屹立する異様なモニュメント『スポメニック 旧ユーゴスラヴィアの巨大建造物』

■スポメニック 旧ユーゴスラヴィアの巨大建造物 / ドナルド・ニービル

スポメニック 旧ユーゴスラヴィアの巨大建造物

セルビアクロアチア語スロヴェニア語で「記念碑」という意味を持つ“スポメニック”。第2次世界大戦中の枢軸国軍による占領の恐怖と、占領軍から勝ち取った勝利を示すため、1960年代から1990年代にかけて制作された先駆的な抽象表現の記念碑のことである。本書では、旧ユーゴスラヴィア圏に建設されたスポメニック81点を掲載。どこか近未来的な雰囲気を醸し出すそれぞれの建築物を、歴史、建築デザインが行われた背景、そして立地に関する情報とともに知ることができる。

奇景や遺物の写真集を探してはたまに購入したりしているのだが、今回見つけたのはこの『スポメニック 旧ユーゴスラヴィアの巨大建造物』。まず、表紙の写真からして既にSF映画のセットみたいだ。さらに、本を開いて現れる写真のどれもがまた、どうにも【SF】した建造物ばかりなのだ。抽象的で、非現実的で、どこか物々しい。これはいったいなんなのだろう?

「スポメニック」とはなにか?それは第2次大戦後に旧ユーゴスラビアに建てられた大量の記念碑だ。「スポメニック」とはセルビアクロアチア語で「記念碑」の意味となるのだ。ではいったいなんの記念碑なのかというと、第二次大戦に於いて旧ユーゴがドイツ・イタリアなど枢軸国に対し成し得た数々の「戦勝」の記憶を、「記念碑」として建立したものとなるのだ。

この辺りの経緯は旧ユーゴのおそろしく複雑で面倒臭い歴史が絡んでいる。まず第1次大戦終了後に解体させられたオーストラリア・ハンガリー王国ユーゴスラビア王国を建国、第2次大戦に入るとそこにドイツ同盟軍が侵攻をかけユーゴスラビア王国が解体、しかしパルチザンの攻勢によりドイツ同盟国を追い出しユーゴスラビア連邦民共和国(旧ユーゴ)が成立、戦争の英雄チトー大統領の下、社会主義国家として歩んでゆくことになる。

この多くの犠牲と苦渋の中でようやく手にした勝利と新国家の形成、その勝利を生み出した様々な戦い、それらを記念して建てられたのがこの「スポメニック」というわけなのだ。これらスポメニックはいかにも社会主義国家らしいモダニズム建築様式で建造され、国家の威信と誇りに満ちたものとして存在した。さらにそれは邁進する未来とそれを可能にする人民の力の具現化でもあった。

ただやはり国家主義の名のもとに建造されたモニュメントだけに、どうにも物々しく威圧的であり、威容を誇るが優美さは欠片もない。要するに、「硬直的」なのだ。この辺りの、美的な部分に於けるグロテスクさ、いびつさ、大時代的な古臭さが、現在における「スポメニック」を実にアイロニカルなオブジェとして見せているのだ。

旧ユーゴはその後崩壊し、様々な国家へと分裂してしまった。それら様々な国家に点在することになったスポメニックは、各国の抱える主義主張により、破壊されたり、遺棄されたり、あるいは現在でも保存されていたりする。どちらにしろ、スポメニックは消え去った社会主義国家である旧ユーゴの遺物でしかない。栄光に満ちた過去と栄光に包まれ続けるはずの未来を夢見ながら建てられたスポメニックは今、そんな夢の残滓となって、昔と変わらぬ空を仰いでいるのだ。

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スポメニック 旧ユーゴスラヴィアの巨大建造物

スポメニック 旧ユーゴスラヴィアの巨大建造物