スティーヴン・キングがかつて別名義で刊行したディストピア小説『ランニング・マン』

ランニング・マン / スティーヴン・キングリチャード・バックマン名義)(著), 酒井 昭伸 (翻訳)

ランニング・マン (扶桑社BOOKSミステリー)

西暦2025年。アメリカは巨大な管理国家と化し、都市には失業者があふれていた。 貧困にあえぐベン・リチャーズは最高の人気を誇るゲーム番組『ランニング・マン』に出場した。 『ランニング・マン』――それは、全視聴者を敵としながら、逃げ切れば10億ドルの賞金、捕まればテレビカメラの前で容赦なく殺されるという文字通りのデスレースなのだ。 若き日のキングがリチャード・バックマン名義で発表した初期の代表作を、再映画化に合わせて改題・改訳のうえ、ここに復刊!(解説・風間賢二)

小説『ランニング・マン』はディストピア化した未来社会を舞台に、逃げ切れば莫大な賞金、捕まれば死、という全米放送のデスゲーム「ランニング・マン」に出場した男の命を賭けた逃走を描いたSF作品だ。かつてアーノルド・シュワルツェネッガー主演により『バトルランナー』というタイトルで映画化され、また2026年にはグレン・パウエル主演、エドガー・ライト監督により『ランニング・マン』のタイトルでリメイク公開される作品でもある。

作者はホラー小説の帝王スティーヴン・キング……なのだが実はちょっとした紆余曲折がある。かつてキングは読者には秘密でリチャード・バックマンというペンネームにより幾つかの作品を発表しており、この『ランニング・マン』はその中の1冊なのだ。キングがなぜ別名義で作品をリリースしていたかは巻末に風間賢二の解説がありそれに詳しいが、初期作品に関してはベストセラー作家として大成する前のボツ作品なのらしい。ただし別名義発覚のあとにはこのペンネームで堂々たる作品も発表しており、『痩せゆく男』や『レギュレイターズ』などは忘れられない傑作だ。

『ランニング・マン』で描かれるのは貧富の差があまりにも拡大した未来の格差社会だ。政府は貧困者の社会的不満を抑えるためにデスゲーム「ランニング・マン」をはじめとするサディスティックなゲームをテレビ放送し、その残酷で刹那的な興奮で巧妙にガス抜きさせていた。主人公は妻と病気の子を持ちながら社会に見捨てられ貧困にあえぐ男ベン・リチャーズ。彼は一攫千金を狙い命を賭けて「ランニング・マン」出場を果たすが、それは絶え間ない死の恐怖に追い立てられる地獄の如き逃避行だった。

『ランニング・マン』は1982年に刊行されたが、実際に創作されたのは1972年、1973年の『キャリー』で華々しいホラー作家デビューを果たす以前の赤貧時代の執筆であったという。そしてこの『ランニング・マン』自体は当時どこの出版社からも断らていたボツ作品だった。ボツ作品だっただけあって今読んでも展開がかなり荒っぽく、登場人物の書き込みも粗雑で、未完成な印象は否めない。何も知らずキングの名前だけで読むと肩透かしを食うだろう。

しかしこの作品には、作家デビューも果たせず家族を持ちながら赤貧にあえいでいた時代のキングの、暗くどろどろと渦巻く怨念と絶望感、そこから生まれる黒々とした破滅願望が横溢しており、そこを読み取ることができればなかなかの読書体験だと言える。同じリチャード・バックマン名義の『最後の抵抗』も恐ろしいまでの破滅願望に満ちた作品だったが、この『ランニング・マン』においても、終局の破滅に向かってひたはしる主人公の狂気が破格なのだ。このペシミズムの質は、さらに研ぎ澄まされる形でデビュー後の華々しい名作ホラー群に受け継がれており、ある意味『ランニング・マン』は、キングの「核」となる部分の原石であった作品だとも言えるのだ。