メイド・イン・イングランドの狂気〜映画『キングスマン』

キングスマン (監督:マシュー・ヴォーン 2015年イギリス映画)


どの国にもその国なりの狂気の在り方があると思うが、こと映像媒体で観るならやはりアメリカとイギリスの狂気の在り方は抜きん出ていて目を見張らせるものがある。そしてこの両者を比べるなら、アメリカはエクストリームな狂気、対してイギリスはシニシズムな狂気ということができるだろう。もう少し判り易く言うならアメリカは肉体派のキチガイであり、イギリスは頭脳派のキチガイであるということである。そしてそれぞれの狂気の根っこにあるのは、アメリカなら未熟で新しい国の【野蛮さ】に根ざしたものであり、イギリスなら近世から近代にかけて歴史の上で散々行ってきた残虐を極める蛮行の末の【こじらせまくった結果】であるんじゃないかとオレなんかは思う。

キングスマン』はコミック原作のスパイ・アクション映画である。「キングスマン」なるイギリスの秘密諜報部があって、そのエキスパートが若者をリクルートし、その若者は過酷な訓練の末に栄えある諜報員となる。それと同時進行して世界規模の破滅を願う悪の首領というのが登場し、「キングスマン」たちはその陰謀を阻止するべく行動を開始する、というのがざっくりしたプロットだ。『007』や『ミッション・インポッシブル』あたりを髣髴させる派手で見栄えのするエンターティンメントを主軸としたスパイ・アクションであり、同時に『ジョニー・イングリッシュ』や『ゲット・スマート』を髣髴させるコミカルなスパイ映画の要素も加味されている。当然だが『裏切りのサーカス』に代表されるル・カレ作品的なシリアスなエスピオナージュ物では決してない。

物語はこれら過去のエンターティンメント・スパイ作品を踏襲し、それらの作品の小ネタなどを交えながら、定番のスパイ・ドラマとして展開してゆく。過去作品と比べて新機軸であろうと思われるのは若者の成長を描くビルドゥングス・ロマン的な側面であり、その展開に多くの時間が割かれているといった部分であろうか。それと同時に「キングスマン」本拠地であるイギリスの、その大英帝国的なスタイリッシュさが、半ば戯画的に描かれている部分も楽しませる要素となっている。観ていてそれなりに飽きさせず、面白く出来た作品ではあるが、世界を破滅に導く巨大な陰謀、スパイ秘密兵器、超人的なアクション、滑稽で凶悪な悪役など、そのどれもがスパイ・ドラマとして「紋切り型」であり、前述のビルドゥングス・ロマン的な側面を抜かせばドラマとしての新鮮味に乏しいかもしれない。

だが、この作品は、後半において突如【乱調】する。どういったものかは書かないが、なにしろ、突然、【狂う】のである。これを「度が過ぎている」と取るか「ギャハハおもしれえもっとやれ」と取るかでこの作品の評価が分かれるのだと思うが、少なくともオレはこの「狂いっぷり」で一気にこの作品の評価を上げた。そしてこの「狂いっぷり」こそが、監督が「紋切り型」を廃するためにこの作品に持ち込みたかったカラーなのだろうと思う。そもそもこの狂気の在り方は、物語冒頭の著しく馬鹿馬鹿しい肉体破損の描写で予兆があったではないか。監督はこの「馬鹿馬鹿しさ」を早く画面の中に表出させたくてウズウズしていたことだろう。

この【乱調】と【狂気】に通底するのは、徹底したシニシズムである。そしてエスタブリッシュメントを地獄の底に叩き落そうとする階級闘争の表出である。これはもう、「モンティ・パイソン」を引き合いに出したくなるような、見事に【イギリス的な狂気】を具現化したものではないか。観るまでは意識していなかったが、調べると製作国はイギリス、監督マシュー・ボーンはイギリス生まれ、原作者マーク・ミラーはスコットランド生まれ、出演者もコリン・ファースマイケル・ケインタロン・エガートンマーク・ストロング、ソフィ・クックソンと「キングスマン」一派は見事にイギリス人で固められており、対する敵役ヴァレンタインを演じるサミュエル・L・ジャクソンはアフロ・アメリカン、「ガゼル」ことソフィア・ブテラはフランス人と、これもイギリス流の皮肉なのかと思わせる配役で成り立っているのである(イギリス人にとってアメリカ人は「単純な成り上がり者」。一方フランス人は「いけすかない気取り屋」)。

イギリス製作でイギリス諜報部を主人公とした物語であるからそれは当然と思われるかもしれない。だがしかし、かつてイギリス人作家キリル・ボンフィリオリ原作である『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』がアメリカ人監督とアメリカ人配役で製作された際に、原作が持っていたであろうイギリスらしい湿り気の多いシニカルさやブラックな風合いを持つ物語テイストがアメリカ人製作者により見事に無味乾燥で薄っぺらいものに様変わりさせられていたことを考えると、イギリス人の【狂気】は、やはりイギリス人でなければ描ききれないことが判るし、またイギリス人であるからこそ、黙っていても【こじらせまくった結果】としての【狂気】が否応なくじわじわと染み出してくるといえるのではないか。

そういった意味で、この『キングスマン』はスパイ・アクションを楽しむ作品であると同時に、「メイド・イン・イングランドの狂気」をしみじみと味わう作品として観るならば、別の楽しみ方が生まれるのではないかと思う。


Kingsman: The Secret Service

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