10代後半の頃はニューウェーヴと呼ばれるロック・ジャンルをよく聴いていたが、その中でもジョン・ライドン率いるパブリック・イメージ・リミテッドは、オレにとって「神」扱いしていたバンドだった。
70年代半ばに始まったロンドン・パンク・ムーブメントはセックス・ピストルズをはじめザ・ダムドやクラッシュ、ジャムなどのバンドを輩出した。それまでの商業主義化したロック・ミュージックに反旗を翻しDIYの精神をモットーにシンプルなロックンロールの復権を目指したのがパンクだった。オレも当時デビューしたてのセックス・ピストルズの1stアルバムを聴いたが、それまでプログレやグラムを聴いていた耳には「なんだこれは」と戸惑ったのと同時に衝撃的でもあった。いやもう音がうるさい上に金属的過ぎて。しかしその音が大型重機よろしくこれまでのロックを解体してしまったのだ。
しかしそのパンク・ムーブメントも短期間で終焉(音的にシンプル過ぎて潰しが効かなかったのだ)、そこからポスト・パンク、あるいはニューウェーヴと呼ばれるジャンルが勃興する。パンクが更地にしたロックの土壌に新しいロック・ミュージックを鳴り響かせようと試行錯誤した音がニューウェーヴだったのだ。オレも単純でやたら喧しかったパンク・ロックの音よりもこのニューウェーヴの音のほうがすんなり入っていけた。かのセックス・ピストルズのジョン・ロットンも「ロックは死んだ」と捨て台詞を残してピストルズを脱退、ジョン・ライドンと名前を変えてニューウェーヴ・バンド、パブリック・イメージ・リミテッド(PIL)を結成する。
自らの新しいバンド名をPublic Image Limited=「大衆イメージ有限会社」と称したジョン・ライドンという男はやたら皮肉な男なのだろう。しかしこの皮肉ぶりこそがイギリス流と言えるのだ。そしてその皮肉は既存概念への否定・批判・批評となって、彼の生み出す音楽、歌詞、アルバムのプロダクツイメージに表出することになる。常にユニークな、それは「変わっている」という意味ではなく、本来の語義である「他に類を見ない」「比類のない」「独特な」ものとして生み出されることになるのだ。批評的である事がロックであるとすれば、PILはまさにロック的なバンドだったのだ。
とはいえ、PILが真に先鋭的だったのは初期の数枚のアルバムに限定されると思う。それは1st『パブリック・イメージ』2nd『メタル・ボックス』3rd『フラワーズ・オブ・ロマンス』までだ。4th『ジス・イズ・ホワット・ユー・ウォント』からはロットンの皮肉な異端児ぶりこそ健在だが、音は彼が嫌っていたはずのハード・ロックにどんどんと近付いてゆく。常に先鋭的であろうとすることは、実は人を疲弊させるものでもあるのだ。そして反逆的であることを当為してしまうことが、それ自体が反逆的であることから逸脱してしまうという皮肉を、ロットン自身が体現してしまったのだ。
そんなPILの真に先鋭的だった初期アルバムをざっくり紹介しよう。
『パブリック・イメージ』 - Public Image: First Issue (1978年)
PIL誕生の禍々しい産声に満ちたデビュー・アルバム。9分に渡る1曲目「テーマ」から既にヘヴィーでフリーキーなニューウェーヴ・サウンドを展開し、「レリジョン」で宗教をこき下ろし、「パブリック・イメージ」でピストルズ時代に引導を渡し、「ロウ・ライフ」でマルコム・マクラーレンに唾を吐きかけ、ラスト「フォダーストンプ」で既に実験的なダブ・ミュージックに突入している。ジャケット・スリーブは洒落のめしたスーツを着たメンバーが著名雑誌を模したようなポーズで写真に納まっているが、それ自体がPILの皮肉なのだろう。というかちょっと待てよ、このアルバム今聴いても最高だな!
『メタル・ボックス』 - Metal Box (1979年)
45回転LP3枚組、ジャケットは丸いブリキ缶製、ということで大いに話題になった2ndアルバム(通常の紙ジャケットもあり)。1979年に発売された当時、オレを含めた周囲5人ぐらいのニューウェーヴ・ファンにとってこのアルバムはなにしろ衝撃的だった。超重低音のダブ・ベース音が1曲目から延々とのたうち回る化け物じみた曲が並んでいたのだ。そこに金属音めいたギターと呪術的なヴォーカルが重なり、唯一無二のサウンドを展開していたのがこの2ndアルバムだった。当時のニューウェーヴ・サウンドは、XTCにしろポリスにしろレゲエ/ダブ手法の応用で画期的な音を出していたが、このアルバムもその素晴らしい成功例の一つだろう。当時はこの『メタル・ボックス』こそがニューウェーヴ・サウンドの最先端であり「神」アルバムでもあった。
『フラワーズ・オブ・ロマンス』 - The Flowers of Romance (1981年)
『メタル・ボックス』で調子に乗ったベーシストを解雇し、ベース抜きで製作されたのがこの3rd。メインとなるのは和太鼓のような野太いドラム音であり、そこにギター・シンセサイザーとミュージック・コンクレートのように編集されたテープが重なり、非常に前衛的なサウンドを形作っている。というか前衛を目指したというより、「ベースなんか無くったって音楽は作れるぜ」というライドンの逆張り精神、当てつけによって丸々1枚のアルバムを作った、というひねくれた経緯があったような気もする。ライドンはいつだって皮肉屋なのだ。そしてそれでもこれだけ完成度の高いアルバムを生み出せる部分に凄みがあった。だいたい、「ロマンスの花」というタイトル自体、皮肉以外の何者でもない。
『P.I.L.パリ・ライヴ』 - Paris au Printemps (1980年)
2ndと3rdの間にリリースされたライブ・アルバム。演奏にしろコンセプトにしろ特に画期的な事をやっているわけではないが、全体的にピリピリとした緊張感が漂い、ライブの高揚を全て否定したような異様なアルバムとなっている。なにより、会場で騒ぐ観客に「だまれ(Shut up)」と冷たく言い放つライドンの声が収録されており(下の動画で聞ける)、このアルバムの異様さをさらに増しているのだ。
さてここからは余談だが、PILにハマっていた高校生の頃、ジョン・ライドンみたいなヘアスタイルにしたくて、でもオレの住む究極にして最底辺のド田舎にはこんな頭に切ってくれる床屋があるはずもなく、だから「パンクの精神はDIYだ!」とばかりに自分で髪の毛をザクザク切り、その頭で学校に行っていた。そしてクラスメイトの反応は「いいお笑いネタができた」であった。