『アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション』を読んだ

アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション/岸本佐知子(訳)、柴田元幸(訳)

アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション

翻訳家・岸本佐知子柴田元幸が贈る、海外短篇小説アンソロジー。 日本にまだあまり紹介されていない英語圏の8作家による10篇を精選。 対談「競訳余話」も収録。

翻訳家・岸本佐知子氏はオレが最高に気にいっている翻訳家の一人で、彼女の名前が翻訳者にあったらジャケ買いならぬ翻訳者買いで本を購入してしまうほどだ。岸本氏は「奇妙な味」の短編翻訳に強く、そしてオレもこの「奇妙な味」の作品が好きなので、それで親近感がわくのだろう。それとオレは絵本作家ショーン・タンの著作が好きなのだが、このショーン・タンの多くの作品に彼女が関わっているという部分で、やはり彼女を贔屓にしてしまうのだ。

その岸本氏が「自分の好きな短編小説をほしいままに訳出した短編集」が出たというからこれは大いに興味をそそられるではないか。共訳者として名前が挙がっているのは柴田元幸氏。岸本氏ほど強烈に思い入れは無いものの(スイマセン)、翻訳書を調べるとエリック・マコーマックの『雲』やドン・デリーロの『天使エスメラルダ 9つの物語』などかつて読んで非常に印象に残った作品を見つけ、「これは柴田氏によるものだったのか!」と身を乗り出してしまった。

というわけで岸本氏、柴田氏という「文学界の端っこの変なところ」を偏愛する二人の翻訳者が発見し翻訳した、8人の現代英語圏文学作家の作品を収めたのがこの『アホウドリの迷信』となる。翻訳の基準は日本で全く、あるいは殆ど紹介されていない現代作家の作品を訳出するということ、そして当然だが両氏が「これは面白い!」と感じた作品であるということだ。もちろんこんな両氏が面白いと感じ訳出した作品はどれも「奇妙な味」の作品が中心となる。

ではザクザクッ!と作品を紹介しよう。まずは岸本佐知子訳のもの。「オール女子フットボールチーム」は女子フットボールチームのチアリーダーに選出された男子が、最初は不貞腐れながら次第に女装することの歓喜と法悦に随喜の涙を流すというビザールな逸品。彼の父親も女装好きというトドメの刺し方が素晴らしい。アホウドリの迷信」は望まない妊娠で結婚した少女が迷信好きのつれない旦那に辟易しながらその迷信に次第に憑りつかれてゆくという奇妙な作品。「野良のミルク」「名簿」「あなたがわたしの母親ですか?」は同じ作家の短編だがどれもシュールレアリスム文学といっていい幻惑的な言語感覚に満ちたやはりおかしな作品。一方「引力」池澤夏樹編集の海外短編作品集に収められてもおかしくない力強い文学作だ。

続いて柴田元幸訳作品。「大きな赤いスーツケースを持った女の子」考えオチ的な結末はどこか迷宮めいていて読み終わった後に気持ちがざわざわした。「足の悪い人にはそれぞれの歩き方がある」は物語それ自体よりも文章にカンマを一切使わずゴリゴリゴリ!と書かれた文体の異様さに面食らわされる。「アガタの機械」は二人の少女がある種の「幻惑機械」の虜になり、あたかも薬物中毒患者のように心も生活もボロボロになってゆくという面妖な物語。しかしこれは「10代の熱狂」と呼ばれるものを徹底的にネガティヴに描いた作品だと言えるかもしれない。二人の少女の下品さがまたいい。「最後の夜」は自殺願望者の治療センターに入所している少女たちが迎える「最後の夜」をヴィヴィッドに描いた文学作。少女たちの抱える鮮烈な心情がいつまでも心に残る作品だった。

個人的にお気に入りだったのは「オール女子フットボールチーム」「アガタの機械」かな。なお本短編集には幕間的に岸本・柴田両氏の「競訳余話」が収められ、それぞれが訳した短編への思い入れが語られていて、作品解題になると同時に両氏の「奇妙な味」の作品への偏愛が吐露されていて読んでいて楽しい。ここでも触れられているが、本短編集収録の作品のほとんどが女性作家のものであり、そういった経緯についても説明されていて参考になる。そういえばオレもここ最近読んだ「奇妙な味」の作家は女性ばかりだったからだ。

収録作品

岸本佐知子

「オール女子フットボールチーム」ルイス・ノーダン

アホウドリの迷信」デイジー・ジョンソン

「野良のミルク」「名簿」「あなたがわたしの母親ですか?」サブリナ・オラ・マーク

「引力」リディア・ユクナヴィッチ

柴田元幸

「大きな赤いスーツケースを持った女の子」レイチェル・クシュナー

「足の悪い人にはそれぞれの歩き方がある」アン・クイン

「アガタの機械」カミラ・グルドーヴァ

「最後の夜」ローラ・ヴァン・デン・バーグ