
スティーグ・ラーソンの『ミレニアム』3部作を読了した
スウェーデン出身の作家スティーグ・ラーソンが手がけ、全世界で8000万部を売り上げた怪物級のミステリー小説『ミレニアム』3部作を、ようやく読み終えた。第1部『ドラゴン・タトゥーの女』は昨年読了したが、最近になって第2部『火と戯れる女』と第3部『眠れる女と狂卓の騎士』を立て続けに読んだ。
まず結論から言うと、凄まじく面白かった。最近読んだミステリーの中でも最高の作品だったのと同時に、最近読んだフィクション全体の中でも群を抜いて素晴らしかった。もし初版のときに読んでいたら、間違いなくその年のナンバーワン作品と断言していただろう。何しろ、あまりの面白さに900ページもある第2部を2日で、1000ページある第3部も(内容が結構複雑だったので)5日で読み終えた。合計1900ページ超を1週間で読み切るという、自分の読書体験の中でも異例の出来事だった。
『ミレニアム』の魅力は、その密度の高いストーリーテリングと魅力的な人物造形、そして現実社会とリンクした深い問題意識と問題提起の鋭さにある。ジャーナリストであった作者ならではの社会への鋭い視点、広範な知識に裏打ちされた詳細な描写、そして主人公のミカエルとリスベットというミステリー史上画期的な人物像が、その素晴らしさを支えている。
スティーグ・ラーソンは、この素晴らしい3部作を書き終えてから若くして亡くなった。『ミレニアム』シリーズはその後、別の作家に引き継がれるが、ラーソンが生きていたら、本当はどんな物語が紡がれたのだろうと考えると、悔しくてたまらない。
『ミレニアム』3部作はどのような物語なのか
『ミレニアム』の物語を大雑把に説明するなら、月刊誌「ミレニアム」の発行責任者ミカエルと、とんがりまくった性格の天才ハッカー・リスベットがある事件をきっかけに知り合い、その後スウェーデンの国家安全保障にかかわる恐るべき事実に直面して危機に見舞われるといったものだ。
刑事マルティン・ベック・シリーズを世に送り出したことでも知られるラッセ・ベリストレムはこの3部作を次のように言い表した。「おおざっぱに言って、第一部はオーソドックスな密室もののミステリ、第二部は警察小説・サスペンス、第三部はポリティカル・サスペンスだと言えるだろう」(第3部あとがきより)。
すなわち、第1部、2部、3部と次々に物語ジャンルが移り変わり、それに合わせて扱われる世界観がどんどんと拡大し深化してゆくというシリーズ構成になっている。第1部ですら凄まじい完成度だったが、第3部まで読んでここまで物語世界が広がっていったことに驚かされた。
ではその3部作をざっくり紹介しよう。
ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女(上・下合本版)/スティーグ・ラーソン (著), ヘレンハルメ 美穂 (著), 岩澤 雅利 (著)
月刊誌『ミレニアム』の発行責任者ミカエルは、大物実業家の違法行為を暴く記事を発表した。だが名誉毀損で有罪になり、彼は『ミレニアム』から離れた。そんな折り、大企業グループの前会長ヘンリックから依頼を受ける。およそ40年前、彼の一族が住む孤島で兄の孫娘ハリエットが失踪した事件を調査してほしいというのだ。解決すれば、大物実業家を破滅させる証拠を渡すという。ミカエルは受諾し、困難な調査を開始する。
第1部の感想はここで書いた。
長文なので簡単にまとめるなら、まず作品としての強度が素晴らしかった。物語展開にしても登場人物の立ち振る舞いにしても非常にロジカルであり、密度が高く、研ぎ澄まされた構成を持っている。基本は犯罪を描くミステリ作品ではあるが、スウェーデンの政治や経済、歴史性と密接に関わっており、フィクションであるにもかかわらず高いリアリティを醸し出している。
そして主人公ミカエルとリスベットの個性的で存在感溢れるキャラクターの魅力。知的で行動力があり、ラジカルな政治姿勢と生活態度を貫くミカエル。一方リスベットは全方位において問題の多いアンバランスな女。頭は切れるが反社会的で人間嫌い、しかし一切の妥協がないという点で彼女は自らにひたすら正直な人間であり、だからこそ軋轢の強い人生を生きることになってしまった。
こうして真逆の性格と生活態度で生きるミカエルとリスベットだが、ミカエルの屈託のなさと自由を尊重する態度がリスベットに安心を与え、二人は陰陽のシンボルのようにきれいに一つの円の中に調和してしまう。この『ドラゴン・タトゥーの女』の面白さのひとつは、跳ねっ返り娘リスベットが次第にミカエルに心を許してゆく過程の楽しさにあると言っていい。
ミレニアム2 火と戯れる女(上・下合本版)/スティーグ・ラーソン (著), ヘレンハルメ 美穂 (著), 山田 美明 (著)
女性調査員リスベットにたたきのめされた後見人のビュルマンは復讐を誓い、彼女を憎む人物に連絡を取る。そして彼女を拉致する計画が動き始めた。その頃ミカエルらはジャーナリストのダグと恋人ミアが進める人身売買と強制売春の調査をもとに、『ミレニアム』の特集号と書籍の刊行を決定する。ダグの調査では背後にザラという謎の人物がいるようだ。リスベットも独自にザラを追うが、彼女の拉致を図る者たちに襲撃された!
『ミレニアム』シリーズ第2部では、リスベットは複数の殺人事件の容疑者として追われる身となる。一方、彼女を信じるミカエルは、何とか手を差し伸べようと奔走する。しかし、前作のラストで関係がぎくしゃくしてしまった二人はすれ違いを繰り返し、意固地になったリスベットはミカエルの助けを頑なに拒む。
さまざまな展開を見せるこの物語だが、やはり最大の読みどころは、ミカエルの真摯な想いにリスベットがいつ応えるのかという、二人のじれったい関係にある。そもそも第1部も、「壮絶なツンデレ娘であるリスベットが初めての恋心に戸惑いまくる」という一面を持っていた。それゆえ、この第2部で描かれる「出会えそうで出会えない」二人のもどかしい描写に、読者はさらに引き込まれるのだ。
もちろん、本作の魅力はそれだけではない。リスベットの隠された過去が遂に明らかになるが、それは想像を絶するほど暗く、残酷なものだ。さらにそれは、スウェーデンの国家安全保障に関わる恐るべき陰謀へとつながっていく。また、第1部から続く「女性を憎悪する男性」というテーマが、この物語でも随所で顔を覗かせる。そして何より、この第2部がリスベットの成長と変化の物語であることにも注目だ。
物語は骨太な犯罪ドラマとして展開し、ページをめくるごとに場面は目まぐるしく移り変わる。暴力と死が容赦なく降りかかり、全編を通して凄まじい緊迫感が続くため、読者はページを繰る手を止められないだろう。この圧倒的なテンションで長編をまとめ上げた作者の手腕には、ただただ感嘆するばかりだ。とはいえ、一つだけ言わせてもらいたい。ミカエル、ちゃんと電話に出ろ。
ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(上・下合本版)/ スティーグ・ラーソン (著), ヘレンハルメ 美穂 (著), 岩澤 雅利 (著)
宿敵ザラチェンコと対決したリスベットは、相手に重傷を負わせるが、自らも瀕死の状態に陥った。だが、二人とも病院に送られ、一命を取りとめる。この事件は、ザラチェンコと深い関係を持つ闇の組織・公安警察特別分析班の存在と、その秘密活動が明るみに出る危険性をもたらした。危機感を募らせた元班長は班のメンバーを集め、秘密を守る計画を立案する。その中には、リスベットの口を封じる卑劣な方策も含まれていた。 世界中に旋風を巻き起こした驚異のミステリ三部作、ついに完結!
『ミレニアム』シリーズ第3部では、前作のラストで瀕死の重傷を負ったリスベットが、殺人容疑をかけられたまま病院で厳重な監視下に置かれる。一方、彼女を闇に葬ろうとする勢力が様々な陰謀を巡らせ、警察や公安部内でも水面下の対立が激化する。そんな中、リスベットを救おうと、ミカエルと彼女の支援者たちが奔走する。
病院に身柄を拘束されたリスベットとミカエルが、どのように連絡を取り合い、事件解決の糸口を見つけ出すのか。このサスペンスフルな展開が物語の大きな柱となっている。また、前作に引き続き、「会えそうで会えない」という二人のもどかしい関係性が、物語を力強く牽引していく。そして、この難局を打開する鍵となるのが、シリーズの魅力の一つであるリスベットの驚くべきハッキング技術だ。
物語は前作以上に複雑になり、登場人物は膨大な数に及ぶが、読者が混乱することはない。それぞれの人物に対する描写が丁寧で、個々の背景がしっかりと書き込まれているからだ。本編とは独立した短編小説として成立しそうなほど濃密なサブストーリーも盛り込まれているが、それらが最後に本編と見事に合流する手腕は、さすがとしか言いようがない。ただし今作でもミカエルが全然電話に出ないので若干イラッとさせられる。
そして物語の後半は、なんと法廷ドラマへと趣向が変わる。検察と弁護の丁々発止の応酬、腹の探り合い、陰湿な揚げ足取り、そして突然現れる証人など、法廷ドラマの醍醐味が凝縮された展開が続き、再び作者の筆力に唸らされるだろう。そうした中でも、クールで毅然としたリスベットの姿にはただただ心を奪われ、ミカエルと共に迎える感動的な大団円には、大いに胸を熱くさせられた!
おまけ:ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 / ダヴィド・ラーゲルクランツ (著), ヘレンハルメ 美穂 (翻訳), 羽根 由 (翻訳)
ミカエルのもとに、ある男から大スクープになるという情報が持ち込まれる。人工知能研究の世界的権威であるバルデル教授が大きな問題を抱えており、会ってほしいというのだ。男の話からリスベットが関係していると確信したミカエルは、彼女に連絡を取ろうと試みる。一方、アメリカのNSA(国家安全保障局)は、産業スパイ活動を行なう犯罪組織の関連会社からバルデルが革命的な研究成果を持ち出したため、彼の身に危険が迫っているとの情報を得る。折しも、鉄壁の防御を誇るNSAのネットワークに何者かが侵入した!
『ミレニアム』3部作を読了した勢いにまかせて、スティーグ・ラーソン亡き後にダヴィド・ラーゲルクランツによって引き継がれた新たなるシリーズ作を読み始めたのだが、これがええとまあ、当然かもしれないが二次創作みたいな内容で、ミカエルは暢気な父さんになっちゃうし、リスベットは「リスベットのふりをした別人」だし、物語の展開も薄くてスカスカだし、いやあ、最後まで読み通せるかどうか謎。映画化作品はそれほど悪くなかったんだがなあ。



