■レヴェナント:蘇えりし者 (監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ 2016年アメリカ映画)
■『レヴェナント:蘇えりし者』観てきた
『レヴェナント:蘇えりし者』観てきた。これは素直に良い映画だったなあ、としみじみ思えた作品だったで、とりあえず気になってる方は是非観に行くといい。
とはいえ、実は最初は、それほど惹かれなかった。ディカプリオもアカデミー賞もそんなに興味がないし、どこかの山奥で復讐劇といわれてもピンと来ないし、イニャリトゥの前作『バードマン』はつまらなかったし、なにより予告編の全編に渡る寒々しさとババッチさにちょっと引いてしまっていたのである。こう見えて意外と潔癖症のオレなのである。ただ、相方さんが観たいというのでつきあいのつもりぐらいで観に行ったのだ。そうしたらこの面白さだ。相方さん誘ってくれてありがとう。
■過酷な状況の中を生き延びるというサバイバル劇
劇場に行き、映画が始まったものの、舞台も時代設定も知らなかったので、西部開拓時代と知ってびっくりした。物語はこの時代の、まだまだ未開拓地である真冬のミズーリ川沿いが舞台となる。ここに毛皮ハンターの一団がいて、主人公ヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)と彼の息子ホーク(フォレスト・グッドラック)はそのガイドをしている。ちなみにホークは先住民族との間に出来た子供で、その母でホークの妻でもある女性は開拓団によって殺されたという経緯があるらしい。そしてそこに先住民族の襲撃があり、ハンター一行とグラス親子は命からがら逃げ延びる。しかしその道程でグラスは熊に襲われ瀕死の重症を負い、足手まといと考えたフィッツジェラルド(トム・ハーディー)がホークを殺しグラスを置き去りにするが、奇跡的に生き延びたグラスがフィッツジェラルドに復讐するため追跡を開始する、というのがこの物語だ。
なによりよかったのは、まず「過酷な状況の中を生き延びる」というサバイバル劇であるということだ。満身創痍の肉体、厳寒の大地、先住民族の追撃、これら極限状態の中で主人公は生き延びねばならない。しかもそんな状況にありながら、この物語が逃走劇ではなく追跡劇である、という部分が物語を面白くしている。主人公は過酷な状況の中を生き延びながらも仇敵を追い詰め、これを討たねばならないのだ。これにより物語がさらなる過酷さを増すのだ。さらに舞台となる雪に覆われた未開の大地が荒々しくもまた圧倒的な美しさで描かれる。人を拒むその厳しさは、神々しくさえ目に映る。こんな自然を背景に、時折イニャリトゥらしい幻想的なカットが挟まれる。これは元々この大地の所有者であった、先住民族たちのスピリチュアルなオーラを感じさせる。
■『マッドマックス 怒りのデスロード』との共通性
この映画を観ていて、オレはあの『マッドマックス 怒りのデスロード』をどうしようもなく思い出してしまった。文明の痕跡すらない過酷な荒野で、たった一つの目的を持った主人公が、死と隣り合わせの追跡/逃走劇を繰り広げる。物語の構造が至ってシンプルなのだ。ここには【生きることへの希求】と、【敵を討つ】という目的が、究極的に存在しているだけなのだ。と同時に『レヴェナント』と『マッドマックスFR』は、そのシンプルな構造の中に要所要所で忘れ難いエピソードを巧みに盛り込む。それによって主人公の【生の輪郭】を鮮やかに浮き上がらせてゆく。その強烈な【生の輪郭】を体感することこそが、この二つの映画作品の大いなる魅力となっているのだ。
さらに『マッドマックスFR』との関連性を感じたのは『レヴェナント』の持つ抽象性とそれによってもたらされる神話性だ。「情念を抱えた主人公」が「過酷な環境」において「死を賭けた追撃」を展開するというこの物語の構造は、どの時代の、どの場所ですら可能である。いってみればSF作品であっても構わない。この物語の舞台となる冬のミズーリ河畔、その人を拒む異界めいた絶景は、その抽象性をさらに高めることになる。そして抽象化された舞台の中で繰り広げられ、物語られるのは、人にもたらされた試練と、それを乗り越えるための冒険なのだ。これは神話構造そのものではないか。先住民族のスピリチュアルな存在感と、イニャリトゥの幻想的なカットが、その神話性をさらに高めることになる。
■キリスト教的世界観と非キリスト教的世界観の対立
もうひとつ『レヴェナント』から感じたのはキリスト教的世界観と非キリスト教的世界観の対立である。新大陸アメリカの植民者はヨーロッパにおける宗教的迫害を逃れた宗教的移民でもあった。その彼らが先住民を迫害したのは先住民が異教徒であったからだ。『レヴェナント』における宗教性はその「契約」という概念にも現れる。よこしまなフランス人ですら異教徒である先住民と「契約」によって結ばれる。毛皮ハンターたちは「契約」によって縛られ、グラスの保護にあたったものは「契約」によって割増金を貰う。そもそも「契約」とは人と神の成すものであり、だからこそキリスト教社会である欧米は「契約」を最大限に重んじる。
一方、そのフィッツジェラルドはその「契約」を反故にする。だからこそ彼はグラスによって罰を受ける。しかし「復讐するは我にあり(旧約聖書レビ記19・18)」の言葉どおり、本来罪への罰を下すのは神の役割だ。ではグラスは神なのか。しかし先住民と婚姻しその子をもうけたグラスの立ち位置はむしろ先住民側にあったのではないか。すなわち非キリスト者的な立場である。ここには非キリスト者がキリスト教の教義においてキリスト者に復讐するという奇妙なねじれを感じる。
確かにグラスのフィッツジェラルドへの復讐を「神の意志」にゆだねようとするシーンもある。崩れた教会の中でグラスが神秘体験に遭遇するといったシーンもある。これはグラスがある種の"神性"に触れたということなのだろう。だがしかし、その「神」は誰を指していたのか。それはキリスト教の神か、それとも先住民たちの神だったのか。それはグラスがその復讐の道程において出会った様々なスピリチュアルな体験が示唆している。すなわちこの作品にはキリスト教的世界観とはまた別個の神の存在、グラスら毛皮ハンターたちの彷徨った神秘なるロッキー山脈におわす神々の意思を描いた作品だということもできるのである。
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