『文豪怪奇コレクション』全5巻を読んだ/その④ 耽美と憧憬の泉鏡花〈小説篇〉

文豪怪奇コレクション 耽美と憧憬の泉鏡花〈小説篇〉/泉鏡花(著)、東雅夫 (編集)

文豪怪奇コレクション 耽美と憧憬の泉鏡花 〈小説篇〉 (双葉文庫)

明治・大正・昭和の三代にわたり、日本の怪奇幻想文学史に不滅の偉業を打ち立てた、不世出の幻想文学者・泉鏡花。 本書は、鏡花の名作佳品の中から、なぜかこれまで文庫化されていなかった、恐怖と戦慄と憧憬に満ちた怪異譚を蒐めた一巻。 闇に明滅する螢火を思わせる「女怪幻想」の数々は、読者を妖しき異界へと誘う。

日本を代表する幻想浪漫作家・泉鏡花、大御所中の大御所というだけあってこの『文豪怪奇コレクション』では〈小説篇〉〈戯曲篇〉の2冊が編まれている。というわけで今回は〈小説篇〉。

泉鏡花は10代の頃挑戦し、その難読漢字溢れる雅文による凝りまくった修辞技法に全くついてゆけず挫折した記憶がある。そして60歳を過ぎた今、それなりに本も読んでいるから少しは読めるようになったか、と思ったがやっぱり駄目だった、無理だった。とにかく読み難い。何が書かれているのか殆ど分からない。もちろんこれは鏡花小説が拙いのではなく、オレの読解力が極めて低レベルだから、ということは間違いないのだが。

とはいえこの後読んだ〈戯曲篇〉のあとがきに触れられていた三島由紀夫澁澤龍彦との対談で、両氏が「読んでいて非常に困った、さっぱり分からない」と発言していたので、三島と澁澤が分かんないものをオレが分からなくたって問題ないじゃないか!と思うことにした(澁澤は続けて「ずっと読んでると分かってくるんですけどね」と言っていたし三島も鏡花を高く評価していたけどね)。

分からないなりに読み終えた感想を書くならば、とりあえず鏡花は馨しくもまた煌びやかな文体で描かれた純日本的な風景をジットリと湿気の多い漆黒の闇で包み込み、その中に鬼火のようにぼっと照り光る絶世の美女が立ち現れるがそれはこの世のものではないか死相が現れていて、主人公はその得体の知れない妖気に飲み込まれて慌てふためいたりゲロ吐いたりしながら翻弄される、といった内容のものが多かった(ような気がする)。あと蛇。鏡花の小説は「蛇怖い蛇怖い」な小説である。多分そういう気がする。それと相当にリズムを重視した文体であるのは理解できた。

そんな中で気に入った作品は、まずは「高桟敷」、これは森の中で遭遇する超現実的な幻影譚。「浅茅生」では隣り合った家の二階の窓ごしに男女の会話が為され、その後恐るべきことが起こるのだが、このシチュエーションの閑としてひっそりとした風情が好きだった。「幻往来」は死病の娘の生霊と車に乗ってしまう男の話。「尼ヶ紅」では徹底して蛇への嫌悪と恐怖が描かれる。そして「紫障子」、芸妓と旅行中の男が遭遇する怪異を描くが、人気のない旅館の黒々とした闇の描写が迫真的だった。「甲乙」は二人の美しい女亡霊に憑かれた男の物語。「黒壁」は”お百度参り”に遭遇した男の恐怖を恐るべき緊張感で描き、シンプルでストレートながら鏡花の神髄ともいえる物語かもしれない。