悪魔の薔薇 / タニス・リー

悪魔の薔薇 (奇想コレクション)

悪魔の薔薇 (奇想コレクション)

イギリスの女流SFファンタジー作家、タニス・リーの短篇集。河出奇想コレクションタニス・リーは数多くの著作を発表している人気作家という話だが、全くの未読作家だった。まあオレあんまりファンタジー得意じゃないからなあ。全体の感想としては、伝奇空想的な意味でのロマンスと恋愛のロマンスの二つを兼ね備えた、実に女性らしい作品集となっている。短篇小説に必須であろうと思われる、よく効いたオチやシチュエーションの特異さなどよりも、タニス・リーの短篇で重要視されているのはその全体を覆う”ムード”であろう。ともすれば”やおい”一歩手前の平凡な物語に墜ちそうな作品もあるが、独特な筆致がそれを救っている。
作品を紹介してみると、凋落したヴァンパイアに仕える召使いの哀惜に溢れた物語【別離】、古来より伝わる悪魔伝説と邪まな男に翻弄される女を描く【悪魔の薔薇】、パリのボヘミア達に降り掛かる災いを描く【彼女は三(死の女神)】など近世〜現代を舞台にした物語は、実にヨーロッパ的な頽廃と陰鬱なイメージを併せ持ったダークファンタジーである。
また【美女は野獣】はフランス革命期の暗殺事件を題材に、暗殺者の少女の見た幻視を描いた作品であり【魔女の二人の恋人】はローマ時代を舞台に魔術を覚えたばかりに行き違う男女の悲恋の物語だ。ここまでの作品は女性に受けそうな耽美にして妖美なものばかりだが、なんだか男のオレはあまり興味が沸かなかったな。
これぞタニス・リーか、と思わせる作品は【黄金変成】あたりからか。このどことも知れぬ辺境の地を舞台にした、王族と妖しい魔女との物語は、抜群のエキゾチズムで読むものを惹き付けるだろう。【蜃気楼と女呪者(マジア)】は強大な力を持つ魔女が町の男達を骨抜きにしてしまう物語だが、この作品に限らずタニス・リー描く女性はどれも蛇のような魔性を兼ね備え、男達を翻弄し、きりきり舞いさせているように思える。
そして最も楽しめたのはアラビアン・ナイトを思わせる寓話【愚者、悪者、やさしい賢者】【青い壺の幽霊】の二作品だろうか。魔術と魔法使いが世界の法則を司り強力な力を持つこの物語は、めくるめくような幻想と、いつとも知れない遠い過去の、妖しく謎に満ちた異郷への憧憬に満ち、大人の御伽噺として非常に楽しめる作品に仕上がっていると思う。