韓国 奇想×ホラー×寓話短編集『呪いのウサギ』を読んだ

呪いのウサギ / チョン・ボラ (著), 関谷敦子 (翻訳)

呪いのウサギ

ライバル会社の策略によって自殺に追い込まれた親友。呪物を作る一族の男が復讐のために作ったウサギは、ライバル会社のすべてをかじり尽くしていく。 哀しき復讐譚の表題作をはじめ、排泄物が意志を持ち話しかけてくる「頭」、避妊薬を飲み続けた副作用で妊娠した女性が父親候補を探す「月のもの」、パートナー・ロボットとの奇妙な関係性を描く「さようなら、【愛/いと】しい人」、黄金の血を流すキツネによって大儲けした男の生涯「【罠/わな】」、ビルを購入した若い夫婦が次々とトラブルに襲われる「楽しい我が家」など。 孤独に寄りそってくれる“恐怖”と、その先に待つ美しく甘美な破滅を描いた、韓国の奇才による異色短篇集。国際ブッカー賞最終候補作。

韓国を代表する作家・翻訳家であるチョン・ボラの短編集『呪いのウサギ』を読んだ。2017年に刊行されたこの短編集は、2022年に国際ブッカー賞最終候補(韓国人作家として短編集では初)となり、世界的に注目を集めた。収録作は全10篇。作風はホラー・幻想・寓話をベースに、復讐・身体のグロテスクさ・社会の闇・欲望を描いてゆく。それぞれをざっと紹介してみよう。

「呪いのウサギ」は、呪いの道具を作る一族の老人が、親友を自殺に追い込んだ相手への復讐として、ウサギ型のランプを作って送り込む復讐譚。韓国ノワール映画を見ているような、暗く執拗な残酷さが印象に残る。「恨(ハン)」の文化を持つ韓国ならではの作品だ。

「頭」は、トイレから突然現れた「頭」が女性主人公に「お母さん」と話しかけてくる、グロテスクで不気味な物語。経血や排泄物から形成されてゆく「頭」という汚らわしさも相まって、相当にいやらしいホラーだが、根底には女性が自らの身体性に抱く疎ましさが描かれているように思う。

「冷たい指」は、事故で記憶を失った女性が、暗闇の中で冷たい指に導かれるように歩き続ける幻想的ホラー。何もかも曖昧な世界で自分が誰かすら分からない不安は、京極夏彦の短編世界に通じるものを感じた。「月のもの」は、避妊薬を長期間飲み続けた副作用で妊娠してしまった(!?)女性が、父親候補を探すはめになる不条理なドタバタ劇。これも女性の身体性と、女性が直面する旧弊な社会規範を寓話的に描いた物語だろう。

「さようなら、【愛/いと】しい人」は、人型パートナーロボットとの愛と別れを描くSF寄りの物語だが、やや平凡だったか。「【罠/わな】」は、黄金の血を流す不思議なキツネを捕らえて大富豪になった男の生涯と、その代償を描く欲望の寓話。次第に狂ってゆく男と、崩壊してゆく家庭の描写は、こちらも韓国ノワール映画を思わせる残酷さだ。

「傷痕」は、洞窟の怪物への生贄として育てられた男の過酷な運命を描く、本短編集で最も長い作品。寓話的な味わいを持つが、やや抽象的に書かれ過ぎていて今ひとつ乗り切れなかった。「楽しい我が家」は、念願のビルを購入した若い夫婦に次々と不気味なトラブルが降りかかるホームホラー。トラブルの不快さが実に生々しく、韓国の住宅事情を垣間見られる点も興味深い。結末にも驚かされた。

「風と砂の支配者」は、砂漠の王国を巡るファンタジー作品。御伽噺的な構成や高い幻想性、独特の雰囲気など見どころの多い作品だが、詰めが今ひとつ足りず、もう一捻りあればさらに良くなったろうにと思わせる惜しい一篇。「再会」は再会と孤独をめぐる幽霊譚。これも悪くないのだが、やはりもう少しひねりが欲しかった。

全体的に奇想×ホラー×寓話とバラエティに富んだ作風で、作者の多彩さをうかがわせるが、逆に作者自身の個性が今ひとつ掴みにくいという難があった。個々の作品の完成度にもむらがあり、書き込みの足りなさから惜しいと感じさせる部分も散見された。もう少しブラッシュアップすれば、より充実した作品集になっただろう。個人的にはホラー作品のB級な味わいが楽しめたし、寓話作品には光るものを感じたが、ファンタジー作品は少々弱く思えた。