アフロフューチャリズムとブラック・フェミニズムの物語/映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエヴァー』

ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエヴァー (監督:ライアン・クーグラー 2022年アメリカ映画)

国王ティ・チャラ/ブラックパンサー亡きあと

MCU映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエヴァー』は前作で主役を演じたチャドウィック・ボーズマンの突然の死去により、どのような形で製作され、どのような物語になるのか?が最大の関心事だった。代役を立てないことはあらかじめ知ってはいたが、それでは2代目ブラックパンサーは誰がなるのか(まあだいたい予想は付くけど)?それと併せ、物語はワカンダ王ティ・チャラの死から描かれるのは必至であり、そこからどのように物語に繋げてゆくのかに興味があった。今回は多少ネタバレありなのでご注意を。

《物語》超硬度を持ち超エネルギーを生み出す貴重な鉱石ヴィブラニウムを産出し、アフリカに高度な科学文明社会を築いたワカンダ王国。その王ティ・チャラはブラックパンサーとして平和のための戦いを繰り広げてきたが病により命を落とす。空虚と悲しみに包まれたワカンダはようやく新たな一歩を踏み出そうとしていたが、そこに新たなる脅威が訪れる。謎の海底王国タロカンの王ネイモアが人類を倒すための共闘かあるいは死かの選択を迫った来たのだ。

アフロフューチャリズムとブラック・フェミニズム

チャドウィック・ボーズマン亡きあとに製作された『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエヴァー』は、様々な面において革新的であり驚くべきコンセプトを持ち出してきた作品だった。1作目では「黒人たちによる幻想の千年王国」という卓越したコンセプトを持ち込みこれを描き切ることにより大成功を収めたが、この2作目で描かれるのはそれをさらに推し進めたアフロフューチャリズムの世界なのだ。アフリカの架空の王国ワカンダは白人文明と何ら関わることなく、黒人たちが自らの手により繁栄させた世界最高の科学文明社会として描かれるのだ。

そしてもう一つが、これがブラック・フェミニズムの物語であるという事だ。国王亡き後新たにワカンダを統べるのは国王の母ラモンダだ。その警護は女性戦士オコエの率いる女性親衛隊ドーラ・ミラージュであり、ラモンダ女王が心の拠り所とするのは娘であるシュリとなる。新たな戦いにおいてシュリが頼るのは黒人天才少女リリでありワカンダの女性スパイ・ナキアである。全てにおいて黒人女性の登場人物で占められており、同時に強力なのだ。物語全体においても男性も、白人も、たいした役に立っていない。前作が「黒人が主役」の物語として画期的だったのが、今作では「黒人女性が主役」としてさらに画期的なものとなっているのだ。

古代アメリカ文明の末裔

さらにこの物語を独特なものにしているのはその敵役の背景である。海底王国タロカンとその王ネイモアはスペイン人の侵略により滅亡した古代アメリカ文明の末裔なのである。彼らは白人世界への復讐を誓いその滅亡を願うが、それは彼らの残酷な歴史があったからこそであり、決して邪悪極まりない存在だというわけではないのだ。そして彼らの立場は、白人世界の脅威にさらされる有色人種民族として、そうであったかもしれないワカンダだともいえるではないか。だからこそネイモアはワカンダに共闘を持ち掛けるのである。

しかし既に白人世界に対し優位であり、同時に平和を愛するワカンダに共闘の意思はない。そして白人世界側に付くワカンダはタロカンの最大の脅威となる。これによりワカンダ/タロカンの絶望的な戦争が勃発してしまうのである。この、白人世界の存続を巡り有色人種同士が戦闘行為に突入すること自体に悲哀を感じてしまうのだが、例によってその中心であるべき白人世界の登場人物たち殆どが事態を理解できない役立たずばかりで、この辺りにもこの作品における白人社会への皮肉を感じざるを得ない。

新たなるブラックパンサーの誕生

こうして描かれるこの作品は、驚くべきことに3時間余りの長丁場のその半分を過ぎても「主役となるスーパーヒーローが全く登場しないスーパーヒーロー映画」という、異例の展開を見せる。さらにその「長丁場のその半分」にずっと出ずっぱりとなるのは、なんとワカンダ女王ラモンダなのだ。この前半の主人公は彼女だと言ってもいいし、ひょっとして次代ブラックパンサーのコスチュームを着るのはまさかとは思うがこのラモンダ女王なのか!?と一瞬思ってしまったほどだ。しかしこれらは、主役男優亡き後の演出の難しさを、最大限誠意を持って描く事により克服しようとした結果なのだろう。

そしてこの望まれない戦争の中心となるのが、今は亡きティ・チャラ/ブラックパンサーの妹で、ワカンダ王国の王女でありヴィブラニウム工学の天才科学者・発明家でもあるシュリなのだ。彼女の双肩に掛かる責務は重い。あまりに重い。ただでさえ愛する兄を失ったばかりなのだ。ネタバレしちゃうが次代ブラックパンサーになるのも彼女だ。演じるレティーシャ・ライトは小さくて細身で華奢で、物語にしても役柄にしてもよくぞまあこれだけの重圧を耐えて最後までやり通したと思う。

彼女は筋肉があまりついておらず、アクションシーンの見応えは残念だけれども薄い。ぶっちゃけ、ブラックパンサーというよりキャットウーマンかと思っちゃったぐらいだ。これだけ見た目がひ弱なMCUヒーローはいないだろし、今後のユニバース展開においても他のヒーローと比べるなら見劣りするかもしれない。しかし、だ。だったらだったで、彼女のそんな特徴を生かして特色にしてしまえばいいじゃないか。マッチョばかりのMCUに知的で華奢なマスクドヒーローを加えればいいだけの話だ。少なくとも『ワカンダ・フォーエバー』の彼女は称賛に値する演技をやり通したし、オレはそんな彼女に存分にエールを送りたいのだ。