呼び出された男―スウェーデン・ミステリ傑作集― / ヨン=ヘンリ・ホルムベリ 編、ヘレンハルメ美穂・他 訳
北欧ミステリの中心地たるスウェーデンから、『ミレニアム』を生み出したスティーグ・ラーソン、〈エーランド島四部作〉のヨハン・テオリン、〈マルティン・ベック〉シリーズのマイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー、〈ヴァランダー警部〉シリーズのヘニング・マンケルらの傑作短篇を集成した画期的アンソロジー。編者ホルムベリがスウェーデン・ミステリ史を詳細に解説した序文を付す。
『ミレニアム』の作者スティーグ・ラーソンを生み出したスウェーデンのミステリ作家を一堂に会したアンソロジー。収録作は全部で17編、冒頭では詳細なスウェーデン・ミステリ史を紹介する序文が添えられ、個々の作品の前後にも作者紹介を始めとした細かな解説が入り、編者の並々ならぬ意欲を感じさせるが、結構な長文となるので読み飛ばしても構わないだろう。
全体的に暗い内容の作品が並ぶが、北欧ミステリのアンソロジーなのでこの辺りは想定済。当然と言えば当然だがジャンル的にはミステリが中心となり、その中に奇妙な味の作品やホラーテイストの作品が挟まっている。また、スウェーデンの社会問題を扱った作品もちらほら見受けられるのも、これもまあ当然と言えば当然だろう。内容としては考え落ちの作品が幾つか続いて少々食傷した。逆に短篇の中にきっちりミステリ展開を盛り込んだ作品はさすがに読ませるものがあった。
では作品をざっくり紹介。「再会」は女だけの同窓会に過去の暗い影が差す幻想譚。このアンソロジーで一番好きだった。「自分の髪が好きな男」はシリアルキラーのサイコパスな心理を描き本アンソロジーで最も異様な作品だろう。 スウェーデンのキャンプ地を舞台にした「現実にはない」は全編に漂うピリピリとした野蛮さが次第に恐怖へと繋がってゆくちょっとしたホラー。「闇の棲む家」は職場でハブられた中年女のイヤったらしい復讐譚。「ポールの最後の夏」はええと、考え落ちかな。「指輪」は、まあ、考え落ちだな。
「郵便配達人の疾走」はスウェーデン開拓時代を舞台にした作品で、この設定自体が興味深い。スティーグ・ラーソンがデビュー以前に書いた習作「呼び出された男」はSF作品となるが、まあ習作なりの出来。「ありそうにない邂逅」 はスウェーデン・ミステリ界の巨匠二人の合作だが、二人の作品を知っていないと楽しめない仕掛けになっているようだ。「セニョール・バネガスのアリバイ」は殺人にまつわるドタバタコメディ。これは楽しかった。「瞳の奥にひそむもの」は移民問題、とりわけイスラム民の男権主義の暗部をえぐり出す。 迷子の娘を探すため奔走する母を描いた「小さき者をお守りください」はミステリではないにせよ何とも言えない嫌な気分にさせられた。
大富豪に上り詰めた男を描く「大富豪」はそのなんともいえないセコさに呆れかえるブラックユーモア作。「カレンダー・ブラウン」は“20世紀の伝説と化したある実在の女性”を描く作品だが、正体が分かった時はぞっとさせられた。暗く美しく頽廃的な雰囲気の素晴らしい掌編だ。「乙女の復讐」は嵐の海を漂う小舟の謎を描くミステリアスな作品でこれは結末が気になった。「弥勒菩薩」はスパイアクション的なストーリーが新鮮だった。「遅すぎた告白」ではLGBTQの問題を扱うが、そこ止まりになっている。
気にいった作品は「再会」「自分の髪が好きな男」「現実にはない」「セニョール・バネガスのアリバイ」「カレンダー・ブラウン」「乙女の復讐」といったところか。ある意味まあまあの打率の作品集だった。
【収録作】「再会」トーヴェ・アルステルダール 颯田あきら 訳/ 「自分の髪が好きな男」シッラ&ロルフ・ボリリンド 渡邉勇夫 訳/ 「現実にはない」オーケ・エドヴァルドソン ヘレンハルメ美穂 訳/ 「闇の棲む家」インゲル・フリマンソン 中野眞由美 訳/ 「ポールの最後の夏」エヴァ・ガブリエルソン 中村有以 訳/ 「指輪」アンナ・ヤンソン 稲垣みどり 訳/ 「郵便配達人の疾走」オーサ・ラーソン 庭田よう子 訳/ 「呼び出された男」スティーグ・ラーソン ヘレンハルメ美穂 訳/ 「ありそうにない邂逅」ヘニング・マンケル&ホーカン・ネッセル ヘレンハルメ美穂 訳/ 「セニョール・バネガスのアリバイ」マグヌス・モンテリウス 山田文 訳/ 「瞳の奥にひそむもの」ダグ・エールルンド 吉野弘人 訳/ 「小さき者をお守りください」マーリン・パーション・ジオリート 繁松緑 訳/ 「大富豪」マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー 関根光宏 訳/ 「カレンダー・ブラウン」サラ・ストリッツベリ ヘレンハルメ美穂 訳/ 「乙女の復讐」ヨハン・テオリン ヘレンハルメ美穂 訳/ 「弥勒菩薩」ヴェロニカ・フォン・シェンク 森由美 訳/ 「遅すぎた告白」カタリーナ・ヴェンスタム 内藤典子 訳