冷戦下の東ベルリンを舞台にした傑作ミステリ『影の子』

■影の子 / デイヴィッド・ヤング

影の子 (ハヤカワ・ミステリ1931)

1975年2月、東ベルリン。東西を隔てる“壁”に接した墓地で少女の死体が発見された。現場に呼び出された刑事警察の女性班長ミュラー中尉は衝撃を受ける。少女の顔面は破壊され、歯もすべて失われていたのだ。これでは身元の調べようもない。現場にいち早く国家保安省のイェーガー中佐が来ており、やがて異例のことながら、事件の捜査がミュラーたちに命じられた。その背景には何かが?暗中模索の捜査は知らぬうちに国家の闇に迫っていく。社会主義国家での難事件を描き、CWA賞に輝いた歴史ミステリの傑作。

1975年、今だベルリンの壁東西ドイツを二分する冷戦下の東ベルリンを舞台にしたミステリである。物語はベルリンの壁周辺で発見された少女の惨たらしい死体から始まる。主人公は東ドイツ人民警察の女性班長ミュラー、ただの殺人ではないと推理し捜査を開始した彼女の前に想像を絶する壁が立ちはだかる、というのがこの作品だ。

なによりソ連傀儡の社会主義国家における警察小説、という設定にとてつもなく惹かれるではないか。そこには自由主義国家とは違う冷徹な官僚主義と恐怖政治、相互監視の中の密告と脅迫、秘密逮捕や弾圧や強制労働といった人権蹂躙の有様が語られる。その陰鬱な社会体制の中で息を殺しながら生きざるを得ない登場人物たちの姿には読んでいて眩暈がしそうなほどだ。

シュタージだの人民警察だのという固有名詞にも得も言われぬものを感じるし、そのシュタージ/人民警察がお互いに牽制し合い事実を秘匿し合い、捜査にも度重なる妨害と中止命令が入り、とことん一筋縄にはいかないのだ。事件の背後に存在する得体の知れない影がなんらかの巨悪であろうとは最初から予想は付くが、そこからの泥沼の中を這い進むかのような異様な展開や、誰がシュタージのスパイなのか分からない疑心暗鬼など、常に薄氷を踏むが如き緊張が横溢しているのだ。

鉄のカーテンの向こう”を舞台にしたミステリには『ゴーリキー・パーク』や『チャイルド44』といった暗く寒々とした傑作があるが、この『影の子』はそれと比類する傑作だろうと思う。お勧めです!

影の子 (ハヤカワ・ミステリ)

影の子 (ハヤカワ・ミステリ)

 
影の子 (ハヤカワ・ミステリ1931)

影の子 (ハヤカワ・ミステリ1931)