前作より現実味が増した、静かでしぶとい反骨/サラ・ピンスカー『いつかどこかにあった場所』

いつかどこかにあった場所 / サラ・ピンスカー (著), 市田泉 (訳)

いつかどこかにあった場所

彼女が噓のつもりで適当に言った不気味なローカル番組は実在し、しかも彼女自身も出演していた(「二つの真実と一つの嘘」)。飛び込んだ人間がたまに消える池で行方不明になった兄の思い出(「センチュリーはそのままにしておいた」)。バラッドの謎を解き明かそうとするネットユーザーたちは、その歌に秘められた恐ろしい意味に気づきはじめる(「オークの心臓集まるところ」)。6人のガールスカウトたちのわたしたちがキャンプで体験したこと(「科学的事実!」)。 迷っても、しっかりと着実に、奇想と現実の狭間を歩む。もっとも新しく、もっとも懐かしい、記憶を揺さぶる奇想短篇集。

以前、サラ・ピンスカーの第一短編集『いずれすべては海の中に』を読んで、強く心を掴まれました。あの幻想的で優しい奇想の世界観が忘れられず、待望の第二短編集『いつかどこかにあった場所』を手に取りました。

読み終えての率直な感想は、「ピンスカーがまた一歩、進化したな」ということ。前作が「海に落ちる運命」や記憶の変容といった、夢のような奇想に満ちていたのに対し、今作は全体的に普通小説寄りの作品が増え、現実の息苦しさを真正面から見つめるトーンが強くなっています。それでも、彼女独特の優しさとしぶとさが随所に光っていて、読み終わった後に胸の奥が熱くなる読後感は変わりませんでした。

ピンスカーはシンガーソングライターで、ロックバンド「Stalking Horses」のボーカル&ギターとしても活動する本物のミュージシャンです。その影響は作品に色濃く表れています。彼女の反骨精神は「がちがちの政治小説」ではなく、日常のささやかな抵抗として描かれるのが特徴。体制に染まりたくないロック魂が、静かに、でも確実に燃えている感じです。特に第一次トランプ政権期(2017-2021年)とコロナ禍の影響を受けた作品が多く、「自由を少しずつ取り戻す」姿勢が顕著でした。

中でも強く印象に残ったのは、ディストピア寄りの三作品です。 『われらの旗はまだそこに』(2019年発表)は、強制的な愛国心を極端に風刺した一編。当時のアメリカ社会の息苦しさを鋭く切り取っています。『今日はすべてが休業してる』は、長期ロックダウン下で閉ざされた街を舞台に、非正規雇用の司書と少女の小さな交流を描きます。閉塞感の中で生まれるささやかなつながりが胸に沁みます。 『ケアリング・シーズンズからの脱走』は、理想の高齢者施設が監視社会に変わった世界で、老女が車椅子ユーザーと共闘する話。脱走という行為そのものが、静かな反逆として輝きます。

『二つの真実と一つの嘘』『宮廷魔術師』『センチュリーはそのままにしておいた』などは、奇想の味わいが強く残っていて懐かしく感じました。特に『宮廷魔術師』は、権力に仕える代償として大切なものを失っていく寓話で、アーティストとしての「創造の代償」を考えさせられます。

『ぼくにはよく、騒音の只中に音楽が聞こえる』は、20世紀初頭のニューヨークを舞台にした美しい賛歌。実在の芸術家たちが交錯するドキュメンタリー風の語り口に、ただただ「美しい」と心奪われました。騒音の只中に音楽が聞こえる——この感覚は、ミュージシャンであるピンスカーならではのものです。

『わたしのためにこれを覚えていて』は、認知症風の老画家を描いた静かな作品。作者が当時40歳前後という若さでここまで深い想像力を発揮したことに驚きました。『もっといい言い方』は少し控えめな印象でしたが、無声映画の弁士が言葉で物語を変えるメタファーが光ります。 『オークの心臓集まるところ』は最初ピンと来ませんでしたが、古いバラッドをネット掲示板形式で解釈する実験的な形式に、物語の力とオンラインコミュニティの危うさを重ねた作品です。

『科学的事実!』は書き下ろしで、ガールスカウトのキャンプを題材にした楽しい一編。作者本人の子供時代の体験が基になっているそうで、短編集の締めとして希望とざわめきを残してくれます。

前作が大好きだった私にとって、今作の「普通小説寄りになった変化」は最初少し戸惑いましたが、読み進めるうちに「これもピンスカーらしさだ」と納得しました。幻想のベールが少し薄れた分、現実の締め付けに対する人間のしぶとさが、より生々しく胸に刺さるようになった気がします。ロックバンドのライブのように、狭い空間で仲間と小さな自由を分かち合う——そんな彼女の精神が、どの作品にも流れているのです。

奇想の華やかさは控えめになったものの、ピンスカーの内実である「反骨」と「優しさ」がより深く感じられる一冊になりました。 前作を読んだ人も、これから読む人も、ぜひ手に取ってみてほしいです。きっと、あなたの中にも「私はここでこう生きる」という小さな歌が、静かに響き始めるはずです。

globalhead.hatenadiary.com