スティーヴン・キングの最新短編集『マイル81』『夏の雷鳴』を読んだ

■マイル81 (わるい夢たちのバザールI) 、夏の雷鳴 (わるい夢たちのバザールII) / スティーヴン・キング

マイル81 わるい夢たちのバザールI (文春文庫) 夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールII (文春文庫)

廃墟となったパーキングエリアに駐まる1台の車。不審に思って近づいた者たちは――キング流の奇想炸裂の表題作。この世に存在しない作品が読める謎の電子書籍リーダーをめぐる「UR」。忌まわしい恐怖の物語「悪ガキ」。アメリカ文学の巨匠に捧げる「プレミアム・ハーモニー」他、ホラー、SFから文芸色の強い作品まで10編を収録。(「マイル81 わるい夢たちのバザールⅠ」作品紹介)

滅びゆく世界を静かに見つめる二人の男と一匹の犬――悲しみに満ちた風景を美しく描く表題作。湖の向こうの一家との花火合戦が行きつくとんでもない事態を描く「酔いどれ花火」。架空の死亡記事を書くと書かれた人が死ぬ怪現象に悩まされる記者の物語「死亡記事」他、黒い笑い、透明な悲しみ、不安にみちたイヤミス、奇想が炸裂するホラ話、そしてもちろん化け物も! バラエティあふれる10編を収録。(「夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールⅡ」作品紹介)

S・キングの最新短編集2冊が刊行されると聞き「どっこいしょ」と腰を上げて読み始めたのだが、これがまた予想を遥かに上回る良作短編集だったのだ。最新短編集2冊とは『マイル81 悪い夢たちのバザール1』と『夏の雷鳴 悪い夢たちのバザール2』。キングの第六短編集『The Bazaar of Bad Dreams』(2015)を日本で二分冊として刊行したもののことである。 

思えば最近のキング長編作品にはどうも良い印象が無く、「ビル・ホッジス3部作」にしろ『心霊電流』にしろ、どれも半ば退屈しながら読んでいた。『ドクター・スリープ』あたりも、まあ、なんだかなあ、ってな感想だった。キングももう結構なお歳だし、その辺ユルクなってきているのかなあ、と思っていた。ファンだからこれからも読むだろうが、あまり期待はしないでおこうな、と思っていた。

これが短編集となるとさらに印象が悪く、初期の頃の短編集(『深夜勤務』や『骸骨乗組員』あたり)はどうにも粗雑に感じていたし、中期の短編集は読んだのか読んでないのかすら忘れている。というか初期の短編集の印象が悪かったので多分あまり読んでいないはずだ(少なくとも『第四解剖室』と『幸福の25セント硬貨』は積読状態)。ちなみに中編集は割とどれも悪くない。

とまあそんなネガティブ感情を抱えつつ、『マイル81 悪い夢たちのバザール1』から読み始める。巻頭のタイトル作『マイル81』は「いかにもキングらしい」、けたたましくゴアゴアなホラー短編で、「相変わらずだなオイ」と思わせつつ、なんだか悪くない。どこかわざとセルフパロディを見せているような気がしたのだ。問題はその後の作品群である。「あれ?キングってこんなに文章巧かったっけ?」と思わず漏らしてしまうほどに、スムースな語り口から始まり後にじわじわと物語にのめり込ませてゆく作品ばかりなのだ。

そもそも「超」が付くほどの大ベストセラー作家に「こんなに文章巧かったっけ」などと上から目線のデカイ態度を取るのもナニではあるが、オレにとってキングの文章やら物語世界というのは、アメリカのどちらかというと田舎や地方都市の、ガサツで教養に乏しいある意味ありふれた一般ピーポーが、バカで下らない事件なり超自然現象に巻き込まれ、うんざりするような陰惨な結末へと至る、そのイヤッたらしさを体現したものだと感じていた。大勢の一般ピーポーにより形作られた社会は大概がガサツで教養に乏しく(それは読んでいるオレもそうなんだが)、その「格調の無さ」と「即物性」がキング小説の一つの特徴であると適当に類推していたのである。

ところが、だ。今回のキング短編集、そのほとんどの作品の導入部に於いて、まるで文学作品であるかのようなほのかな格調高さと人間性なるものへの真摯な眼差しを感じさせるのである。 「あれ、オレ、キングの作品読んでるんだよな?」と最初戸惑ったほどである。そしてそれが、悪くない。悪くないどころか、ワンステップグレードアップしたキング作品の妙味を存分に楽しませてくれる結果となったのである。

この「それまでと違う文体の謎」は『夏の雷鳴 悪い夢たちのバザール2』巻末における訳者・風間賢二氏によるあとがきにより理由が判明した。これはWeb上でも読めるので宜しければご参考願いたい。

これまでのキングの短編集と異なる点は、収録作のかなりの数がスーパーナチュラルな脅威を扱ったホラーではなく、平凡な日常を題材にした普通小説であることです。実際、それらリアリズム小説は文芸誌や高級総合誌からの依頼に応えて創作された作品です。

ノンホラーの普通小説⁈ と言っても、そこはキングのこと、不条理な悲劇に見舞われて悪戦苦闘する普通の人々の体験を描き、死と苦痛、絶望と後悔、そして脅威に満ちたダークな日常が語られています。 

恐怖小説から抱腹絶倒のホラ話まで――物語の珠玉の詰まった福袋 『マイル81 わるい夢たちのバザールI』『夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールII』(スティーヴン・キング) | インタビューほか - 文藝春秋BOOKS

この、「スーパーナチュラル」に頼らない展開を持つ作品であると同時に、ホラー作品にありがちな「単に胸糞悪くさせてお終い」な作品がほとんど存在しない(あることはある)部分に、従来的なキング作品とは違う(短編そんなに読んでないが)、「文芸誌や高級総合誌からの依頼に応えて創作」ならではの余韻を残す作品が並ぶ結果となったのだろう。当然、それらを書き分けられるキングの作家としての力量に対し、「こんなに文章巧かったっけ」などという物言いは失礼千万極まりないものとして深く反省せざるを得ない。

そしてもう一つ、多くの作品に顕著なのは、「結末が容易に予想できない」という点だ。まあ娯楽作品として当たり前な事ではあるが、そうではなくて、「文学的に始まったこの物語は文学的に終わるのか」はたまた「とんでもないホラー展開を持ち込んで大波乱を生み出すのか」という、「作者が物語をどっちに転がそうとしているのか予想できない」ということなのだ。そして「どっちにでも転がせる」物語の含みの在り方にすら、キングの力量を感じてしまうのだ。

さっきも書いたが、ホラー作品って「単に胸糞悪くさせてお終い」な安易さも内包していて、そういった部分で「どんな胸糞悪さか」程度の予想は付くものだが、今回のキング短編集、それができない。陰鬱な展開から予想付かないまさかのハッピーエンド作品があり、バッドエンドですら安易な残酷さに頼らない。巧い、巧いよキングは。もう70にもなるっていうのに、バケモンかよ(ホラー作家だけに)。

最後に気に入った作品を幾つかピックアップ。

まず『マイル81 悪い夢たちのバザール1』。やはり「マイル81」のロケンロールなノリは捨て難い!「プレミアム・ハーモニー」「バットマンとロビン、激論を交わす」の文学とショッカーの折衷は流石。「砂丘」のラストいいね!「悪ガキ」もキングらしいホラー。「死」はラテンアメリカ文学の匂い。「骨の教会」は幻想文学じゃんか!そしてなんと言っても「UR」!Kindleを題材にしたSF作だがスリリングかつまさに先の読めない物語で、SFとしてもクオリティ高いぞ。

続いて『夏の雷鳴 悪い夢たちのバザール2』。「ハーマン・ウォークはいまだ健在」はホラーというよりアメリカの貧困と暴力を描いた佳作じゃないか。「鉄腕ビリー」、野球の話苦手なんだよな……と読んでいたらクライマックスが、あああ!「ミスター・ヤミー」は老境を迎えたキングらしい哀感を感じたな。「苦悶の小さな緑色の神」、これぞ極上B級テイスト!「死亡記事」は『デスノート』を思わせつつさらに踏み込んだ展開がGOOD。ハイライトは「酔いどれ花火」、まるでラファティを思わせるエスカレーション・コメディ作!!「夏の雷鳴」はちょっと古臭く感じたな。

さて余談となるが現在キングが息子オーウェンとタッグを組んだ長編(例によって相当長い)『眠れる美女たち』を読んでいる最中なのだが、これ、最近のキング長編の中でもかなーり面白い作品かも!?読み終わったらキングの読んでない短編集にも挑戦したい!オレのキング祭りはまだまだ終わらない!