最後の巡礼者(上・下)/ ガード・スヴェン (著), 田口俊樹 (翻訳)
ノルウェーのミステリ作家・ガード・スヴェンの『最後の巡礼者』は、現在のノルウェーで起こった殺人事件と、ナチス占領下のノルウェーで進行するレジスタンス作戦の二つの時間軸を交互に描写しながら展開してゆく物語である。現在の殺人事件と過去のレジスタンス作戦、この二つにいったいどんな関わり合いがあるのか?
《STORY》
2003年、ノルウェーのオスロ外れにある森で3体の白骨死体が発見される。それは二人の成人と一人の「子供」のものだった。その2週間後。ノルウェーの元政治家であり第2次大戦でレジスタンスとして活躍した老人が惨殺された。その胸には鍵十字の紋章が施されたナイフが刺さっていた。オスロ警察刑事トミー・バーグマンは2つの事件に関連性があるのではないかと疑い捜査を開始し、白骨死体の一人が「アグネス・ガーナー」という名であることを突き止める。
1939年、ナチスによる電撃侵攻前夜のノルウェー。イギリス諜報部員「アグネス・ガーナー」はナチス打倒のため身分を変え故国ノルウェーに潜入する。1945年、ナチス占領下のノルウェーで親ナチ弁護士の愛人となり情報収集をしていたアグネスは、ノルウェー・ナチの大物グスタフ・ランデに見初められる。そのランデには前妻との間にセシリアという名の「子供」がいた。一方、アグネスはレジスタンスの一人、「巡礼者」というコードネームの男を強烈に愛し始めていた。
こうしてミステリ小説『最後の巡礼者』は、「現代」のパートにおいて殺人事件と白骨死体の真相を追う犯罪小説として展開し、「過去」のパートではノルウェー・ナチの元に潜入した諜報員の活動を描くスパイ小説として展開するという、ハイブリッドな構成を成す小説として完成している。謎が謎を呼ぶ犯罪小説、死と隣り合わせの緊張に満ちたスパイ小説、1冊の中で2つのジャンル小説を味わえるというのだから実に贅沢な内容だ。しかもそれが見事に融合し恐るべきストーリーテリングを見せつけ類稀な傑作として完成しているのだから脱帽するしかない。しかもこれは作者のデビュー作だというから驚かされる。
「現代」パートでは事件解決の為に過去へ過去へと遡り真実を掘り起こしてゆき、「過去」パートでは混沌とした状況の中から不透明な未来へと時間が進んでゆく。事件の「核」となる女性アグネス・ガーナーは、現在において白骨死体となって発見され、過去においてはスパイとしてナチスに潜入している。現在において惨たらしい死の確定している人物の、その最期に何が待っているのか?そしてアグネスと同時に白骨死体として発見されたのは誰と誰なのか?現代に発生した殺人事件は、それとどう関わり合いがあるのか?
遡る時間と進んでゆく時間、この二つの時間軸が事件の核となる「グラウンド・ゼロ」で遂に結び合い、全ての謎が明らかになる結末は凄まじくスリリングだった。これらの展開にはミスリードを促す膨大な情報が錯綜し、最後の最後までその真相が判別付かないという構成に、固唾を飲んで物語を読み進めることになった。第2次大戦時の証言者を探してノルウェーのみならずスウェーデン、そしてドイツと広範な舞台が用意されるのも破格であり、また、第2次大戦時の北欧の状況を初めて知ることになった物語でもあった。
同時にこの物語は、二つの「叶わぬ恋」を描いたものでもある。現在においてやもめ刑事トミー・バーグマンはある離婚女性に熱烈な恋心を抱くが、バーグマンは過去に起こした妻への暴力から、この恋は決して上手くいかないのだと思い悩む。過去においてスパイ・アグネスは、レジスタンスの構成人物「巡礼者」との道ならぬ愛に苦悩する。こうした二つの「叶わぬ恋」の物語が、なお一層切なさと遣り切れなさを醸し出すことになるのだ。