『手招く美女 怪奇小説集』を読んだ

手招く美女 怪奇小説集 / オリヴァー・オニオンズ(著)、南條竹則、高沢治、館野浩美(訳)

手招く美女: 怪奇小説集

長篇小説を執筆中の作家ポール・オレロンは古い貸家に引越すが、忽ち創作は行き詰まり、作家は周囲に何者かの気配を感じ始める。邪悪なものの憑依と精神崩壊の過程を鬼気迫る筆致で描き、ブラックウッド、平井呈一らが絶賛した心理的幽霊譚の名作「手招く美女」など全8篇と、作者がその怪奇小説観を披露したエッセーを収録。英国怪奇小説の黄金時代に、精緻な心理主義と怪異描写、斬新なアイデアで新しい地平を拓いたオリヴァー・オニオンズの怪奇小説傑作選。

イギリスの作家ジョージ・オリヴァー・オニオンズ(1873-1961)の怪奇幻想小説を集めた作品集。全8篇の中短篇と序文となるエッセー「信条」とで構成されている。

オニオンズの作風をまとめるなら、怪奇幻想小説ジャンルから連想される暗くおどろおどろしい怪異をこれみよがしに描くのではなく、非常に抑制された描写の中から、滲み出てくるかのようにじわじわと”あやかし”が浮き上がってくるといったものになるだろう。端的に言うなら奥ゆかしく、「雰囲気」で読ませる怪奇小説作家だ。もともとオニオンズは美術を志していた人物らしく、そういった美意識が反映されてもいるのだろう。

解説にある「脱ゴシック作家」としてのオリヴァー・オニオンズの存在についての記述が興味深い。

十九世紀半ばから二十世紀前半にかけての、英語圏における近代怪奇小説の確立と発展の過程を一言で要約するならば、「脱ゴシック」となろう。怪奇小説はゴシック小説を母体に生まれ、学術研究や批評の場ではゴシック小説と一括りに扱われることも多い。だが実作の場ではむしろ、いかにゴシックの旧弊な様式を脱するかを焦点に作家たちが腕を競い合うことで、怪奇小説は発展してきた。

即ちそれは、超自然現象をそのまま描くのではなく、ひとつの心理現象でも有り得るとして描くという手法だ。これは脱ゴシック作家、ヘンリー・ジェイムスの『ねじの回転』でも見られる描写の在り方である。怪異は、ただ外からやってくるのではなく、内なる部分から沸き起こってくるものでもある、という心理主義的な描写なのだ。

例えば怪奇作家アルジャーノン・ブラックウッドから「最も恐ろしく美しい幽霊小説」と評された表題作「手招く美女」だ。物語は、古い貸家に引っ越した作家が、何者かの気配に脅かされ、次第に精神崩壊に至ってゆくというものだ。ここでは具体的な「幽霊」の存在そのものよりも、主人公の抱える不安や恐怖それ自体が怪異を導き出しているかのように思わせるのだ。この辺りはシャーリィ・ジャクソンの『丘の上の家』を思わせるものがある。ただし、作品は中編の文章量で、読んでいて長すぎるように感じたのと、「雰囲気」が先行し過ぎてちょっとかったるかったのは否めない。

一方、沈没寸前のガレオン船の乗員が見る幻影を描く「幻の船」や、天才的な勘を持つ建設作業員が在り得べからざる影におびえる「ルーウム」、二人の対照的な男が対峙する「不慮の出来事」 、自らの魂を彫刻の中に転移させようと試みる芸術家を描く「ベンリアン」 などは、怪異譚というよりもSF的な超次元を扱ったものとしてH・G・ウェルズの短編作品にも通じるものに感じた。

17世紀の幽霊譚を現代の視点から物語る「途で出逢う女」は、その構成の特異さが際立つ一風変わった作品だ。シチリアの富豪の娘と旅先で知り合った青年との燃え上がる様な恋その後の運命を描く「彩られた顏」神秘主義的展開が独特な中編だが、前半のロマンス描写が冗漫すぎて辟易した。戦争で顔を負傷した男の呪われた運命を描いた「屋根裏のロープ」はこの短編集では最も暗い余韻を残す作品だ。

なにしろ全体的に奥ゆかしく格調高い筆致で読ませようとする作品が並び、SF的な着想も目を惹いたが、個人的にはもう少々下世話に怪異を描いてくれた方が楽しめたように思えた。