ジョン・ル・カレ・スパイ小説の総括ともいえる長編『スパイたちの遺産』

■スパイたちの遺産/ジョン・ル・カレ

スパイたちの遺産 (早川書房)

スマイリーの愛弟子として幾多の諜報戦を戦ってきたピーター・ギラムは、老齢となり、フランスの片田舎で引退生活を送っていた。ある日、彼は英国情報部から呼び出され、警くべきことを知らされる。冷戦のさなか、“ウィンドフォール”作戦の任務についていた英国情報部員アレック・リーマスは、その恋人エリザベスとともに、ベルリンの壁東ドイツ側に射殺された。そのリーマスの息子とエリザベスの娘が、親の死亡した原因は英国情報部にあるとして訴訟を起こそうとしているというのだ。ギラムとスマイリーの責任も問う構えだという。現情報部は“ウィンドフォール”作戦について調べようとしたが、資料は消えていた。スマイリーの行方も杳として知れない。厳しい追及を受け、ギラムはやむなく隠した資料を引き渡すが…。やがて明かされる衝撃の事実とは?そして、訴訟の行方は?魅惑的な設定で描く『寒い国から帰ってきたスパイ』『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の続篇!

スパイ小説界の重鎮、ジョン・ル・カレは割と好きな作家である。 最初に読んだのはアラブ爆弾テロ組織を追う『リトル・ドラマー・ガール』だったが、その重厚で緻密な描写、そして透徹したストーリーにガツンとやられてしまった。以後作品を遡り、「スマイリー三部作」を中心とした作品を読み続けるようになった。

ル・カレ作品は単純に言うなら「スパイ小説」なのだけれども、それは007的な胸のすくアクションを描くのではなく、冷戦構造の只中で任務を遂行する諜報員たちの、「誰も何一つも信じられない」という異様なまでのパラノイアックな状況を描く物語だった。この異様さが、東西冷戦という政治状況とも、スパイという特殊な職業とも離れ、現代社会を生きる人々の、ひとつの業病ともいえる心理状況と酷似していたからこそ、ル・カレ作品は多くの人の支持を集めたのではないかと思う。

とはいえ、そんなル・カレ小説も、彼の小説のもうひとつ顕著な特徴でもある晦渋な展開の在り方に疲れてあまり読まなくなってしまっていた。冒頭から雲を掴むような曖昧模糊とした状況が続き、何が正しく間違っているのか分からない宙ぶらりんとなった精神状態で読み進めなければならないのだ(とはいえまさしくそれが「諜報」という世界の実態を表現しているのだが)。ただしその冒頭さえ我慢すれば真相が明らかになる後半へ雪崩れ込むカタルシスは素晴らしいんだけどね。

そのル・カレの今のところの最新作がこの『スパイたちの遺産』である。なんでもル・カレの出世作『寒い国から帰って来たスパイ』と映画『裏切りのサーカス』原作でもある『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』の後日譚を描くものらしい。『寒い国から~』が1963年作、『ティンカー~』が1974年作であることを考えると、2017年作であるこの『スパイたちの遺産』は50年近くを経て書かれた後日譚という事になるのだ。なんという気の長さというか揺るぎなさというか、確かにル・カレらしいかもしれない。

とはいえ、『寒い国から~』も『ティンカー~』もオレは読んではいるが、それも数十年前の話だ。『ティンカー~』こそ映画化作品を数年前観ているが、『寒い国から~』ともなると粗筋などまるで忘れている。熱狂的なル・カレ・ファンは「前2作を読み直してから読もう」などとも言うが、オレにはそんな時間的体力的な余裕がない。という訳で前2作の記憶が殆ど無いまま読み始めたが、これが意外と問題なく読み進められたばかりか、なんと今作ではル・カレ小説であるにもかかわらず冒頭からスルスルと物語が頭に入って来た。

『スパイたちの遺産』は『寒い国から~』において犠牲となった諜報員の遺族が当時の作戦実行者を相手取り訴訟をほのめかす、という物語である。主人公は『ティンカー~』に登場し、現在英国情報部を退職しているピーター・ギラム。彼は法務省職員から当時の作戦の実態を明らかにせよ、と尋問を受けるのだ。

ここで描かれるのは「戦後処理」という問題である。冷戦構造の中で自らの属する国家と組織の為に冷徹な作戦を指揮し実行していた諜報部員が、冷戦終結後の世相の中情報開示を求められ、現代の実相に照らすならあまりに非人間的だったその作戦の顛末を追及されるというわけなのだ。すなわちタイトル『スパイたちの遺産』とは、冷戦構造が生んだ「負の遺産」ということなのだ。同時にこれは、当時と現代との、「政治的公正さ」の在り方の変化、つまりは時代の変化を描いたものでもあるだろう。個人を飲み込み犠牲にしながら存続してきた国家というものの在り方に(半ば自己反省的に)言及しようとしているのが本作なのだ。

こうして物語は主人公ギラムの回想の形で、『寒い国から~』の作戦の裏側で動いていた諜報員たちの活動、さらにギラムが関わったもう一つの作戦の顛末とが明らかにされてゆく。ここで知ることが出来るのは、冷徹で非人間的な作戦を遂行しながら、その中で心を引き潰されてゆく諜報員たちの人間的要素だ。彼らは国家のため、そしてその庇護にある国民のため、諜報員という”汚れ仕事”をこなし続けてきたが、冷戦構造終結後にその大義が揺らいだ時、彼らの胸に去来するのはどんな思いなのか、ということだ。クライマックスにおけるジョージ・スマイリーのこの言葉が、あまりにも痛く突き刺さってくる。

「われわれは無慈悲だったのではない、ピーター。無慈悲だったことは一度もない。むしろ大きな慈悲の心を持っていたのだが、おそらくそれを向ける先をまちがえた。無駄な努力だったのは確かだ。いまはそれがわかる。当時はわからなかった」

「無駄な努力」であったことを認めざるを得ない、その虚無。平和の名のもとに様々なものを犠牲にし尽くしてきたことへの後悔。こうして『スパイたちの遺産』はル・カレ・スパイ小説の総括であり終章ともいえる哀切に満ちた作品として完成していたのだ。

スパイたちの遺産 (ハヤカワ文庫NV)

スパイたちの遺産 (ハヤカワ文庫NV)

 
スパイたちの遺産 (早川書房)

スパイたちの遺産 (早川書房)