闇の牢獄 /ダヴィド・ラーゲルクランツ(著)、吉井智津(訳)
ストックホルムで起きた、サッカー審判員撲殺事件。地域警官のミカエラは捜査に参加、尋問のスペシャリストで心理学者のハンス・レッケと出会う。彼は鎮痛剤の依存症だった。独特の心理分析で捜査陣をかく乱するレッケだったが、ある日ミカエラが地下鉄に飛びこもうとした彼を救ったことをきっかけに、二人は被害者の裏の顔と、事件の奥に潜む外交機密に突き当たる。元ピアニストの経歴を持つレッケは、アフガニスタン移民である被害者の中に音楽の痕跡を見つけるが、そこには凄惨な過去が待ち構えていた。上流階級のレッケと移民のミカエラ。奇妙なコンビは時と国境を越え、真実に迫る――。
北欧ミステリといえば映画化もされた『ミレニアム』をいの一番に思い浮かべるが、その『ミレニアム』の原作者スティーグ・ラーソン絶筆の後にシリーズを引き継いだのが本作を書いたダヴィド・ラーゲルクランツとなる。正直に告白すると北欧ミステリはたいして読んでないし、『ミレニアム』だって映画しか観ていないオレではあるが、「北欧ミステリ!『ミレニアム』原作者の一人!」ということに何故だか興奮して、ついついこの『闇の牢獄』に飛びついてしまったのだ。
物語はストックホルムで起きたサッカー審判員撲殺事件から始まる。一見単純な暴力沙汰から起こった殺人と思われていたが捜査は難航を極め、捜査チームは苦肉の策として二人のワケアリ人物を捜査チームに加えることとなった。一人は移民女性で地域警官のミカエラ、もう一人は尋問スペシャリストだが仕事にむらのある男ハンス・レッケ。しかし二人の類稀なる観察眼により、事件は思わぬ様相を露わにしてゆくのだ。それは外務省、CIA、さらにはタリバンの陰謀と思惑が複雑に絡み合う、ある男の凄惨な過去の物語だった。
まずこの物語、主人公となる二人のユニークなキャラクターで魅せてゆくバディ・ストーリーとなる。まずは警察官ミカエラ、彼女はチリからの移民であり、低階級の生活と問題のある家族を抱え、常にルサンチマンに突き動かされて苛立っており、周囲の扱いも御座なりなのだが、しかし生来の素晴らしい観察眼を持っていたのだ。もう一人は心理分析官レッケ、彼は上流階級に生まれジュリアード大学院卒のピアノ奏者で、剃刀の様に切れる頭脳を持ちながらも、重度の双極性障害に悩まされドラッグの助けがないとグダグダの役立たずになってしまう男なのだ。
この、真逆の生活環境と真逆の性格を持ち、ただし明晰な頭脳と難儀な生き方をしている部分は一致した二人がバディとなり、お互いのウィークポイントを補い合いお互いの知恵を結集しながら事件の真相に迫ってゆくという部分にこの作品の面白さがある。作者も語っているがこの二人はかのシャーロック・ホームズを参考にしているらしく、レッケの「明晰な頭脳を持ちドラッグ中毒で楽器奏者の変わり者」という部分は実にホームズだし、ミカエラにしても「時々道を外れる友人を支え的確な助言を与え、いざとなれば相当にタフな部分も発揮する」部分においてワトソンぽいといえるだろう。
そして読み進めるほどに歴史の暗部と人間心理の迷宮へと迷い込んでゆく物語が素晴らしい。単純な殺人事件だった筈のものが捜査の過程で次第に複雑で危険なものへと近づいてゆく。それは十分に重く、悲しく、憐れで、やりきれないものとしてその姿を露わにしてゆくのだ。そこにはスウェーデン/ストックホルムを舞台としながらも、例えばミカエラがチリ移民であったり、同様に被害者の男カビールがアフガニスタン難民であったりするように、世界の縮図としてのスウェーデンの姿が垣間見えてくるのだ。
また、北欧ミステリというと兎角陰惨なイメージがあるのだが、この作品に関しては幾つかの恐ろしい事件が取り上げられはするにせよ、物語全体は陰惨に感じない部分で好感が持てた。なにしろ主人公二人の魅力で読ませる作品だが、特にレッケに関しては北欧俳優マッツ・ミケルセンの姿が思い浮かんでしまい、読んでいる間中あたかもマッツが演じているかのように物語を楽しんでしまった。これはもうマッツ主演で映画化するしかないね!それとこの作品は「レッケ&ミカエラ3部作」として予定されているらしく、今後のシリーズ刊行が大いに楽しみである。