『マッドマックス2』脚本家が送るテロリスト対諜報員の熾烈な追跡劇〜『ピルグリム(1)〜(3)』

■ピルグリム(1)〜(3) / テリー・ヘイズ

アメリカの諜報組織に属する十万人以上の諜報員を日夜監視する極秘機関。この機関に採用された私は、過去を消し、偽りの身分で活動してきた。あの9月11日までは…引退していた男を闇の世界へと引き戻したのは“サラセン”と呼ばれるたった一人のテロリストだった。彼が単独で立案したテロ計画が動きはじめた時、アメリカは名前のない男にすべてを託す!巨大スケールと比類なきスピード感で放つ、超大作サスペンス開幕。
“サラセン”の存在とそのテロ計画は、アメリカ政府の知るところとなった。暗号名“ピルグリム”を与えられた男は、すぐに追跡を開始する。敵の目標は?その手段は?手がかりはたった二回の電話傍受記録のみ。トルコへ飛んだ“ピルグリム”は、そこで謎めいた殺人事件に遭遇する…一方“サラセン”のテロ計画は決行へ向けて着々と進んでいた。はたして“ピルグリム”の追跡は実を結ぶのか?超大作白熱の第2弾!
〈サラセン〉のテロ計画は、ついにその準備を終え、実行の日が迫っていた。かすかな手がかりをつかんだ〈ピルグリム〉は、最後の望みをかけて〈サラセン〉の過去を追う。まったく姿の見えなかった敵の姿がおぼろに浮かびかけ、衝撃が〈ピルグリム〉を襲う。だが、計画決行までの時間は残り少ない。意を決した〈ピルグリム〉はついに危険極まりない賭けに出るが……雄大なスケールで驚異のマンハントを描く超大作、完結!

政治と世界情勢のどろどろとした裏側で活躍する秘密諜報員の活躍を描いたエスピオナージュ、いわゆるスパイ小説というのが結構好きなのだが、どうも最近読んでいないことに気が付いたのである。ここらで一発ガツンッ!とくるスパイ小説を読もうじゃないか、そう思っていたところ目についたのがテリー・ヘイズの処女長編『ピルグリム』。未曾有の危機をもたらすテロ計画を企むテロリストを追う元諜報員という物語で、さらに作者はなんとあの『マッドマックス2』『マッドマックス サンダードーム』の脚本家というではないか。しかし…この『ピルグリム』、全3巻総ページ数1200ページ余りという大部な作品じゃあないか。う〜んどうしよう…とグタグダ悩みながら、やっと読み始めたところ、長さなど気にならないほどにすいすいと読める面白さだった。

物語の主人公はかの世界では伝説とまで呼ばれる凄腕諜報員。彼は既に引退して別の身分で生活していたが、恐るべきテロ計画の存在を察知したアメリカ情報局により再雇用された。彼のコードネームは《ピルグリム》。一方、サウジアラビアで生まれたある男が、父の処刑をきっかけに自由世界の滅亡を願うようになった。彼はアフガン戦争を経て鋭い知性と冷酷さに磨きをかけ、遂にアメリカ全土を死と屍の山へと変えるテロ計画へと手を染める。彼の名は《サラセン》。こうして、影のように身を隠しながらテロ実行へ近づくサラセンと、そのサラセンを見つけ出すため単身ユーラシア大陸へと赴いたピルグリムとの息詰まる追跡劇が始まるのだ。

なにしろまずこの物語、スケールが大きい。アメリカ、サウジアラビアアフガニスタン、ガザに始まり、西側ヨーロッパ諸国の他、中東や東欧まで経巡りながら物語は進行してゆく。広大なユーラシア大陸を、不確かな情報だけを頼りに、藁の山からたった一本の針を探すようにサラセンの足跡を追うピルグリム。そしてユーラシア大陸をさまよい、次々と身分を変えながら、着々とテロ計画を練り上げてゆくサラセン。まるで地球規模の鬼ごっこをしているかのような物語進行の中で、ピルグリムがその鋭利な知性と諜報員スキルを総動員し、少しづつサラセンへと近づいてゆくのがこの作品の醍醐味となるだろう。

物語は3章に分かれ、さらに短い章立てで次々に進行してゆくため、非常にスピーディーで読みやすい。冒頭ではある殺人事件捜査に協力するピルグリムのその卓越した観察眼が描かれ、そしてひとつの事件から次の事件を回想してゆくという形で、かつてのピルグリムがどのように非情な諜報世界で生きてきたのかを浮き上がらせる。このように数珠繋ぎになって描かれる一見関連のなさそうなエピソードの数々が、実は中盤から後半にかけてパズルのピースのように現在進行形のテロ阻止作戦へと関わってゆく、という部分が実に心憎い構成となっている。また、テロリスト・サラセンも悪魔のような所業の数々を重ねながらテロ計画を練り上げてゆき、その残虐さは敵として申し分なしだ。

ただ、長いのは申し分ないとしても、物語を盛り上げるためなのか幾つか無意味だったり不必要だったりする展開があることも否めない。また、サラセンの計画したテロ手段は思いもよらないような恐ろしいものなのだが、よく考えるとこれだとフツーに世界滅亡しちゃわないか…いいのかソレ…と思えないこともない。サラセン接近のためにある事件の解決を進める主人公だが、アメリカ滅亡が迫ってるのに悠長すぎないか、とも思えるし、あれこれ理由は書かれているけれども、いかに優秀であれ単独行動の諜報員というのも無理があるのではないか、という気がする。それと、非情な世界にいたわりに主人公は意外とヒューマニストで、この辺すこし興醒めする。そういった点でル・カレやラドラムには追い付いてはいないのだが、ここは冒険小説だと割り切って読むべきなのだろう。どちらにしろ3巻読み通す時間は惜しくはないエンターテインメント作品だった。

ピルグリム〔1〕 名前のない男たち (ハヤカワ文庫 NV ヘ)

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ピルグリム〔2〕ダーク・ウィンター (ハヤカワ文庫NV)

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ピルグリム〔3〕 遠くの敵 (ハヤカワ文庫NV)

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