アメリカとイギリスを嘲笑うフランス人監督のブラック・コメディ〜映画『ムーン・ウォーカーズ』

■ムーン・ウォーカーズ (監督:アントワーヌ・バルドー=ジャケ 2015年フランス・ベルギー映画


アポロ11号月着陸映像は捏造だった!?」という陰謀論をコメディ仕立てで描いた作品『ムーン・ウォーカーズ 』、実のところ「いまさら『カプリコン1』の二番煎じ作ってどうするんだ?」としか思えず、とりあえず劇場はパス、レンタルが出たので適当に流し観することにした。するとこれが、予想の斜め上を行く面白さではないか。

時は1969年。アポロ11号月面探査計画に際し、計画失敗による世論の圧力を恐れたCIAが「あたかも計画が成功したように見える捏造映像」を作るため、腕利き諜報員キッドマン(ロン・パールマン)をイギリスに派遣する。『2001年宇宙の旅』を監督したスタンリー・キューブリックに捏造映像を制作させようというのだ。しかし手違いからその計画はダメバンドのマネージャー、ジョニー(ルパート・グリント)の手に渡り、月面着陸も近づき大慌てのキッドマンはそのままジョニーに映像を作らせてしまう。こうしてグダグダの捏造大作戦が始まってしまうが…といったもの。

グダグダの計画を描くこの映画、物語自体も実にしょーもない展開を見せてゆく。なにしろ出てくる連中がみんなバカかカスかクソ野郎ばかりで、観ていて速攻でうんざりさせられる。そんな連中ばかりだから、この物語で最も人の道を外れていると思われる諜報員キッドマンが、一番まともに見えてしまう程だ。物語のグダグダぶりは捏造映像制作を依頼された胡散臭い芸術家と与太者の寄せ集まったコミューンの登場でピークを迎える。60年代スィンギングロンドンとか言ってるが、ただただ野暮ったく悪趣味だ。おまけにCIAとイギリス人マフィアの血塗れ銃撃戦まで描かれる始末。これはいったいなんだ?

奇妙に思い調べてみたところ、なんとこの作品、フランス人監督によるフランス・ベルギー製作映画ではないか。ああなるほど、これでこの作品の意味が分かった。どういうことかというと、この映画はフランス人監督がアメリカの世紀の偉業をコキ下ろし、返す刀でイギリス人を嘲笑し、クライマックスでアメリカ人とイギリス人に殺し合わせてゲラゲラ笑い、最後にアメリカ人の文化って下品っすよねえ〜で〆るという、とんでもない作品だったのである。そもそもフランス人がアメリカの月面探査計画に関する陰謀を、しかもイギリスを舞台にして制作する、ということ自体が奇異ではないか。

イギリスとフランスには歴史上様々な確執があり、各々の国民感情もそれに比すものがあるという。イギリス人のフランス人嫌いはよく聞くが、その逆も当然あるだろう。さらにイギリス・フランス両国民にとってアメリカは歴史の浅い野蛮で下品な新興国家だというのは共通認識だろう。イギリス映画『キングスマン』において、イギリス人で固められた正義の側に対し、敵役が下品なアメリカ人と異形の姿をしたフランス人であった、というのにはそういう皮肉があった。これはイギリス人独特のシニシズムではあるが、フランス人はそれより多少ソフィスティケートされているから、同じ皮肉でもこの『ムーン・ウォーカーズ』はパッと見気付かないような皮肉になっている。一見イギリス人が洒落ていたり、アメリカ人が質実剛健に描かれていたりしても、実は微妙に嫌らしく茶化しているのだ。それがこの『ムーン・ウォーカーズ』だったのではないか。

ラストにおいても、アポロ月着陸成功を祝うアメリカの華々しく大々的なパレードが描かれはするが、そのセレモニーのあからさまな仰々しさとけばけばしさは、フランス人的な美意識からするなら田舎臭いものであったに違いない。そんなフランス人的な視点に立って、イギリス人のしみったれぶりと野暮ったさ、アメリカ人の野蛮さと下品さに注視してみるなら、映画『ムーン・ウォーカーズ』はまた違った見方ができて楽しいのではないかと思うのだ。


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