チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ / スティーヴン・キング (著), 安野 玲 (翻訳), 高山 真由美 (翻訳)
スティーヴン・キングの中編集『チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ』
世界の終わりが近づく中、突如現れた「ありがとう、チャック!」と書かれた看板広告。“チャック”とはいったい誰なのか?そして次第に明かされる、平凡な男の数奇な人生——。
『チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ』は、スティーヴン・キングの4作の作品を収めた中編集『If It Bleeds』から、「ハリガンさんの電話」と「チャックの数奇な人生」の2編を日本版独自編集として収録した1冊だ。そして近々公開予定の映画化作品原作としても注目を浴びている作品でもある。マイク・フラナガン監督(『ドクター・スリープ』)×トム・ヒドルストン主演の『サンキュー、チャック』として2026年5月1日より全国公開されるこの映画は、トロント国際映画祭において観客賞を受賞しており、私も公開を楽しみにしている。
ちなみに「ハリガンさんの電話」もジョン・リー・ハンコック監督によるNetflix映画として2022年に配信されており、これも現在視聴することができる。つまり「ダブル映画化作品原作小説」なのだ。また、『If It Bleeds』収録の他の2編、「もし血が流れれば」「ラット」は、2026年5月刊行予定の『もし血が流れれば イフ・イット・ブリーズ』に収録されているので、こちらも楽しみだ。
では作品を紹介しよう。
「ハリガンさんの電話」
【STORY】近所に住むハリガンさんはアメリカでも有数のお金持ちだった。その屋敷に出入りすることになった九歳の僕にハリガンさんが送ってくれた宝くじ付きのカードが、三千ドルの当たりになった。そのお金で僕はスマートフォンをプレゼントすることにした。それが不可解なできごとを引き起こすとは知らず……。
ホラーの巨匠として知られるキングだが、『スタンド・バイ・ミー』を持ち出すまでもなく、少年期の瑞々しい抒情を描いてもぴか一なのは誰もが知るところだろう。この『ハリガンさんの電話』は、そうした少年の成長譚であると同時に、キングお得意の、いわば「ボーイ・ミーツ・オールドマン」の物語でもある。
父子家庭の少年が、ひょんなことから人嫌いの金持ち老人の家に出入りすることになる、というプロットは、キング長編『フェアリーテイル』と重なる部分が多く、最初は既視感を覚えた。だが、iPhoneが登場する中盤から物語は独自の展開を迎える。作中ではiPhoneが発売されたばかりの時期として描かれており、この小道具が少年と老人のあいだに奇妙で不思議な繋がりを生むことになる。『フェアリーテイル』への懸念は、このあたりから綺麗に払拭されていった。
少年と老人のハートウォーミングな交流から始まる物語は、やがて暗い予感を孕みながら不気味な展開へと向かっていく。その詳細はここでは伏せておこう。こういったストーリーテリングはキングの面目躍如というべきもので、キングファンなら十分に堪能できるはずだ。そして不気味な仕掛けが展開した後も、この物語の芯にあるのは少年の成長であることに変わりない。奇妙な縁で結ばれた老人との出会いが、少年の何かをどう変えたか——そこにこそ、この物語の静かな核心がある。
「チャックの数奇な人生」
【STORY】世界に静かに終末が迫るなか、町のあちこちに出現する「ありがとう、チャック!」と書かれた看板広告。それは何を意味するのか?チャックとは何者なのか?物語は過去へとさかのぼり、若き銀行員チャックはボストンの道端でドラムを叩くストリートミュージシャンと失恋したばかりの若い女性と出会う……。
なにがしかの理由により破滅に向かっている世界に、突如現れた「ありがとう、チャック!」と書かれた看板広告。チャックとは誰?なぜこんな広告を?そもそも、世界はなぜ破滅してしまうのか?この謎めいた展開に、読者はすぐさま引き付けられる。さらに謎めいているのは、冒頭がまず「第3章」から始まっていることだ。物語はその後、第2章、第1章と遡ってゆく構成をとりながら、チャックという名の男の人生の道筋を描いてゆく。この遡及していく物語構成は、実は作品のもうひとつのテーマともなっている。
世界の終わりと一人の男の人生がどう関係するのか?という強烈なフックから始まるこの物語は、やがてチャックという男の愛すべき人間性を掘り下げてゆくことになる。少年期から青年期にかけての、喜びや悲しみ、愛情と信頼。ストリートダンス、家族との時間、子供時代の不思議な出来事。チャックはとりたてて特別な男ではなく、ある意味では平凡ですらあるが、だからこそ彼の人生は多くの読者の共感を呼ぶ。それはある意味、「あなたの人生の物語」ということでもある。
終わりつつある世界に生きながら、自分の人生に「ありがとう」と感謝できるか。そんな人生を我々は生きられるだろうか。この物語が問いかけるのはそういう問いであり、チャックの人生はそれへのひとつの回答として描かれている。人の一生というのは始まりから終わりへと一直線に進み、最期には消え去ってゆくように思えるかもしれない。けれども一歩引いて全体を俯瞰するなら、時間軸のどこかには輝ける瞬間や驚きに満ちた時が、確かに存在していたはずだ。
死はたしかに終端だ。しかし、それ以外の瞬間は消えてしまうのだろうか?過去の喜びも、愛した誰かとの時間も、「かつてあった」という事実はどこにも失われない。世界の終わりから遡りながら語られるこの物語は、「終わり」だけが人生の結論なのではないことを静かに示す。この「今」の輝きは、時制を超えて存在し続ける——それはすなわち、「永遠」ということではないか。

