中国産幽霊屋敷ミステリー小説『幽霊ホテルからの手紙』

幽霊ホテルからの手紙 / 蔡駿(著)、舩山むつみ(訳)

幽霊ホテルからの手紙 (文春e-book)

ある雨の夜、若い警察官・葉シャオ(イエシャオ)の家を、幼馴染の作家の周旋(ジョウシュエン)が訪ねてくる。 周旋は思いつめた様子で、木の小箱を取り出す。ある夜、バスで隣り合わせた血だらけの美しい女性・田園(ティエンユエン)から預かったという。しばらく仕事で上海を留守にしていた周旋が田園を訪ねると、警備員から彼女は心臓発作で亡くなったと告げられた。周旋が自宅に戻ると留守電に彼女のメッセージが入っていた。「あの箱を幽霊旅館に届けて。場所は……」と途中で切れており、発作を起こして電話をかけ、途中で亡くなったと思われた。 周旋は、小箱を届けたいので田園の身元を調べてほしいと葉シャオに頼む。

本国では「中国のスティーヴン・キング」と呼ばれ、全作品の累計発行部数が1500万部に及ぶという上海生まれの作家・蔡駿(さい しゅん)のホラー・ミステリー小説『幽霊ホテルからの手紙』です。

物語は謎の小箱を託し命を失った見知らぬ女性が遺した「幽霊客桟(幽霊ホテル)」という言葉を頼りに、その幽霊ホテルに訪れた主人公が出遭う怪異を描いたものです。構成はその主人公がホテルから友人にあてた12通の手紙、という形になっており、日を追う毎にどんどんと膨らんでゆく不可思議な出来事、怪異、そしてホテルの客たちを覆ってゆく狂気とが描かれ、ホテルに隠されていた真実と謎の小箱の正体とが次第に明らかになってゆくのです。

とはいえ物語はかなり粗削りです。登場人物は魅力に乏しく、心理描写は大味過ぎるか定型的過ぎて深みを感じません。その内容も「不気味な雰囲気」「奇怪な過去の因縁」が延々と語られるばかりで、風雅で古典的な味わいこそあれ、モダンホラー的な外連味やショッキングさには程遠いです。だいたいの描写はご飯を食べているか散歩しているか風呂に入っているだけ、というのも退屈でした。

中盤からやっと一波乱あるのですが、ここで描かれる”死体”の扱い方と人々の対応があまりにも非常識過ぎて、中国ってこんなもん?と思ってしまいました。書簡体小説の形を採っていることから、叙述トリック的なものなのだろうというのは気付きましたが、それにしてもちょっと雑です。中盤からも、クライマックスに向けて盛り上げたかったのでしょうが、段々と大袈裟になってゆく描写は白けさせられましたね。

それと、中国エンタメ小説あるあるなんですが、なにしろ「美女」が登場し過ぎ。主人公はまず謎の「美女」と出会い、ホテルでとある「美女」が至った悲劇を聞き、さらにホテル宿泊客の「美女」と恋に落ちます。そして主人公と手紙を読む友人の間には「美女」の級友の因縁話があったりします。もう美女美女美女のオンパレードで、なんだか中国映画によく登場するクローンみたいな主演女優を思い浮かべてしまいました。

ラストはそれなりに驚きを用意してあり、この辺りはよく描けていましたが、ただ全体的に「中国のスティーヴン・キング」は過大評価し過ぎでしょう。「幽霊」というホラー的な題材を扱っていますが基本的にはスリラーサスペンスで、超自然的な要素は存在しません。それにしてもホテルの従業員が「カジモドのような醜い男」だったりするんですが、これもちょっとやり過ぎで、なんだか笑ってしまいました。