■任務の終り(上)(下)/スティーヴン・キング
6年前に暴走車を駆って大量殺人を犯した男、ブレイディは、いま脳神経科クリニックに入院していた。第二の事件を起こす直前で捕らえられたブレイディは、その際に脳に負った重傷による後遺症で、意思疎通も困難な状態にあった。だが、その周囲で怪事が頻々と発生する。看護師、師長、主治医……いったい何が起きているのか?
一方、相棒のホリーとともに探偵社を営む退職刑事ホッジズのもとに、現役時代にコンビを組んでいたハントリー刑事から、ある事件の現場に来てほしいという連絡が入った。事件は無理心中だった。6年前に起きた暴走車による大量殺傷事件で重篤な後遺症を負った娘を、母親が殺害後に自殺したものとみられた。だがホッジズとホリーは現場に違和感を感じる。やがてふたりは少し前にも6年前の事件の生存者が心中していたことを突き止める。これは単なる偶然なのか?
傑作『ミスター・メルセデス』でホッジズと死闘を演じた〝メルセデス・キラー〟が、いま静かに動き出す。恐怖の帝王がミステリーに挑んだ三部作完結編、得体の知れぬ悪意が不気味な胎動をはじめる前半戦がここに開始される!
”ホラー小説の帝王”スティーヴン・キングが自らの独壇場であるホラー・ジャンルから離れ、果敢にもミステリー小説に挑戦した”退職警官ホッジズ”シリーズ3部作の第3弾にして最終章の登場である。
第1弾である『ミスター・メルセデス』ではメルセデス・ベンツを奪い大量殺戮を起こし、さらなる大量殺人を計画するサイコキラーを退職警官ホッジズが追う姿が描かれた。
第2弾『ファインダーズ・キーパーズ』では殺された有名作家の現金と未発表原稿を巡る凶悪犯罪を解決すべくホッジズとその仲間たちが奔走した。
第3弾であるこの『任務の終り』では、『ミスター・メルセデス』における真犯人であり現在植物人間と化した男ブレイディを再び登場し、強力な悪の力でもってホッジズと仲間たちを翻弄するのである。
そして第1弾、第2弾とミステリー小説の体裁をとってきたこのシリーズ、この第3弾ではなんとキング十八番のホラー小説ジャンルに立ち返り、全てのキング・ファンが狂喜乱舞する死と暗黒に彩られた恐怖世界を創出するのだ。
個人的に言うなら、シリーズ1作目2作目はあまり楽しめなかったのが正直なところだ。完成度というよりも自分の趣味に合わなかったという事なのだろう。ところが、第2作『ファインダーズ・キーパーズ』のラストにおいて、キングは突如超常の世界の胎芽を挿入し、3作目のホラー展開を予感させた。読んでいたオレもここで腰を抜かし、「どうなってしまうんだあああ!?」と期待に舞い上がりまくっていた。
そして遂に、情け容赦無くホラー展開を迎える『任務の終り』登場である。これが、もう、1、2作目が単なる助走、単なる肩慣らしとしか思えないほどの、最高に面白いホラー作品だった!!キングほど長いキャリアを持つ作家だと代表作も大傑作も数々存在するのだが、こと近年の作品で言うなら、あの超名作『11/22/63』と並び比すほどの大傑作として完成していたと思う。
まず特記すべきは作中の生き生きとした登場人物描写であり、彼らの抱える痛みや苦悩が身に迫るほど読む者に伝わってくるという部分だろう。
なによりまず主人公ホッジズは末期癌を患っており、病の苦痛と死の不安に文字通り満身創痍になりながら事件を追おうとする(死期の近付いた主人公、なんてのはキングの『夢遊病』を思わせる)。そして彼の業務パートナーであるホリーの存在だ。鋭敏な知性を持ちながら社会に馴染むことが出来ず、労苦に満ちた人生を歩む彼女に明光をもたらしたのがホッジズだった。そのホッジズが死病に冒されていることを知った彼女の悲痛な思いが読む者の胸に迫る。
ホッジズとホリーは親子ほども年が離れており、恋愛感情はとりあえず描かれない。しかし、二人のパートナーシップは魂の双子の如き強力なものだ。この「恋愛感情ではなく魂の部分で共感しあう強力なパートナーシップ」の在り方が物語に独特の面白さと胸の張り裂けそうな哀切をもたらしているのだ。また、この「魂のパートナーシップ」という部分は、キングによる『シャイニング』続編、『ドクター・スリープ』の主人公ダンと超能力少女アブラに通じるものを感じた。この二人を追い詰めるのが植物状態のサイコキラー、ブレイディだ。ブレイディは植物状態ではあるが、 担当医師の実験薬物の投薬と思われる理由から超能力を獲得するのである。サイコキネシスから始まる彼の超能力は、ゲーム機器を通じて相手の意識を乗っ取り意のままに操る能力へと強大化する。これによりブレイディはベッドに横たわりながら次なる大量殺戮の計画を進行してゆくのだ。ちなみにこの「薬物投薬による超能力獲得」という部分はキングの初期名作『ファイヤースターター』を思わせるし、ICガジェットによる人格乗っ取りという部分は映画化もされた『セル』を思い起こさせる部分がある。そして今回のこのブレイディ、「単なるこじらせ野郎が駄々こねてる」だけでしかなかった『ミスター・メルセデス』のキャラクターから遥かに凶悪なサイコキラーへと進化しており、その歪みきった狂気は「暗示による自殺者大量生産」という形で再び世界に恐怖をもたらそうとするのだ。
さて今回キングは再びホラー小説ジャンルへと立ち返ってきたわけだが、しかしミステリーとして書かれたシリーズ1,2作の在り方を帳消しにした訳では決して無いとも思えた。それは登場人物たちの行動・行為を結果から遡りフラッシュバックの形で逐一きちんと説明している部分に感じたのだ。
超常現象の渦巻くホラー作品なら出来事の細かな理由付けや説明はホラーとしての興を削ぐが、この作品ではミステリーとして始まったシリーズであることからか端折ったり想像に任せたりする部分が皆無なのだ。この辺にキングの作家としての律義さと筋の通し方を感じたし、また、ミステリーを書いたことによるキングの新たな筆致の獲得とも取れた。さらに言ってしまえば、フラッシュバックの汎用は物語のスピード感を削ぐことが多いが、キングの文章ではフラッシュバックの挿入タイミングが「今丁度それを知りたかった!」と思わせるほど絶妙であり、当然物語の流れを滞留させることなど皆無で、この辺りの技巧の確かさは流石天下のベストセラー作家だと思わせるのだ。
また、物語内ではアクション映画を思わせる大立ち回りもあり、一瞬「主人公、カウボーイだよ……」とすら思わされた。死期を悟った主人公のニヒルな言動はハードボイルドだし、この辺りにもミステリー小説の片鱗は見え隠れするんだよな。
こうして超常能力を獲得したサイコキラー・ブレイディと病魔に侵された退職警官ホッジズとの最終決戦へとなだれ込むのだが、クライマックスに関わるから余り書けないけどこのシチュエーションはキングの超傑作『シャイニング』だろ……と誰もが思うだろう。このように『任務の終り』はキング傑作ホラー小説のあらゆる断片を散りばめながらも、シリーズのミステリー要素をしっかり背骨に兼ね備えることにより、これまでの数々の傑作とはまた違う味わいを持つ新たな名作として完成しているのだ。
という訳でキング・ファン必読の名著であることは確実なのだが、取り敢えずこの作品だけに興味を持った方は、シリーズ最後のこの3作目だけを読んでも通じるのか、あるいは『ミスター・メルセデス』もきちんと読んだ方がいいのか、お勧め方に悩むところもあるなあ。2作目『ファインダーズ・キーパーズ』は別の物語なのでこれは端折っていいとは思うが。最後に、翻訳の白石朗さん、素晴らしい翻訳をありがとうございました!