居酒屋へGO!

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「居酒屋に行こう」とオレは相方さんに言ったのである。

さきの緊急事態宣言解除を受けて飲食店も8時までアルコール提供OKとなり、来週からはほぼ全面解除だ。これまで緊急云々のおかげでまるで外食も外飲みもしていなかったが、OKとなったらこれは行かねばならない。もとより外食も外飲みも大好きで、毎週どこかしらの店で怪気炎を上げてたオレとしてはフラストレーションが溜まりまくっていた。そんなわけで前回は焼肉屋に行ったのだが(↓の記事)、今回は居酒屋である。

というわけで5時開店を狙い相方さんと共に関内にある馴染みの店に直行。するとなんと、この店が閉まっている。まだ空いてない、というよりもどうやら営業を取りやめてしまったようなのだ。うわあ。多分このコロナ禍のせいなのだろう。品揃えがよく物もいい店だったのに滅茶苦茶残念だ。実は去年、コロナ禍が始まったばかりの頃も、野毛にあった馴染みの店が閉店してしまい、この店などはオレの誕生日会をやったことがあるほどいいお店だったので相当にがっかりした記憶がある。

しょうがないのでこの日もう1店候補に挙がっていた別の店に行ってみる。関内から歩いて20分ほどの、ここも野毛にあるお店だ。行ってみるとここはちゃんと営業しておりとりあえず安堵し、相方さんと一緒に暖簾をくぐる。最初にオレは生ビール、相方さんはちょっと冷えてきたから(ここん所急に冷えてきてまるで真冬の気温だ)ということで熱燗を注文する。

ところがお品書きを見ると極端にメニューが減っている。この店はいわゆるオジサン御用達の明朗会計な大衆酒場で、日本酒と豊富なメニューがウリだったのだが、以前の3分の2から半分ぐらいのメニューになってしまっている。コロナ禍で客足が遠のき食材を豊富に確保しておくことが難しくなってしまったのだろう。本当はこの日、刺し盛りが食いたくて居酒屋にしたのだが、この刺し盛りにしても3点盛りまでで、5点だのそれ以上の盛りの刺身が無くなってしまっているのだ。

一抹の寂しさを覚えながら刺身3点盛りと野菜天ぷら、さらに白子てんぷらを注文(食い気が増していたせいでてんぷらが被ってしまった)。オレは途中から熱燗に切り替え、相方さんと差しつ差されつで盃をあけてゆく。つまみはどれも美味くもちろん酒も美味い。「いやーこうやって美味いもんをあれこれ食べながら酒飲めるのってまさに居酒屋の醍醐味だよねえ」と相方さんと二人しみじみ堪能する。

その後、ほやの酢の物やら厚揚げ焼きやらを頼み、ちびちび熱燗をやりながらまったり楽しむオレと相方さんだった。最後に頼んだイワシの塩焼きは「これがイワシなのか!?」というドデかいイワシが出てきて大いに感動した。この日は割と魚介中心の和食メニューで、いつもはあまり魚を食べる機会がないのでとても満足だった。

だいたい熱燗でいい気分になり、ツマミも何となく満足したのでお店を出ることにする。だがこの日はそれで終わりではない。オレは相方さんと目を合わせ、「やっぱり〆のラーメン!?」と唱和してニヤリとする。そんなわけでお店を出てからすぐ近くにある一蘭に直行、ちょっぴり並んでからラーメンを注文、これまたうめいうめいと言いながら相方さんと二人ラーメンをすする。だいたいしばらく飲みに行けなかったから当然〆の一杯なんてェのもご無沙汰だった。もともと二人ともラーメン好きだが、〆の一杯ともなるとこれはまた別の美味さがある。

そんなこんなで久々の居酒屋を楽しみ、ほろ酔い気分で家路につくオレと相方さんなのであった。あー早くコロナ禍終わんないかなあ。

マヌルネコ・フィギュア「ボル&ポリー」がとってもカワイイのだ!

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このブログでも何度も書いていて恐縮だが、オレはマヌルネコという生き物が大好きである。マヌルネコ中央アジアに分布する古い種類のヤマネコで、もこもこした体毛とふてぶてしい面構えが特徴だ。また低レベルの絶滅危険種であり、一般の人間が飼うことはできない。

日本でも幾つかの動物園でこのマヌルネコと会うことができるが、特にお気に入りなのは那須どうぶつ王国で飼育されているボルとポリーの夫婦マヌルだ。このボル&ポリーのフィギュアが那須どうぶつ王国でショップ販売されていると知り、オレはもう矢も楯もたまらなくなってしまった。

以前那須どうぶつ王国ネットショップでこのマヌルネコを含む動物ガシャポンを購入したことがあるが、ここの商品はなにしろクオリティが高い。このマヌルネコフィギュアにしても、工房金竜さんという造形師の方がハンドメイドで製作されているのらしく、写真で見てもなにしろ造形が素晴らしい。人気商品のためいつも売り切れ状態なのだが、ある日たまたま在庫があるのに遭遇し、えいや!とばかりにボル&ポリー2頭を同時購入した。

こうして届いたのがタッパーウェアに入れられたボル&ポリーである。

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開けてみると……おおおお!こんにちはボルくんポリーちゃん!ちなみにうずくまっているのがオスのボルくんで、立っているのがメスのポリーちゃんである。タッパーの中にはフィギュアと一緒に名刺大の製作者案内が入っている。

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ではアップで紹介しよう!まずはボルくん!このいぶかし気なふてぶてしい顔!これこそボルくんだ!このフィギュアの凄いところは、単に「マヌルネコフィギュア」なのではなく、「ボルくん」というキャラクターの顔つきをしっかり模写し、それを再現していることだ。つまり動物の個体差までしっかり再現しているということなのだ。こんな動物フィギュア、今まで存在しなかったし、製作した工房金竜さんがいかに匠の技を持つ方なのかが分かるだろう。大きさは高さ5センチ前後7センチぐらい。

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これが実際のボルくん。ねえ、そっくりでしょ!?しかしそっくりな中にも、体形についてはデフォルメを施しており、それによりさらなる可愛らしさを醸し出しているのである。

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はい、ボルくんフィギュアの右左側面の図。ふんわりした尻尾がまた可愛らしいよね!

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続いてポリーちゃん。こちらはボルくんと違ってつぶらで澄んだ瞳をしていることが分かるだろう。また、顔のパーツが真ん中に寄っているポリーちゃんの特徴をしっかりととらえている。比べるとボルくんとポリーちゃんでいかに顔つきが違うのか一目瞭然だろう。もう一つ特筆すべきは毛並みの再現力の高さで、一見無造作に毛並みを描いているように見えて筋肉に沿ったうねりがしっかりと見て取れ、さらに場所による毛並みの長さまでが再現されている。しかも、これは材質によるものなのか、流れる毛並みがきらきらと輝くように美しいのだ。高さ9センチで、倒れないように尻尾には磁石が埋め込まれている。

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そしてこれが実際のポリーちゃん。フィギュアのポリーちゃんがなぜ立ち姿なのかというと、飼育室のガラスにこんな具合に寄りかかるポリーちゃんの姿を再現したものだからなんだね。このポーズもしみじみと可愛らしい。

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ポリーちゃんフィギュアの右左図。

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とまあそんなわけで、我が家にボル&ポリーのフィギュアを招き入れ、大満足のオレなのであった。いつかそのうち飼育室のジオラマ的なものをこさえて中に入れてみたいなあ。

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ミシェル・ウエルベックの『プラットフォーム』を読んだ

プラットフォーム / ミシェル・ウエルベック

プラットフォーム (河出文庫)

男ミシェル、41歳独身。父が殺された。けれど不思議と悲しみが湧かない。女ヴァレリー、28歳。旅行会社のエリート社員。思春期に他人への関心を失ったまま成長した。南国タイで、二人は出逢う―何気ない運命のように。原始的な性の息づく彼の地での洗練された愛撫は二人を感動させる。なにかが変わる。パリに戻り、二人は再会する。与え合う性と補い合う生の出逢いは、枯れ果てた人類にもささやかな幸せをもたらすかに見えた。おそらく人生初めての安らぎが、二人に訪れようとしていた…。

『プラットフォーム』は2001年に刊行されたミシェル・ウエルベックの第4小説である。物語の大枠となるのはセックス・ツーリズムだ。主人公であるフランス人男女はタイ旅行で出会い愛し合うが、同時にこの国が安価なセックスの宝庫であることに目をつけ、ヨーロッパ人相手の一大セックス・アミューズメントを築こうとする。

とはいえこの物語の本質にあるのはセックス・ツーリズムを露悪的に開陳するのではなく、またそれを批判的に糾弾するものでもない。いつものウエルベック小説らしくねっとりと粘膜質な性描写がこれでもかと描写はされるが、言うまでもなくウエルベック小説はポルノの扇情を目的としたものではない。では何かといえばこの物語は第1長編『闘争領域の拡大』から連綿と続く「性交渉の不均衡」とそれを生み出した「爛熟した西欧自由主義経済の果て」を描いたものとなるのだ。

自国内において性交渉の不均衡があるなら、じゃあ第3世界に行けばいいじゃないか!金さえあれば貧しい第3世界の女たちのXXXは食い放題だ!西欧自由主義経済万歳!……といった西欧人の傲慢がまず物語の底辺にある。だがしかしウエルベックが真に描こうとするのはその慢心ではなく、経済的な頂点に立ち近代文明の覇者となりつつも、結局は満たされることを知らず常に飢餓感に喘ぎ孤独に苛まれざるを得ない西欧人の限界とその虚無に満ちた生の在り方なのだ。

とはいえ今作において、主人公男性はいつものウエルベック小説の主人公の如く生々しい飢餓とルサンチマンを抱えた存在として登場しない。逆に、愛すべき心と肉体を持った恋人と充足しきった性生活を繰り返す、いかにも「覇者としての西欧人」として登場する。彼は己の満たされ切った立場を無自覚に謳歌し満喫するが、ある恐るべき事件が彼をどん底に落とすことになる。そしてここで彼は己の西欧人としてのアイデンティティの脆弱さを突き付けられることになるのだ。

この激しいコントラストを描き出すことによって物語は突然主題を露わにする。主人公は「覇者としての西欧人」ではあるが、同時に「社会に馴染めない自己」を抱えた男でもある。そしてその「馴染めなさ」とは、高度資本主義社会が個人にもたらしたマルクス的な自己疎外の形でもある。彼はその「馴染めなさ」を一人の女の愛によって克服したかに見えたが、最終的には同じ陥穽に落とされ、恐るべき辛苦に喘ぐことになるのだ。こうしてウエルベックは、またもや西欧人として生きることの懊悩を炙り出し、その悲哀に満ちた世界を提示することになるのである。

 

『水曜どうでしょうザ・ベスト(偶数)』が遂に発売されたッ!

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今年5月に発売され、全オレを大爆笑の渦に巻き込み、あまつさえ呼吸困難と腹筋崩壊まで起こさせた『水曜どうでしょうザ・ベスト(偶数)』。あれから数ヶ月、待ちに待った『水曜どうでしょうザ・ベスト(奇数)』がやっていたのである!

改めて紹介しよう。『水曜どうでしょうザ・ベスト』は「水曜どうでしょう」の名シーンを珍シーンを視聴者投票により50シーン選び、それをランキングの「奇数」と「偶数」それぞれ25シーンづつに分け、それを『水曜どうでしょうザ・ベスト(奇数)』『水曜どうでしょうザ・ベスト(偶数)』の2本のソフトに分けたものなのである。

なぜ「奇数」と「偶数」とで分けられているのかを想像するに、これを「50位~26位まででの第1巻」と「25位~1位まで第2巻」とするよりは、「奇数」と「偶数」で分けたほうがどちらのソフトも平均的に面白いシーンが割り振られるという事にあるからだと思うのである。

とはいえ、この『(偶数)』では第1位のシーンが収められているものだから、それがいったいどんなシーンなのか気になって仕方がないではないか!どのシーンなのかはここでは書かないからみんなも買って観よう!なにしろ、いまや『どうでしょう』もサブスクで見られる時代になったけれども、この『ベスト』だけはサブスク化はないだろうからだ。しかも歴代『どうでしょう』の、選りに選った爆笑シーンが特典映像も合わせて2巻合計400分余りに、ギュギュギュっと濃縮されているわけから、これはもうお小遣い貯めて買うしかないではないか!

ここで今回の『水曜どうでしょうザ・ベスト(奇数)』を観ている最中のオレの状態を報告すると、

49位~41位「ウフフ……ウフフフ……」

39位~31位「ウハハハ……ウハハハハ……」

29位~21位「ウヒャヒャ!ウヒャヒャヒャ!」

11位~19位「ブハ!ブハハハハハ!!」

9~1位「グハハ!グハハ!グハハハハハハハ!!!!!」

……とまあこんな具合である。要するに面白くて楽しくてどうしようもなかったというわけである。特典映像は『水曜どうでしょう祭 FESTIVAL in SAPPORO 2019』の様子が収録されていて、これも大いに笑かされた!ご購入はこちらで!

ロメロのお蔵入り作品が遂に公開/映画『ジョージ・A・ロメロのアミューズメント・パーク』

ジョージ・A・ロメロのアミューズメント・パーク (監督:ジョージ・A・ロメロ 1973年アメリカ映画)

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『ゾンビ』でその名を轟かす映画監督ジョージ・A・ロメロが1973年に製作しながら今までお蔵入りになっていた作品が公開される、と聞いたらこれは黙っていられない。タイトルは『ジョージ・A・ロメロのアミューズメント・パーク』、老人が遊園地で酷い目に遭うという映画なのらしい。1973年と言えばロメロ作品『悪魔の儀式』(72)の後、『ザ・クレイジーズ』(73)と同年の製作時期となるが、なにしろ思い切り初期の頃の作品という事だ。

映画がお蔵入りになるというのには、相当につまらない、とか配給先が見つからない、などいろいろな理由があるのだろう。ではこの『アミューズメント・パーク』はどういった経緯があったのかと言うと、まずこの作品、ルーテル教会が高齢者問題を題材にした啓蒙映画をロメロに依頼したのが始まりらしい。啓蒙映画、日本で言う公共広告機構の提供する道徳CMの長尺版だと思ってもらえればいい。しかし出来上がった映画はロメロらしい陰鬱な内容で、啓蒙映画として過激すぎるという判断から公開が中止されたのだという。

それはどんな内容なのかというと、一人の老人が主人公となり、その彼が遊園地のあちこちで罵倒され差別され無視され冷笑され騙され暴力を振るわれるという、あらん限りの不幸な目に遭う様子を描いた作品なのだ。その中で老人はどんどんボロボロのヨレヨレのドロドロになり、血だらけになりながら泣きわめき逃げ惑い絶望に項垂れるのである(なんだ書いていて段々恐ろしくなってきたぞオイ)。舞台は遊園地だがこれは現代社会の縮図として描かれており、いわば寓話的作品として観ることが出来るのだ。

さてそんな作品が面白いのかどうか、ということだが、一般の、ロメロの事を知らない人が観ても「なにこれ?」にしかならないことは確かだろう。しかも上映時間は53分、エンタメ作品を楽しみたいなら微妙な長さでしかない。そういった意味では一般にはお勧めしない。しかし、ロメロ・ファン、ロメロ・マニアにとっては、資料的な意味も含めて、これはいろいろな楽しみ方のできるまさに掘り出し物的な作品と言うことができるのではないか。

まずこの作品、啓蒙映画という建前があり、高齢者問題というアピール点が最初から明確なため、それをどう視聴者に印象付けるかという観点において、ロメロがかつてCM製作関わっていた際のセンスが大いに発揮されているのではないかと感じた。しかもロメロはカット割りが多いことで有名だが、この作品の尋常ならざる息苦しさはやはりカット割りの多さに由来するのではないか。計ったわけじゃないから断言できないけど。でもきっといつかロメロ・マニアの方が計測して「53分しかないのに長編1本分のカット数!」とかやってくれるんじゃないかな。

映画ではまるで地獄巡りの如く老人が様々な嫌な目に遭ってゆくのだが、なにしろ高齢者問題を濃縮したかのように次々に起こるものだから次第に不条理劇じみた様相を呈し、その異様なドタバタの様子はシュールなブラックユーモア作品として観ることもできる。そしてそこに一瞬だけ死神のショットが挿入されることもあり、この辺りにロメロ独特の「悪意」を感じる。ホラーというのがある意味「悪意」についての物語であると考えるなら、この作品もまごうこと無きホラーと言えるだろう。荒くれバイカー集団が登場し老人をいたぶるシーンでは、誰もが頭の中で「バイカーといえばゾンビ!」と思うことだろう。

ところでこの『アミューズメント・パーク』の公開を記念して、先ごろ全ロメロ作品をコンパクトに紹介したムックが発売されている。タイトルは『ジョージ・A・ロメロの世界 映画史を変えたゾンビという発明』という本だ。実はこの本、オレも一文書かせてもらっており(自己アピール)、オレの原稿はたいしたことはないが(慎ましい謙遜)他の執筆者の記事が充実しているので(ヨイショ)、必携必読だろう(断定)。