地下道の少女 / アンデシュ・ルースルンド (著), ベリエ・ヘルストレム (著), ヘレンハルメ美穂 (翻訳)
強い寒波に震える真冬のストックホルム。バスに乗せられた外国人の子ども43人が、警察本部の近くで置き去りにされる事件が発生した。さらに病院の地下通路では、顔の肉を何カ所も抉られた女性の死体が発見された。グレーンス警部たちはふたつの事件を追い始める。難航する捜査の果てに、やがて浮かび上がる、想像を絶する真実とは? 地下道での生活を強いられる人々の悲劇を鮮烈に描く衝撃作。
謎のバスに乗せられ、薬物で朦朧となった43人の子供たちが真冬のストックホルムに置き去りにされる。その後の捜査により、近隣諸国でも同様の置き去り事件が発生し、その数は何と194人にのぼった。子供たちはいったい誰でどこからやってきたのか?子供たちを投棄したのはいったい何者なのか?そもそもなぜこのようなことが起きなければならかったのか?
一方、ストックホルムの病院地下で体中めった刺しにされ顔の肉を抉られた女性の死体が発見される。捜査の過程で浮かび上がってきたのは、街の地下を縦横に走る地下道に暮らす浮浪者たちの姿だった。死体と浮浪者たちとはどう関係しているのか?そして今、街の中心部にある教会に一人の薄汚れた少女が訪れ、礼拝堂の席に放心したまま座り続けていた。彼女はいったい誰なのか、いったい何があったのか?
スウェーデンの作家コンビ、アンデシュ・ルースルンドと ベリエ・ヘルストレムによる社会派ミステリ『地下道の少女』は、こうしたあまりに謎めいた、そして不気味な冒頭部から展開してゆく作品だ。そしてそこには、福祉社会として名高いスウェーデンの誰も目を向けようとしない深い闇、かつて独裁国家として知られたある国の暗部が存在していたのだ。その二つに共通するのは「地下世界」である。
物語は多くの部分で現実の出来事を基に形作られている。作者はストックホルムの地下世界に暮らす人々に徹底したリサーチを行い、また地下世界が網の目のように繋がっているものであることも真実なのだという。子供たちの置き去り事件にしても現実にあったことなのだ。作者はこれらの社会問題と国際的事件を「殺人事件」というフィクションを中心にして再構成し背筋の凍るような物語として完成させたのだ。
重々しく救いのない物語ではあるが、同時にどこか荘厳な雰囲気を感じさせる作品でもある。地下世界という名の現実世界と遊離したもう一つの世界、そこである種のアンタッチャブルとして、あるいは見えない存在として生きる人々の形作る社会。あるいは壮大な神隠しのように現れてはまた消えてゆく子供たち。その非現実感と異様さがそう感じさせるのだろう。しかしこれは紛う事なき現実であり、一朝一夕には決して解決しようのない、痛ましい社会構造の産物なのだ。
難を言うなら主人公となるグレーンス警部の人物造形がちょっといただけない。彼は私生活に途方もない問題を抱えているために精神状態が常に混乱しており、言動も行動も粗雑で攻撃的、それが捜査そのものにも影響を与え、時として暴走状態へと至ってしまうのだ。この全く共感できない人物が主人公となった物語に面白さを見出すことが結構難しい。また、殺人事件と児童置き去り事件は「地下世界」というキーワードで繋がっているものの実は直接的な関連性はなく、読み終わってちょっと騙されたような気分になるのは否めない。そういった部分で若干の不満がないわけでもなかったが、社会派作品として非常に慧眼を得た内容であり、刮目に値する秀作であることは間違いないだろう。