黄衣の王 / ロバート・W・チェンバース (著)、BOOKS桜鈴堂 (翻訳)
ロバート・W・チェンバースの代表作にしてクトゥルー神話の原点、待望の新訳版!!自殺が合法化された世界で、狂気の野望に取り憑かれた男の顛末を描く「名誉修繕人」。大理石に変じた恋人を巡る芸術家たちの幻想譚「仮面」。不気味なオルガン奏者からの逃亡劇「ドラゴン小路にて」。不吉な夢に追い詰められてゆく恋人たちの悲劇を描く「黄の印」。呪われた戯曲『黄衣の王』を軸に、日常を侵食する邪悪なるものの恐怖を、不穏で緻密な筆致で描く4連作。著者チェンバースの代表作にして、怪奇文学に決定的な影響を与えた傑作ホラーサスペンス。
以前読んだ『彼方の呼ぶ声:英米古典怪奇談集Ⅱ』に収録されていたロバート・W・チェンバース作品「イスの令嬢」がとても面白かったので、この作家の作品をまとめて読んでみようと思い単行本を手に取ってみた。すると冒頭の1作目から異様極まりない作品が並び、これは大当たりだったかな、と思わされた。
この短編集『黄衣(きごろも)の王』に収められた4編は、読めば狂気へと誘われるという奇書「黄衣の王」を巡る物語となる。まず1作目「名誉修繕人」からして異様な狂気に包まれた作品だ。冒頭から描かれる20世紀初頭のアメリカの情景にまず違和感を覚える。そして読み進めてみるとこれは現実には存在しなかったもう一つのアメリカであることが分かってくる。そこで描かれるのは己がこの世の王になると信じ切っている男の歪み切った幻想と恐るべき殺戮計画ついての物語なのだ。
この狂気を生み出した書物「黄衣の王」の一節が本編で引用されるが、そこには「二つの太陽がハリ湖に沈む古の都カルコサ」なる記述があり、ここで物語の異様さは最高潮を迎える。調べるとこの「カルコサ」とは「別の宇宙に存在する呪われた都市の名」であり、A・ビアスの小説で初めて使用されその後チェンバースが流用した語句で、さらにその後クトゥルフ神話作家により神話体系に組み込まれたのだという。すなわちチェンバースの『黄衣の王』は実はクトゥルフ神話の祖型となる作品だったのだ。
続く「仮面」は生物を生きたまま石化させる薬品を生み出した男が描かれるが、これなどもクトゥルフ神話的味わいを持つ作品だと言えるだろう。「ドラゴン小路にて」は「黄衣の王」を読んだ男の強迫観念的な追跡妄想が延々描かれるやはり狂った物語。「黄の印」はやはり「黄衣の王」を読んでしまった男女が悪夢に憑りつかれ「黄衣の王」を思わせる死霊の幻影に怯えながら破滅してゆくというお話。
使者 / ロバート・W・チェンバース (著)、BOOKS桜鈴堂 (翻訳)
クトゥルー神話の祖、ロバート・W・チェンバース、本邦初訳の連作短編集! ラブクラフト、そしてクトゥルー神話世界に絶大な影響を与えた古典ホラーの名作、 『黄衣の王』の著者、ロバート・W・チェンバースによるミステリホラー。19世紀末、 フランスの異郷ブルターニュ地方を舞台に、アメリカ人画家ディック・ダレルの活躍を描く。 「紫の帝王」、「葬儀」、「使者」の3編を収録。
『黄衣の王』を読んだ余勢をかってチェンバースのもう一つの短編集『使者』も読んでみた。『黄衣の王』と違ってクトゥルフ神話的要素は存在せず、耽美かつ抒情的で幻想味の強い作品が並ぶ。収録の3作は連作となっており、超自然的要素のある作品は3作目「使者」のみ。「紫の帝王」は希少種の蝶コムラサキを巡る犯罪ミステリ、2作目「葬儀」は1作目のエピローグ的な小編。ラスト「使者」では映画『羊たちの沈黙』でもお馴染みの「髑髏蛾」をモチーフにしながら太古から蘇りし悪霊との対決を幻想的に描く。
木の葉を奏でる男: アルジャーノン・ブラックウッド幻想怪奇傑作選 / アルジャーノン・ブラックウッド (著)、BOOKS桜鈴堂 (編集, 翻訳)
イギリス古典怪奇小説の巨匠、アルジャーノン・ブラックウッド。 その知られざる一面に光を当てるオリジナル短編集、堂々の刊行!! ドナウ流域、アルプスの雪山、エジプトの砂漠、カナダの大森林―― 文明の力の及ばぬ大自然を舞台に、怪奇幻想談の名手ブラックウッドの筆が冴え渡る。 ホラー史に残る代表作「柳」、「ウェンディゴ」に本邦初訳となる作品をくわえ、 自然との交感をテーマに集められた九つの中短編を収録。
この『木の葉を奏でる男: アルジャーノン・ブラックウッド幻想怪奇傑作選』はやはり以前読んだ『夜のささやき、闇のざわめき:英米古典怪奇談集Ⅰ』収録の「死人の森」が印象的だったので作者の作品をまとめて読んでみようと思い手に取った。全体的に思えたのは前出「死人の森」でもそうだったように非常に自然描写が瑞々しく豊かであり、その自然への畏敬、恐怖がメインテーマとなっているということだった。同時に男女の情愛を宿命的に描くロマンチックな作品も目立った。
ホラー史に残るとされる冒頭作品「柳」はドナウ川を川下りする二人の男が荒天により中州でキャンプをすることになったが、そこに生い茂る柳の意思を持つかのごとき蠢く姿に異形の存在を垣間見てしまうというもの。確かに強風にたなびく柳の枝の動くさまは不気味ではあるが、そんなに怖いかなあというのと、荒天なら中州になんかキャンプしないで陸地に行けよというのと、とりあえず身の危険を感じたら四の五の言わず逃げるのが優先なんじゃないのか、などといろいろ考えてしまった。
「転生の池」「オリーブの実」は栄光に満ちた前世の記憶が蘇った男女の姿を描く幻想譚。 「雪のきらめき」はいうなれば雪女物語。 「微睡みの街」は猫の町に取り込まれた男の物語。 「砂漠にて」は砂漠を彷徨う男女の呪われた宿命のお話。「死人の森」は割愛。 これも傑作と名高い 「ウェンディゴ」は森に住まう伝説の魔物と対峙してしまったハンターたちの運命を描く恐怖譚。暗く妖しい森林の描写が素晴らしかった。 「木の葉を奏でる男」は森に出没する浮浪者と知り合った男が目撃する自然の神秘を描きこれも瑞々しい描写が印象的だった。