瞬きすら許さない / ジョー・キャラハン (著), 吉野 弘人 (翻訳)
警視正のキャット・フランクは昔気質の刑事だ。事件現場を歩き、容疑者の眼を見ることが捜査の核心だと信じている。新設の捜査チームを率いることになった彼女は、ロックという名の人工知能に出合う。この新世代の「捜査官」は、ホログラムの体をもち、統計データに基づいて事件解決を支援するのだという。刑事の直感を信じるキャットと、刑事の直感など根拠のない思い込みにすぎないと切り捨てるロック。相反するふたつの頭脳が火花を散らし挑むのは、ありふれているようで、どこか異様な未解決失踪事件……。
ジョー・キャラハンの『瞬きすら許さない』は新設のAI捜査班を舞台にした、近未来の犯罪捜査を描いた警察小説だ。昨今のAIトレンドを基に、人間とAIがバディを組むこの物語は、人間とロボットの犯罪捜査を描いたアイザック・アシモフの古典SF小説『鋼鉄都市』の近未来版ということができるだろう。ただしこの物語は、決してSFジャンルではなく、明日にでも実現しそうなテクノロジーでもって描かれた現代的な物語と捉えた方がいいだろう。
しかし読み始めて、人間とAIとがそれぞれ得意とするスキルで互いを補いながら犯罪捜査を推し進める話かと思っていたら、決してそうではなかった。そもそも主人公キャットは、その警官としての信念からAI捜査というものを快く思っておらず、ロックの発言や行動に対してことあるごとに反発し否定する。「お互いに相容れないもの同士が次第に理解を深めてゆく」というのはバディもののセオリーではあるが、ことキャットのAI不信は筋金入りで、常にぎくしゃくした展開が続いてゆくのだ。
物語では、犯罪捜査を通して人間の非合理性とAIの合理性を可視化し、それを対比させるが、それにより、人間の持つパッションを大きくクローズアップさせ、それを実にエモーショナルに表現することに成功している。つまり、AIを持ち込むことで、逆に人間を人間たらしめているものを、よりくっきりした輪郭で鮮やかに浮かび上がらせているのだ。
その「人間を人間たらしめているもの」とは、「共感する」という能力のことだ。主人公キャットは、夫を亡くしているシングルマザーであり、被害者家族のその崩壊しつつある状況に、わが身を当てはめながら寄り添おうとする。そして、自分のたった一人の息子が、この被害者家族のように誘拐されたら?と想像して心を痛める。
それに対しAIロックは「それは捜査手順に該当しませんが」などと言い放つ。しかしこれは、ロックがただ冷徹な機械だからということではない。彼はそれを「知らない/実行命令として入力されていない」だけなのだ。そしてロックが、捜査の途上で、これら「人間の心の機微」を学んでゆく過程もまた胸を熱くさせる。
この「対比」を浮かび上がらせるためもあってか、キャットは強烈なパッションを基に行動する女性として描かれる。彼女は悩み、迷い、怒りさえ露にしながら捜査を続けてゆく。その過程における彼女の「共感」の在り方は、物語が進むにつれ、さらにエモーショナルなものとして沸き上がり続ける。そのパッションとエモーションは、後半に行くほどに大きなうねりとなって叩きつけられる。それに呼応する形でAIロックも能力を全開し徹底的なサポートを見せつけ、物語は遂に心震わせる展開へと高まって行くのだ。
こうした描写の数々に私は大いに感嘆し、感銘を受けた。この物語の背景には、作者自身が病で夫を亡くした過去があるのだという。その悲しみと悔恨、ある種の怒りが、この物語を描く原動力になったのだという。この事実を後から知って、物語内で表出する様々な感情の動きが何によってもたらされたのか腑に落ちてしまい、私はまたしても深く心を震わせた。
今年はM・W・クレイヴンやアンソニー・ホロヴィッツといった、非常に優れたミステリ作家の作品と出会ったが、この『瞬きすら許さない』のジョー・キャラハンもまた、彼らに劣ることのない優れた作家として今後要注目だろう。シリーズは現在刊行予定の4作目で完結するというが、それを思えばいくぶん惜しい気もする。なにしろ一刻も早く次巻の翻訳を手にしたいものだ。
