最近読んだ本:『レッド・ダート・マリファナ』『獣の悦び』

レッド・ダート・マリファナテリー・サザーン (著),松永 良平 (翻訳)

「おまえはヒップすぎるぜ、ベイビイ。そうだろ。ただのヒッピーなのさ」パリのジャズシーンで自由を謳歌する学生マレイと黒人ピアニストのバディとのクールにしてビターな出会いと別れを綴る青春/ジャズノヴェル「ヒップすぎるぜ」他、“20世紀で最もヒップだった男”テリー・サザーンのヴァラエティあふれる唯一の短篇集がついに登場。

テリー・サザーンは作家というよりも脚本家として名高い男だ。彼の書いた脚本はまず『博士の異常な愛情』から始まり、『コレクター』、『シンシナティ・キッド』、『バーバレラ』、『007/カジノ・ロワイヤル(1967)』、そして『イージー・ライダー』と、もう綺羅星の如き名作タイトルだらけだ。これら映画作品の脚本がたった一人の男から生み出された(共作もあり)という事実にも驚愕してしまう。しかしテリー・サザーン自体はもともと作家志望だったそうで、アメリカ60年代の奇書と呼ばれる『キャンディ』の作者(共著)でもあるのだ。

そのテリー・サザーンによる『レッド・ダート・マリファナ』はビートニク世代の作者らしいナンセンスでシニカルなブラックさが横溢する短編集だ。その多くがドラッグ絡みの物語だというのもいかにもビートニクらしい。作風も通常の小説だけでなく戯曲や架空のインタビューなど多彩であり、作者の「腰の座らなさ」がうかがえる。

出色だったのは作者の自伝的性格を持つジャズ小説「ヒップすぎるぜ」。パリのジャズクラブに出入りする白人学生と黒人ミュージシャンとの出会いと別れを描くこの物語は、当時のパリのボヘミアな気風と解放感、ジャズの熱気と苦いラストが一枚の絵のようにぴったりとハマった佳作と言えるだろう。

あのウィリアム・バロウズが「これまでに読んだ中で一番笑えた小説」と評したドラッグ小説「狂人の血」、じっとりとした狂気と喧騒が渦巻くロードトリップ&ドラッグ小説「地図にない道」も読ませる短編だった。ハイスクールのバトン・トワリングをルポルタージュする「オル・ミスでのバトン・トワリング」は60年代アメリカの奇妙な眩しさに溢れ、作者の表現力の鋭利さを感じさせた。

獣の悦び / 宇能鴻一郎

アルバイト学生の公雄は、高校時代からの友人・信也の「どれい」だった。「どれい」の屈辱に耐えながら、信也の行状をアメリカにいる彼の母に書き送り、その謝礼として多額の送金を受けていた……表題作「獣の悦び」は人間の獣性を眼をそむけずに追求した異色作。本書には同じような姿勢で仮面の裏側に挑んだ短篇「柘榴」「飢えと怒りの夏」「光と風と恋」「雪女の贈り物」など計8篇を収録している。

姫君を喰う話』、『アルマジロの舌』と宇能鴻一郎の文芸短編小説を堪能した勢いで、もう一冊作品集を読んでみることにした。タイトルは『獣の悦び』、1966年に刊行された同タイトル作品集のKindle版で、先に挙げた2冊の短編集に比べより異色な8篇の作品が並ぶ。

「柘榴」では筋ジストロフィー患者となった青年の肉への渇望を、 「飢えと怒りの夏」は少女強姦の罪に怯える新聞配達の男を、 「光と風と恋」 は恋人の母と密通した青年の苦悩を、 「ガラスの恋人たち」は大人の世界に足を踏み入れた同級生の娘へ屈折した心情を抱える少年を、 「愛臀記」は江戸時代に大奥で姫君の下の世話をする御付きの娘の倒錯を、「獣の悦び」は金持ちの同級生と主従関係となった青年の青春の蹉跌を描く。

中でも愛人のイボに欲情する男を描いた「疣贅(イボ)」はそのおぞましさからホラー小説と言ってもいいぐらいだ。そして敗戦による中国引き揚げの混乱の中で歳上の女への恋に揺れる少年の心を描いた「雪女の贈り物」は、この作品集の中でも清廉なリリシズムに溢れ、一服の清涼剤のようであった。また、この作品は実際に中国引き揚げを体験した作者の体験が色濃く反映されたものと考えられ、作者の原点を知るものとして重要だろう。