最近読んだ怪奇幻想不条理小説/『現代の地獄への旅』『青い蛇 (十六の不気味な物語) 』『モーリス・ルヴェル作品集』

現代の地獄への旅/ディーノ・ブッツァーティ (著)、長野 徹 (訳)

ミラノ地下鉄の工事現場で見つかった地獄への扉。地獄界の調査に訪れたジャーナリストが見たものは、一見すると現実のミラノとなんら変わらないような町だったが……。美しくサディスティックな女悪魔が案内役をつとめ、ジャーナリストでもあるブッツァーティ自身が語り手兼主人公となる「現代の地獄への旅」、神々しい静寂と詩情に満ちた夜の庭でくり広げられる生き物たちの死の狂宴「甘美な夜」、小悪魔的な若い娘への愛の虜になった中年男の哀しく恐ろしい運命を描いた「キルケー」など、日常世界の裂け目から立ち現れる幻想領域へ読者をいざなう15篇。

長編『タタール人の砂漠』、児童書『シチリアを征服したクマ王国の物語』で世に知られるイタリアの作家ディーノ・ブッツァーティの短編集。14のショートショート的な短編と連作中編「現代の地獄への旅」で構成されている。ショートショートブッツァーティらしい掴み所のない作品が多く、若干平凡に感じた。それでも何作か光るものがあり、例えば貧しい母が突然ブチ切れる「卵」や、終身刑服役者が最後のチャンスに賭ける「難問」、瞬間移動の魔法を手に入れた作家の苦悩を描く「神出鬼没」など、実に楽しめる短篇だった。特に「二人の運転手」の哀感は個人的に身につまされるものを感じた。さて連作中編「現代の地獄への旅」、こちらはブッツァーティ自身が語り手兼主人公となり、ミラノの地下に突如出現した地獄に取材の名目で嫌々潜入する様子が描かれる。とはいえこの地獄、現実世界と何も変わらない世界で、つまりは「現実それ自体が既に地獄」というアイロニーを描いたものなのだ。それだけといえばそれだけの物語ではあるが、そんな地獄で右往左往するブッツァーティ自身の佇まいが愛らしい作品ではあった。

青い蛇 (十六の不気味な物語) / トーマス・オーウェン(著)、加藤 尚宏 (訳)

霧深い夜、見知らぬ酒場で行われていたのは、雌豚を見に行く権利を賭けた奇妙なゲーム。それに勝ち、納屋に案内された男が見たものとは――。悪夢のような一夜の体験を淡々と綴り、長く深い余韻を残す傑作「雌豚」、奇妙な味わいの掌編「青い蛇」など十六の不気味な物語を収録。『黒い玉』と対をなすベルギー幻想派による珠玉の短編集。

トーマス・オーウェン(1910-2002)は奇妙な味を得意としたベルギーの短編小説家である。調べるとベルギーにおける幻想的なフィクションの黄金時代の一人として「ベルギー幻想派四天王」とも称されているらしい。「16の不気味な物語」が収録されたこの『青い蛇』でも古典的ながら昏く輝く幻想小説の数々が並ぶ。その多くは美しくも妖しい女たちが登場する幽霊譚であり、性への渇望と腐臭に満ちた死の対比が特徴的だ。その他にも不気味な不条理小説「雌豚」、鮮烈な幻想性に満ちた「青い蛇」「黒い雌鶏」「夜の魔女たち」といった作品が記憶に残った。小悪魔的な少女に魅せられ破滅への道を辿る中年男を描いた「危機」も実に蠱惑的な怪奇小説だった。

モーリス・ルヴェル作品集 合本版 / モーリス・ルヴェル(著)、田中早苗(訳)

モーリス・ルヴェル】日本の多くの作家に影響を与えた。フランスのポオと呼ばれた鬼才。恐怖と残酷の短編集。一度読んだら病みつきになること請け合い。容赦ない結末に驚愕。

モーリス・ルヴェル(1875-1926)は怪奇・恐怖譚を中心とする数百篇に及ぶ短篇を書いたフランスの作家である。ポーやモーパッサンの系譜を継ぐと評され、江戸川乱歩夢野久作らが熱烈な賛辞を捧げたという。この『モーリス・ルヴェル作品集』では1篇数ページのショートショート的な作品が31作収録されている。「怪奇・恐怖譚」とは書いたが、ルヴェルの作品では超自然的な出来事は殆ど起こらない。むしろ人生に倦み疲れた者、問題を抱えた者が主人公となり、彼らの哀しみを露わにしながら、その最期に皮肉であったり残酷であったりする結末を持ち込む。こういった「人生」そのものが主題となっている部分で実にフランス人作家であると感じさせた。