スパニッシュ・ホラー文芸作家の描く終わりなき不安『兎の島』

兎の島/エルビラ・ナバロ(著)、宮﨑真紀(訳)

兎の島

 川の中洲で共食いを繰り返す異常繁殖した白兎たち、 耳から生えてきた肢に身体を乗っ取られた作家、 レストランで供される怪しい肉料理と太古の絶滅動物の目撃譚、 死んだ母親から届いたフェイスブックの友達申請…… 今、世界の文芸シーンでブームの渦中にある〈スパニッシュ・ホラー〉の旗手による、11篇の鮮烈な迷宮的悪夢が本邦初上陸!!!

最近ちょっとだけ幻想文学熱が高まっており、手に取ってみたのが「現代スパニッシュ・ホラー文芸作家」と呼ばれるエルビラ・ナバロの短編集『兎の島』である。〈スパニッシュ・ホラー文芸〉というムーブメントのことは全く知らなかったのだが、現在スペイン語圏では女流ホラー作家がブームになっているのだという。スペインというのも男権の強い国らしく、こういった国で社会的に顧みられない女性たちの現実への不安や恐怖がホラー作品として現れているのかもしれない。

さてナバロの描く作品は、ホラーというよりも幻想譚に近い、不条理さとうすら寒さの横溢する物語が並ぶ。それはこの現実の位相が数センチずれたような、見知っているようでどこか違う、居心地の悪い嫌らしさを感じさせるのだ。そして描かれるどの物語も、奇妙な不快感を残しながら、結末らしい結末を描くことなく唐突に終わる。それはすなわちこれらの物語の描く不安が、物語というくくりの中で終わるものではないことを表しているのだろうか。

例えば『ストリキニーネ』は耳たぶに足の生えた女の物語だ。『兎の島』では小さな島に持ち込まれ繁殖した兎が共食いを始める。『後戻り』では部屋にプカリと浮かぶ老婆が唐突に現れる。『最上階の部屋』では他人の夢を見てしまう女が登場する。『メモリアル』は死んだはずの母のフェイスブックが更新されるという話。どれも作中で不条理な事件が起こるが、「オチ」という形で結末が収拾されることは決してない。それはただそこにあり、そしてそこに居続けるのだ。

ナバロのインスピレーションの在り方が最も分かり易いのは『歯茎』だろう。形式によらない仮初の結婚を挙げたカップルがバカンスに出掛けるが、そこで男の歯茎に異変が起こる。そして執拗に描かれるカサガイを食べる描写。これなどは婚姻に対する不満、伴侶に対する不安、バカンスへの疲労感を位相を変えて描いたものだろう。カサガイは伴侶の腐った歯茎のメタファーであり、それは既に感じている伴侶への嫌悪と諦めを表したものなのだろう。こうしてナバロは現実世界を異界に投げ込み終わりなき不安を書き記すのだ。