藤木TDC&和泉晴紀のコミック『辺境酒場ぶらり飲み』を読んだ

辺境酒場ぶらり飲み / 藤木TDC, 和泉晴紀

辺境酒場ぶらり飲み (リイドカフェコミックス)

繁華街でも商店街でもない場所にぽつんとあるひなびた酒場。破れた赤提灯、煤けた暖簾、汚れた引き戸。一見客を突き放す閉鎖的な空気を漂わせている。どうしてこんな場所に飲み屋があるのか。場末の酒場にはそんな疑問がわくが、そこには現代史とも密接な関係を持った歴史があり、個性的な店主と常連客の人情が息づいているのだ。場末の酒場には、酒徒の好奇心を満足させる物語がある。日常のしがらみに疲れた人間を癒やす、魂の原風景とは――。

大酒呑みのオレではあるが、殆ど家呑みである。外で呑むときは、相方や友人が一緒の時だけで、一人で呑みに行く、という事が全くない。そもそもオレは外で一人で飯も食うことがない。家で自炊である。外で飲み食いしないというのは、間が持たなそうなのと、経済的な理由である。家の方がのんびりできるし、お財布にも優しい。また、誰かと外で飲み食いするにしても、どんな評判の店なのかあらかじめ調べるし、そこで飲み食いして気に入れば、何度でもリピートする。まあ、誰でもそんなものだろう。

たまさかしか外で飲み食いしないから、失敗したくないし、失敗した時のガッカリ感は後々まで尾を引く。相方と飲みに行ってとんでもない店に当たった時の体験は、今でも時々思い出しては、二人で罵詈雑言を並べ立てて楽しんでいる。そういえば昔、椎名誠だったがが言っていたが、美味いものを一緒に食べた時の体験よりも、不味いものを一緒に食べた時の体験のほうが、後々までお互いの記憶に残り、大いに盛り上がるネタになるのらしい。確かにそう思う。

コミック『辺境酒場ぶらり飲み』はルポライター藤木TDCと漫画家の和泉晴紀が、関東近辺の、盛り場とは大きく外れた「辺境の酒場」にぶらりと入り、そこで飲み食いしたもの、出会った人々、それにまつわるアクシデントなどなどをコミック形式で描いたものである。ここで言う「辺境酒場」とは、昔から地元に根付き、地元民に利用され、そしてその土地が辺境と化していったことでひなびてしまった酒場を指す。町酒場だからたいていは店主一人で経営され、店主の趣味嗜好が大きく反映され、同時に昔ながらの町酒場の雰囲気がいまだに残る、”古臭い”店舗ばかりである。

いわば酒場についての「詫び錆び」と、そこでの一期一会を味わおう、というのが主眼なのだ。だから「穴場の飲食店!」とか「絶対食べておきたい名料理!」などといったものを紹介する内容では決してない。そもそもそういったものは登場しない。だからだいたいの場所は描かれていても、正確な店の名前は記載されておらず、むしろそんな店のあるその土地の記述が多い。それは、単に酒場での飲み食いを記述したものというよりも、どこか「考現学」に近い感触を覚えるアプローチだ。

それは例えば、この町で過去、どのような理由でどのような産業が興り、それによりどれだけの労働者が集まり、その労働者を吸収するためにどのような食堂や酒場、あるいは風俗産業が発達していったのかを紹介するそれぞれの作品末のコラムの存在に象徴されるだろう。そしてこれら産業はたいていは現在消滅しつつあり、繁華街はシャッター通りとなり、その中でいまだにひっそりと残る酒場があり、その酒場に入ることでこの町の過去の繁栄を想像するといった行為がここにあるのだ。

それは今作の共著者であるルポライター藤木TDCの持つテーマであり視点となるだろう。ただしそれを、和泉晴紀のお気楽なんちゃってサブカルライフな軽いノリと、久住昌之と共著時のペンネーム泉昌之で数多く出版している『食の軍師』等B級飲食店コミックを連想させるギャグタッチな進行により、親しみやすく大いに笑わせる楽しい作品として完成している。特に「寿司の置いていない寿司屋と蕎麦を勧めない蕎麦屋」の回は、これはもう事実は小説よりも奇なりを地で行く、とんでもないカルチャーショックと笑いに満ちた回だった。

なおこちらの作品は[ 噛みごたえ - 不発連合式バックドロップ ] を読んで興味を持ち手に取りました。併せてお読みください。