今年も暑い毎日が続いている。6月ぐらいから早くも30℃を超えていたし、7月で35℃超え、8月になるとどこもかしこも40℃近くまで上がるという、もうなにがどうなってんだ状態である。こんな夏はエアコンの効いた部屋にこもって怪奇小説でも読みながら納涼するに限る。というわけで今回は最近読んでいた怪奇幻想小説をつらつらと紹介してみたい。
怪奇小説日和: 黄金時代傑作選 / 西崎 憲 (編訳)
怪奇小説の神髄は短篇にある。北の海の怪異を描くヨナス・リー「岩のひきだし」、アイルランドの民間伝承に取材したレ・ファニュ「妖精にさらわれた子供」、女二人の徒歩旅行が魔所へと迷い込むエイクマン「列車」、W・W・ジェイコブズの神韻縹渺たる「失われた船」など全18篇。古典的な怪談から新感覚の恐怖譚まで、本物の恐怖と幻想を呈示する怪奇小説アンソロジー。巻末に怪奇小説論考を収録。
西崎憲氏により編集・翻訳された『怪奇小説日和: 黄金時代傑作選』は、2013年に刊行された『短篇小説日和――英国異色傑作選』の姉妹編的なアンソロジーとなる。『短篇小説日和』自体面白く読んでいたが、まさか姉妹編が出ていると知らず最近入手して読んでみた。この『怪奇小説日和』も古典怪談、ゴシックロマン、異色短篇が収録された実に充実した内容となっており、西崎氏のアンソロジストとしての腕の確かさがうかがえるだろう。そのどれもが異様であり、奇っ怪であり、奇妙であり、不思議な物語で、この現実の殻を突き抜け、薄暗く肌寒い世界へと誘ってくれるだろう。どの作品も楽しめたが、あえてひとつ挙げるならエイクマンの「列車」だろうか。女性二人がイギリスの荒野を徒歩旅行するが道に迷い、得体のしれない線路とそこを往く列車を頼りに進んでゆくが……という物語は、終始不安と疲労感に満ち、次第に超現実的な世界へと紛れ込んでしまうのだ。
19世紀イタリア怪奇幻想短篇集 / 橋本勝雄 (編集, 翻訳)
野生の木苺を食べたことがきっかけで、男爵の心と体が二重の感覚に支配されていく「木苺のなかの魂」、〈真実の口〉ドン・ペッピーノの忠義心が試練の数々に直面する寓話風の「三匹のカタツムリ」ほか、世紀をまたいで魅力が見直される9作家の、粒ぞろいの知られざる傑作を収録!
19世紀後半のイタリアで書かれた9編の怪奇幻想小説を収めたアンソロジー。ほとんどが日本で知られていない作品の初訳となる。作品の傾向としては死者の帰還を扱う幻想小説、強迫観念や恐怖・愛情といった心理的な幻想を扱ったもの、奇譚や寓話・ファンタジーといった広義の幻想を描くものが収録されている。どれも古典ならではの面白さを兼ね備えていたが、中でも興味深かったのはイッポリト・ニエーヴォ 「未来世紀に関する哲学的物語 西暦二二二二年、世界の終末前夜まで」。なんとこれ、執筆当時の時代から2222年の未来までを描くSF的な奇想小説なのだ。ヴィットリオ・インブリアーニ「三匹のカタツムリ」は童話的な体裁で描かれる「デカメロン」的な艶笑譚で、読んでいてニマニマが止まらなかった。
秘書綺譚: ブラックウッド幻想怪奇傑作集 / アルジャーノン・ブラックウッド (著), 南條 竹則 (翻訳)
芥川龍之介、江戸川乱歩が絶賛した、イギリスを代表する怪奇小説作家の傑作短編集。古典的幽霊譚「空家」「約束」、吸血鬼 と千里眼がモチーフの「転移」、美しい妖精話「小鬼のコレクション」、詩的幻想の結晶「野火」などのほか、名高いジム・ショートハウスが主人公物の全篇を収める。
アルジャーノン・ブラックウッドは近代イギリス怪奇小説の巨匠と称される作家である。これまで『木の葉を奏でる男: アルジャーノン・ブラックウッド幻想怪奇傑作選』や『夜のささやき、闇のざわめき:英米古典怪奇談集Ⅰ』といった作品集でブラックウッドの作品に触れてきたが、その核となるテーマは「自然」への畏敬であり恐怖といえるだろう。とはいえこの『秘書奇譚』ではもっとテーマの幅が広がり、悪魔崇拝や中国魔術、吸血鬼やカバラなど、その恐怖の対象は驚くほど多岐に渡っている。多作だったこともあってかこの短篇集は玉石混交な部分もあるが、その中で最も目を惹いた作品は「スミスの滅亡」だろうか。アメリカ西部の荒野を舞台に、一つの町の終焉を超自然的な予感でもって描くこの作品は、これまで読んだどんな怪奇幻想小説とも違う不気味な異彩を放っていた。