スティーヴン・キング編集による航空ホラー・アンソロジー『死んだら飛べる』

死んだら飛べる/スティーヴン・キング&ベヴ・ヴィンセント (編集)、白石 朗・他 (訳)

死んだら飛べる (竹書房文庫)

あなたはその飛行機と呼ばれる、柩のような金属とプラスチックのチューブが安全だと信じているのか? このアンソロジーを読めば考えが変わるかもしれない。 ひとたび機上のひととなってしまえば、あなたはもう何もできない。 積んでいる貨物が恐ろしい音を立てようが、大空でモンスターと遭遇しても、未来人の誘拐部隊がやってこようとも、戦争が始まっても、ゾンビが襲ってこようとも、密室殺人が起ころうとも、あなたは何もできないのだ。 飛行機に乗るご予定がおありの方は強い勇気をお持ちであることを願う。 なぜならこの本を読めば、どれだけ統計上は飛行機が安全だと言われようが、決して統計ではわからない恐怖が待っていることがわかるはずだから。

ホラー小説の帝王スティーヴン・キングと小説家・文芸評論家ベヴ・ヴィンセントが「飛行機にまつわるホラー」を集めたアンソロジー。本国では2018年刊行、日本では2019年に翻訳出版されたものだが現在Kindle Unlimitedで無料で読めるようになっていたので手を出してみた。ただしKindle版ではロアルド・ダール「彼らは歳を取るまい」が未収録になっているのと、作品毎の検索が不可能になっているので注意が必要。ということでスティーヴン・キングジョー・ヒルの書き下ろし作品など初訳10篇を含む、書籍版では17篇、Kindle版では16篇の作品が収録されている。

まず新進作家以外にも古典的な名作や作家をも網羅している部分で好感度が高い。例えば「大空の恐怖」アーサー・コナン・ドイル「飛行機械」アンブローズ・ビアス「高度二万フィートの恐怖」リチャード・マシスン「空飛ぶ機械」レイ・ブラッドベリなどがそれに当たるだろう。また1篇だけミステリー作品が収録されていろのだが、口直し的に楽しかった(「プライベートな殺人」ピーター・トレメイン)。

そもそも「航空機」というのはそれがいかに高い安全性が保障されている(航空機による死亡率よりも車両による死亡率の方が圧倒的に高い)ものだとしても、やはり金属のチューブに乗せられ高度1万メートルの上空を飛んでいるというのは、どこか無意識的な恐怖を抱えざるを得ないものだろう。

そういった部分で「航空機ホラー」の面白さというものはある程度担保に入れられており、このアンソロジーでもどれも楽しめる作品が並んでいる。逆に言うなら「航空機ホラー」の恐怖の本質となるものが「墜落の恐怖」「脱出できない閉空間の恐怖」に殆ど限定されてしまうため、ネタやオチがすぐ分かってしまう作品、それ以上の恐怖を演出できていない作品も散見した。どちらにしろ全体的には十分に楽しめる及第点的な良質のアンソロジーだった。それとAmazonレヴューでは翻訳の難点を挙げるレビューもあったがオレは全く気にならなかった。

印象に残った作品としては:貨物室の死体が呼ぶ「貨物」(E・マイクル・ルイス)、ほんの少しだけ時間を戻せる指輪を手に入れた男「ルシファー!」(E・C・タブ)、目覚めると旅客機から自分以外消えていた恐怖を描く「第五のカテゴリー」(トム・ビッセル)、アフリカの仮面を持って飛行機に乗った男が見たものを描く「仮面の悪魔」(コーディ・グッドフェロー)、などがあるが、それぞれに設定が異なっている部分でバラエティを感じさせるものの、どれもオチが弱いのが残念。

白眉と感じさせたのはジョン・ヴァーリイスティーヴン・キングジョー・ヒルの作品。「誘拐作戦」(ジョン・ヴァーリイ)は遥か未来から墜落寸前の旅客機にタイムジャンプし、乗客たちを未来へと誘拐する工作員たちを描くが、説明なく唐突に動き出すプロットが緊張感たっぷりであり、また何故救出ではなく未来へと拉致するのか?というミステリーを明かす部分が衝撃的だった。この作品は後に『ミレミアム』というタイトルで長編化されている。

「解放」(ジョー・ヒル)は旅客機航行中に世界戦争が勃発、それを知った乗客と乗務員が刻々と伝わる悪化する一方の状況、着陸予定地の爆撃に阿鼻叫喚となるという物語。いやこれは凄かった。ジョー・ヒル、どんどん上手くなってゆく。もうキングの息子とか関係なく一級の作家だな。あと映画化希望。そしてスティーヴン・キング「乱気流エキスパート」、そもそも「乱気流エキスパート」とは何なのか?という謎が次第に明らかになってゆく過程、そして彼らの使命など、ホラー作品というよりひとつの奇想小説として非常に完成度が高く、その語り口調すら極上に滑らかで、さすが重鎮中の重鎮と感じさせる名編だった。

【収録作】

「序文」スティーヴン・キング白石朗

「貨物」E・マイクル・ルイス/中村融訳 ★初訳

「大空の恐怖」アーサー・コナン・ドイル西崎憲

「高度二万フィートの恐怖」リチャード・マシスン矢野浩三郎

「飛行機械」アンブローズ・ビアス中村融訳 ★新訳

「ルシファー!」E・C・タブ/中村融訳 ★初訳

「第五のカテゴリー」トム・ビッセル/中村融訳 ★初訳

「二分四十五秒」ダン・シモンズ中村融訳 ★初訳

「仮面の悪魔」コーディ・グッドフェロー/安野玲訳 ★初訳

「誘拐作戦」ジョン・ヴァーリイ伊藤典夫

「解放」ジョー・ヒル白石朗訳 ★初訳

「戦争鳥(ウォーバード)」デイヴィッド・J・スカウ/白石朗訳 ★初訳

「空飛ぶ機械」レイ・ブラッドベリ中村融訳 ★新訳

「機上のゾンビ」ベヴ・ヴィンセント/中村融訳 ★初訳

「彼らは歳を取るまい」ロアルド・ダール/田口俊樹訳 (書籍版のみ)

「プライベートな殺人」ピーター・トレメイン/安野玲訳 ★新訳

「乱気流エキスパート」スティーヴン・キング白石朗訳 ★初訳

「落ちてゆく」ジェイムズ・ディッキー/安野玲訳 ★初訳

「あとがき――操縦室より重大なメッセージがあります」ベヴ・ヴィンセント/中村融

「作者について」 中村融