェイ」の現在の状況を非常にテンポよく描きます。この作品の見どころはまず、この小気味よいほどのテンポの良さ、出演陣の軽やかでコミカルで非常に魅力的なキャラクターの描かれ方にあるでしょう。アンディは報道記者としてゴタゴタの最中にあり、ミランダも出版危機やコンプラ問題でゴタゴタを抱えてはいますが、にもかかわらず構成の素晴らしさにより、実に楽しく多幸感に満ちた物語展開を見せる部分に舌を巻きました。

1作目は「サクセスストーリー」でした。困難や葛藤、それに対してどう対応するか、何を得て何を失うか——そういったものを含めた「成功」の過程を追体験するカタルシスがあの作品の核心でした。翻ってこの2作目では、アンディにしてもエミリーにしても、ある意味すでに成功者です。ミランダもナイジェルも最初から地位を確立している。そこに困難が生じ、現在の状況をどう維持するべきか、あるいは変化させるべきかを描くのがこの続編です。つまり、「力」を持つ者同士のパワーゲーム、それがこの2作目の本質です。

「成長物語」としての初々しさ、瑞々しさはこの作品にはありません。代わりにあるのは、バリキャリな人たちの脂の乗った仕事ぶりとハイソサエティな生活意識です。ラストはみんな幸福になってメデタシメデタシ。それはそれで充分面白く観られたのですが、前作ほどの深みは感じませんでした。もっと痛みや決断の重さが欲しかったというのが個人的な感想です。それでも、キャストのケミストリーと現代のメディア業界を風刺する視点は新鮮で、エンタメ作品としての完成度は高い。続編として上出来だと思います。


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