スティーヴン・キングの新作ホラー小説『心霊電流』を読んだ

■心霊電流(上)(下) / スティーヴン・キング

心霊電流 上 (文春e-book) 心霊電流 下 (文春e-book)

途方もない悲しみが、若き牧師の心を引き裂いた―6歳の僕の前にあらわれたジェイコブス師。神を呪う説教を執り行ったのち、彼は町から出て行った。しかしその後も僕は、あの牧師と何度も再会することになる。かつては電気仕掛けのキリスト像を無邪気に製作していた牧師は、会うたびごとに名前を変え、「聖なる電気」なるものを操る教祖にのぼりつめる。少年小説であり青春小説である前半を経て、得体の知れぬ恐怖が徐々に滲み出す。忌まわしい予感が少しずつ高まる中、あなたは後戻りのきかない破滅と恐怖への坂道を走りはじめる。

ホラー小説界の暗黒皇帝、スティーヴン・キングの新作が翻訳されたというんで早速読んでみたのである。タイトルは『心霊電流』、キングらしからぬおどろおどろしいタイトルだが原題は『Revival(復活)』というシンプルで含みのあるもの。今回はちょいネタバレもあるので要注意。

それにしてもなあ、リリースペース早くないか?ファンとしては大変喜ばしいが、前作『任務の終り』が翻訳されたのは去年の9月だぞ?実際の所この『心霊電流』が発表されたのは2014年、『ドクター・スリープ』の翌年で『ミスター・メルセデス』と同年の発表ということになるのらしい。つまりこの作品の後が「ビル・ホッジス三部作」ということになるんだね。いやあキング、書きまくってるなあ、衰え知らずだなあ(もう71歳ですってよ)。

という訳で「最近のキングでは相当コワイ部類に入るホラー」と評判のこの『心霊電流』なんだが、読み終わってみるとだなー、あ~、う~ん、う~ん……。

物語の舞台は例によってキングらしい素朴など田舎だ。ここで子供時代の主人公ジェイミーが最近赴任してきた牧師ジェイコブスと知り合うんだが、ある悲しい事件により彼は町を去ることになってしまう。その後ジェイミーは成長しミュージシャンとして生活しているが、ドラッグに溺れてボロボロの毎日を過ごしている。そんなある日ジェイミーはジェイコブスと再会するんだが、ジェイコブスは牧師を辞め、なにやら怪しげな見世物をしている。さらにジェイコブスは伝道師となり心霊治療により膨大な信者を集めるようになっていくが……というお話。

この『心霊電流』、物語が始まってから暫くずっとホラーっぽい超常現象は何も描かれない。正直上巻では全く描かれないと言っていい。じゃあなにが描かれるのかというと主人公ジェイミーの成長の様子だけだ。素朴など田舎での家族に囲まれたそこそこに幸福な子供時代、ミュージシャンを目指しあちこちで成功をおさめ憧れの少女と恋に落ちる青年時代、そして音楽を生業としながらドラッグに溺れずたずたの毎日を送る成人してからのジェイミー、といった具合だ。

これらはひとつの甘酸っぱい青春物語として読め、実の所決して悪くない。ホラーテイストを挿入せずこのまま普通小説として終わってもそれなりに楽しめるだろう。ストーリーテラーとしてのキングの面目躍如といった感じだ。ただやはりホラーであるという売り込みのこの小説、この後何かあるんじゃないか、何か起こるんじゃないか、と固唾を飲んで読み進めることになるし、終盤のホラー展開をにおわす伏線が幾つも張られているのを見て取ることもできる。

この構造はキングが2013年に発表した『ジョイランド』ととてもよく似ている。やはり若者の青春譚として描かれるこの物語は、青春譚らしい甘くほろ苦い展開を迎えつつ、クライマックスに於いてじわりと昏く妖しい世界へと足を踏み入れる。言ってしまえばこの『心霊電流』は『ジョイランド』を別の着想によりさらに書き込みを加えたデラックス版という事もできるかもしれない。また、ホラー展開とは別の部分のストーリーの充実のさせ方は『11/22/63』にも通じるものを感じた。

とはいえこの「普通小説展開」は下巻に移ってもまだまだ続いていく。まあ元牧師ジェイコブスが「電気を使った心霊治療」により教祖様に上り詰める、といった展開はその後の大波乱に結びつくのだろうなと容易に想像できるが、イカサマ心霊治療ごときでは特にホラーでもないし怖くもない。確かに「新興宗教伝道師」とか「心霊治療」とかいったモチーフはキング小説としては珍しいものではあるが、かといってそれがおどろおどろしい邪悪さをそれほど感じさせるものではないのだ。

で、結局このお話をどこに着地させるつもりなんだよ、とやきもきして読んでいたのだが、多分それは物語冒頭の「ある悲しい事件」に結びつくんだろうなあ、ということは想像できる。ってことはこの物語、「(ネタバレ回避)」なの?アレの使いまわしなの?とちょっと嫌な予感がしたがそこはキング、流石に使いまわしはしていなかった。じゃあどこへ向かうのか、というと小説冒頭の献辞に並べられていたさまざまなホラー作家のアレやアレの作品へのオマージュ的なものであることが後半あたりから伝わってくる。

しかしだ、それでもやっぱり少しも怖くないんだよ。インチキ伝道師の悲しく狂った情念の物語であることは分かるんだが、そこに持ち込まれる超常現象的要素とか説明が取って付けたような薄さで、狂気それ自体が暗黒のドツボまで堕ち切った禍々しさにまで到達していないんだよな。それは伝道師となったジェイコブスが間違った道に進んだ哀れな人物でありはすれ、どこか同情の余地もある人物で、理解不能なまでに邪悪で非人間的なキャラクターとしては描かれていないということがあるんだよな。その部分で物語に凄みを与える事ができなかったんじゃないかな。

でさあ、やっぱ物語の核心に辿り着くクライマックスが、結局のところ「(ネタバレ回避)」でしたあってのは、相当シラケちゃったんだよな。後半に辿り着くまでの物語のサスペンス要素はディーン・クーンツ作品『(ネタバレ回避)』に通じるものがあるが、サスペンスそのものに関してはクーンツ作品のほうに軍配が上がると思ったなあ。あと何十年も経ってるのに主人公が「初恋の人がー」とかやってるのって、それ随分希薄すぎる人生って言うかそもそもこういった構成の在り方が希薄すぎないかなあ。

そんなわけで「普通小説にホラー要素を持ち込んだ作品」を作ろうとしてなんか煮え切らないお話になってしまったなあ、というのが正直な感想。まあこのぐらいのクオリティでも全然読めないことも無いし、例によって相当に読み易く飛ぶように読んでしまったので、退屈な読書体験ってものでもないのだが、キングも年取ったし大人しくなったんだろうなあという気はした。最近割と「ハズレ」が多いし。とはいえこの『心霊電流』の後に傑作だった『任務の終り』を書いてるんだよね。まあまあ今後も新作出たら読み続けるんで、体に気をつけて執筆活動続けて欲しいな。

心霊電流 上

心霊電流 上

 
心霊電流 下

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ジョイランド (文春文庫)

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