ウルタールの猫 ラヴクラフト傑作集/田辺 剛
ラヴクラフト小説コミカライズの第一人者にしておそらく世界最高峰の漫画家、田辺剛によるラヴクラフト傑作集新作。これまで田辺氏のラヴクラフト小説コミカライズは『狂気の山脈にて』『インスマスの影』『ダニッチの怪』など比較的大作が手掛けられていたが、今作では「セレファイス」「ウルタールの猫」「蕃神」といった短編3作の収録となっている。これらはラヴクラフト作品として強烈なネームヴァリューのある作品ではないが、どうしてどうして、読んでみると十分にラヴクラフト的怪奇の世界に誘ってくれる作品ばかりだ。「セレファイス」は有り得ざる異世界を夢見る男の幻想譚だが、強烈な現実逃避願望に彩られた物語は怪奇小説家ラヴクラフトの一面を垣間見せはしないだろうか。「ウルタールの猫」は異教徒による猫の呪いが描かれるが、田辺氏が描くと可愛らしいはずの猫がここまで不気味で怪物じみた姿になってしまうのが面白い。「蕃神」は山の頂に住まうとされる神々の姿を見るべく登頂を試みる男の物語となるが、ラヴクラフトの描く「神々」が一筋縄でいくはずがない。どれもクトゥルー味は薄いが、そもそも田辺氏のグラフィックそのものがクトゥルー色に染まっているので物足りなさは感じなかった。それにしても「形のないもの」を描かせると本当に巧いな田辺氏は。引き続き新たなるラヴクラフト傑作集の刊行を待つ。
戦車椅子‐TANK CHAIR‐(6)/やしろ学
殺伐としたサイバー都市を舞台に、下半身不随にもかかわらず無敵の殺し屋である少年が、変形攻撃を仕掛ける”戦車椅子”に乗って敵を粉砕してゆくというバトルストーリー第6巻。設定から世界観から登場人物まで、なにもかもが荒唐無稽でイビツであり異形であり、破壊と血飛沫に塗れたものなのだが、にもかかわらずそれをよく整理されたグラフィックで描いている部分に好感を抱いて読んでいる。物語は当初、少年漫画によくあるエスカレーションするパワーバランスの物語として展開していたが、「先生」と呼ばれる世界最強の存在との頂上戦が既に第3巻で終了し、ここからどう転がるのか?と思っていたら、喪失と再生と新たなる人間関係についての複雑な物語へと深化してゆき、作者の並々ならぬストーリーテリングの才をうかがわせる。そしてよく見渡してみると、これは肉親への愛についての幾つものバリエーションを描いた物語でもあるのだ。こういった単にバイオレンスだけに止まらない内容にも読ませるものがある。
波よ聞いてくれ(11)/沙村 広明
北海道を舞台に、ひょんなことからラジオMCに抜擢されたぶっ飛び娘・鼓田ミナレの破天荒な行動を描くコミック第11巻。前巻から引き続きカルト教団に監禁されたAD瑞穂の救出とその後始末、北海道の放送界一大イベントにおける代表MCとして活躍、刑務所向け番組に出演した鼓田ミナレが放つ強烈な矜持など、例によって我が道を征きまくり辛辣な言動を繰り広げる主人公に大いに笑わされ大いに嘆賞させられる巻となっていた。笑いの陰にある黒々としたバイオレンスの匂いも相変わらず、一歩間違うと陰惨なお話を紙一重で笑いに変えるセンスはさすが沙村広明独特の物を感じる。
タワーダンジョン(1~2) /弐瓶勉
『ダンジョン飯』も完結したので何かほかにファンタジーなダンジョンストーリーを読んでみたいなと思い手にしてみた。弐瓶勉については名前はよく聞いていたしオレの好きそうなテーマを扱っているのも知っていたが、作品を読んでみたのがこれが初めて。で、これがとても面白い作品だった。要するに剣と魔法の物語であり、邪悪な魔導士を倒すべくタワー状となったダンジョンを経巡るといったお話であるのは間違いないのだが、それを弐瓶氏ならではの切り口と世界観、さらには巧みなグラフィックによって刮目すべき作品に仕上がっているのだ。甘さのない無情かつ非情な展開は好みだし、不気味で陰惨な世界観や敵の姿にも引き込まれる。なんといってもきっちり書き込まれているわけでもないのに強烈な画力を感じさせる冴えわたったグラフィックが素晴らしい。主人公が力自慢の朴訥な農民青年といった部分も面白い。続巻が楽しみなばかりか弐瓶氏の他の作品まで読みたくなってしまった。