マイルス・デイヴィスの真実 / 小川隆夫
「それなら誰にも書けない本を書けよ。なにしろ俺のことは、ずいぶん間違って伝えられているからな。」――マイルス・デイヴィス マスコミ嫌いで有名だったマイルスに最も近づいた日本人ジャズ・ジャーナリストによる真実の声の数々。マイルス本人への20回近くにおよぶインタビューと関係者100人以上の証言によって綴られた「決定版マイルス・デイヴィス物語」が待望の文庫化!
音楽を聴くのは好きだが音楽関連の本はまるで読まないほうだ。文章を読んでいる暇があったら音楽を聴いていたほうがいいと思ってしまうからである。しかし最近ハマりまくっているマイルス・デイヴィスについては、ジャズそのものの歴史をよく知らないという言うこともあって、これはちゃんと文献に当たったほうがいいなと思い、そこで選んだのがこの『マイルス・ディヴィスの真実』だ。
著者である小川隆夫氏は著名な音楽ジャーナリストの方なのらしく、さらに生前のマイルスと懇意にしていた相当のマイルス・マニアだという。だからこそというか、単にマイルスの半生を著述するだけでなく、マイルスと同時代を生きた肌感覚の評価と感想、マイルスとの交流の中で垣間見た彼の人となりが書き記され、非常に読み応えのある評伝となっている(小川氏は整形外科医でもあり、体を壊したマイルスにリハビリの指導もしたというから驚きだ)。
ここで知ることのできるマイルスは、単に不世出の天才ミュージシャンというだけではなく、いかに新しい音を生み出していくかに腐心する音楽求道者であり、同時に才能のある若手ミュージシャンを見出し育成することに力を注いだ音楽的指導者でもあった。様々なミュージシャンのインタビューから、「セッション中にマイルスといるだけで(その緊張感から)新しい音が生まれてくる」というケミストリーが言及され、音楽錬金術師としてのマイルスの側面もうかがわせるのだ。
そしてオレ個人が一番興味を引かれたのは体調を崩した後のカムバック後のマイルスの姿だ。これは以前ジャズ・ドキュメンタリー映画『マイルス・デイヴィス クールの誕生』を観た時も思ったが、あれだけの類稀な才能を持ちながらも、いや持っているからこそ、人間の肉体はそれに耐えきれないのかもしれないなということだった。これなどは同じ黒人ミュージシャンで急逝したマイケル・ジャクソンやプリンスにも感じたことだ。そしてその衰えた肉体の中から、残り少ない力を振り絞って数々のアルバムとライブを残したマイルスの姿が胸に迫ってくるのだ。読めば読むほどさらにマイルスの音楽が聴きたくなる、そんな本でもあった。