最近読んだ本:『消えた心臓・マグヌス伯爵』『雪男たちの国』

消えた心臓・マグヌス伯爵 /M・R・ジェイムズ (著), 南條 竹則 (翻訳)

異教信仰の研究者が自らの計画のために歳の離れた従兄弟の少年を引き取る「消えた心臓」。スウェーデンのある地方で発見した古文書のなかに記された“黒の巡礼”から戻った人物の来歴を探る「マグヌス伯爵」など9篇を収録。「英国が生んだ最高の怪談作家」ジェイムズの傑作短篇集。

例によって古典怪奇幻想小説を読み漁っているオレであるが、今回読んだのは19世紀イギリスの作家M・R・ジェイムズの短編集『消えた心臓/マグヌス伯爵』。8篇の怪奇短篇と1篇の随想で構成されている。作者M・R・ジェイムズはもともとケンブリッジ大学研究員、博物館館長、大学副総長まで務めた中世学者として知られており、写本研究、聖書外典アポクリファ)研究で業績を上げ、専門家の間では高く評価されていた人物だという。

そんなジェイムズにとって怪奇小説の執筆はいわば余技や趣味の範疇であったらしいのだが、中世学者としての知識が大いに生かされたその内容は、H・P・ラヴクラフトを始めとした多くの後続怪奇小説家に影響を与えたのらしい。確かにこの短編集に収められた作品の多くは古代や中世のものと思われる遺物を発見した主人公が恐るべき災いを体験してしまうといった内容で、またその遺物の扱いが実にリアルであり、暗く生々しい恐怖を生むものとなっている。

例えば「聖堂参事会員アルベリックの貼込帳」では旧約聖書の偽典『ソロモンの遺言』を題材にし、「銅版画」では博物館で発見された銅版画の怪を描き、「秦皮(とねりこ)の木」は中世に行われた魔女裁判の呪いが災いを呼ぶ。「マグヌス伯爵」では古文書に記された反キリストの邪霊が蘇り、 「「若者よ、口笛吹かばわれ行かん」」は廃墟となった聖堂騎士団教会で発見された遺物が祟りを為し、「 トマス修道院長の宝」は礼拝堂で発見された謎の暗号が化け物を呼び出す。こういった部分でジェイムズの怪奇作品は「”裏”インディ・ジョーンズ」とも呼ぶべき内容かもしれない。

雪男たちの国 /ノーマン・ロック (著), 柴田 元幸 (翻訳)

「ある朝突然、スコット探検隊の一員として南極にいた」建築家の手記。記されているのは、過酷な自然に放り込まれた驚き、憤り、痛いほど白い世界で死に憧れ、幻覚に身を委ねる男たちの姿――柴田元幸が発掘した究極の物語。

翻訳家・柴田元幸氏が偶然に発掘し刊行となった異色作である。内容はスコット探検隊の一員として南極に赴いたとされる男の架空の手記だが、厳寒の雪と氷の大地に閉じ込められた男たちが次第に正気を失い、有り得べからざるものを視るようになっていくという内容となっている。一部では奇書として評判が高く、購入もプレ値の古本を入手して読んだのだが、幻想小説の佳作ではあろうが絶賛するほどの高い完成度とは言い難く感じた。連作短篇の形をとっているが全体的に130ページ弱と短く、物語世界に没入するには少々淡泊過ぎる分量であったからかもしれない。