夜のささやき、闇のざわめき:英米古典怪奇談集Ⅰ/ BOOKS桜鈴堂 (編集, 翻訳)
あなたを闇の世界へ誘う、珠玉のゴーストストーリー14編!!ビアス、ジェイムズ、レ・ファニュ、ブラックウッド他、怪奇小説の名手たちに、本邦初訳となる知られざる作家たちをくわえ、「幽霊」をテーマに編まれた怪奇アンソロジーの決定版。
オレと古典怪奇談集
キングのホラー小説は好きだが、それはキングが好きで読んでいるのであってホラー小説ジャンル自体はそれほど読んでいない。クーンツやバーカーやストラウヴ、あとラヴクラフトあたりも数冊ほど読んだけれども、熱中するほどではなかった。あー、そういやポーさえ読んでいない。基本的にSFな人間なんですよ。
そんなオレだが10代の頃はそれなりに怪奇幻想小説が好きで、短編集などをちらほら漁っていた。そしてそれらの短編集の殆どは、いわゆる英米の古典怪談集だった(ラフカディオ・ハーンなんかも好きだったけどね)。そんなだったから、今回読んだ「英米古典怪奇談集」という触れ込みの2冊、『夜のささやき、闇のざわめき』『彼方の呼ぶ声』を見つけた時は、ちょっと懐かしい気分がして手にしてみた(※『彼方の呼ぶ声』の感想は明日更新)。
版元の「BOOKS桜鈴堂」という出版社はあまり知らなかったのだが、Amazonを覗くとこの手の古典怪談を多く出版しているようだ。紹介文によると「本好きの、本好きによる、本好きのための本」をモットーに、英米古典文学の隠れた名作たちを電子書籍として紹介する、電子出版のインディーズレーベル」ということらしい。古くてあまり知られていない著作権切れ作品を掘り起こしそれを出版する、というのはSF界隈のアンソロジーでよく見かけるのだが、多分「BOOKS桜鈴堂」もそんな具合に古典作品をリリースしているんじゃないだろうか。
『夜のささやき、闇のざわめき』
この『夜のささやき、闇のざわめき』に収録された14編の多くは「幽霊譚」が描かれることになる。なにしろ19世紀から20世紀初頭に書かれた怪談なので、いわゆる「不気味な雰囲気」が先行し、描かれる幽霊も「邸宅の暗がりに蠢く妖しい影」といったような、実に古典らしい奥ゆかしさで登場する。そういった点では古臭く感じるし今読むとありふれたものに思えてしまうが、その「怪談な雰囲気」が楽しいともいえる。ほとんど知られていない作家も多く、そういった意味では玉石混交ではあるのだが、そんな中にキラッと光る作品を見つけるのがこういったアンソロジーの愉しみでもある。
例えばA・ビアス「月下の道」は殺人事件を巡る3つの異なる証言を描く「藪の中」的な作品だが、その証言の一つは幽霊のものである点が面白い。「三人姉妹」は荒れ狂う自然の仰々しい描き方が「猿の手」のジェイコブズみたいだな、と思ったらそのジェイコブズの作品でちょっと笑ってしまった。J・S・レ・ファニュ「絵画師シャルケン」は悪鬼とも屍人ともつかないおぞましい存在に嫁がされてしまう娘の話で、これは大いに不気味だった。A・ブラックウッド「死人の森」は物語そのものよりも瑞々しくもまた禍々しい自然描写に心奪われた。虫の知らせを描くE・ミッチェル「湖上の幻影」は怪談というよりも幻想譚として面白かった。
そして白眉となるのはあのオスカー・ワイルドによる「キャンタービル屋敷の幽霊」だろう。屋敷に憑りついた幽霊と、幽霊に全く無頓着な新しい住人たちの攻防を描くこの物語は、なんとコメディなのだ。住人たちを死ぬほど驚かせたくてたまらない幽霊だが、住人たちは逆にこの幽霊をやり込めてしまう。何をやっても失敗続きの幽霊は次第にイジケきってしまい……という展開は抱腹絶倒だろう。もとは童話として書かれた作品らしく、その完成度から愛読者も多く、さらに数度の映画化までされている知る人ぞ知るという作品だ。この作品だけでも単体で読めるので興味の湧いた方は是非読んで欲しい。