暑い夏はまだまだ終わらない。そして夏と言えば、怪奇と幻想。というわけで今回は、以前の記事「夏だ!怪奇だ!納涼・怪奇幻想小説祭り!」に続く第2弾として、夏にぴったりの珠玉の作品を3冊紹介する。
魂の奥底をゆさぶる深い戦慄『奥の部屋: ロバート・エイクマン短篇集』
不気味な雰囲気、謎めいた象徴、魂の奥処をゆさぶる深い戦慄。幽霊不在の時代における新しい恐怖を描く、エイクマンの傑作集。
以前紹介したアンソロジー『怪奇小説日和』の中で、ひときわ目を引いたのがロバート・エイクマンの短編「列車」だった。その独特な世界観に魅了され、もっと彼の作品を読んでみたいと手に取ったのが、この短編集『奥の部屋』だ。
「列車」を読んだときに感じた、恐怖とも怪奇とも違う、名状しがたい「嫌な感覚」。そんな「嫌な感覚」を味わえる作品が幾つか収録されている。例えば「学友」では、理由も原因もわからないまま次第に人格崩壊していくかつての学友の描写が、ひたすら気持ち悪く読者の心をざわつかせる。田舎町にやってきたオペラ歌手の物語「スタア来臨」も、奇妙な状況が幾つも続きながら理由は何も説明されず、ただ漠然とした不安を煽ってくる。そして「恍惚」に至っては、ひたすら嫌らしい変態小説と呼ぶにふさわしい。
また、それよりも比較的わかりやすい怪奇幻想小説が多数収録されている。たとえば、ダークファンタジーの「髪を束ねて」や「奥の部屋」、幽霊譚の「待合室」「なんと冷たい小さな君の手よ」などだ。とはいえこれらの作品も、一筋縄にはいかない異様な雰囲気を醸し出している。
エイクマンの小説は、淡々とした日常描写が非常に巧みで感情移入しやすく、そこから突然梯子を外されて暗闇に突き落とされるような展開が実にスリリングだ。この作家を知ったことで、怪奇幻想小説の世界はまだまだ奥深いことを思い知らされた。日本でこの作品集以外が出版されていないのが、非常に残念でならない。
ユーモアと恐怖の絶妙なバランス『五本指のけだもの: W・F・ハーヴィー怪奇小説集』
古く平井呈一らに邦訳がなされ英国怪奇ものの一角をなすW・F・ハーヴィー。 鬼気迫る幽霊談、暗合と運命の交錯する奇譚から、精神の暗部を抉る不気味な物語まで、ときにブラック・ユーモアを漂わせて絶妙なアトモスフィアを醸しだす。 水木しげる漫画「むし暑い日」に翻案された「炎暑」、あるいは映画『五本指の野獣』の原作として後世のホラー映画に影響をもたらした「五本指のけだもの」等々、新訳が俟たれし異界への裂け目を顕わす作品をここに集成。 初訳3篇を含む新訳による珠玉のコレクション。
W・F・ハーヴィー(1885-1937)は、ホラー小説の古典的名作「五本指のけだもの」と「炎暑」の作者として知られるイギリスの怪奇小説作家だ。この『五本指のけだもの』は、本邦初のハーヴィー短編集であり、『このホラーがすごい! 2025年版』(宝島社)海外部門第1位という快挙を達成している。
名高い「炎暑」は、ある酷暑の日に起こる不気味な幻想を描いた作品で、考えオチ的なラストが多くの評価を得たのだろう。一方、表題作の「五本指のけだもの」は、切り落とされた人間の片手が人々を襲うという、どこかのホラー映画を彷彿とさせる内容だ。しかしその雰囲気は、映画と同じくどこかコミカルで、スラップスティックホラーと呼ぶべき作品だ。
他にも、「ミス・アヴェナル」の鬱蒼としたゴシック趣味、「アンカーダイン家の専用礼拝席」で描かれる異様な因縁、「ミス・コーニリアス」の精神錯乱など、その恐怖は様々な形で現れる。どの作品も古典でありながら読みやすく、これは翻訳者の手腕も大きいのだろう。ときにブラックユーモアを漂わせ、絶妙なアトモスフィアを醸し出すハーヴィーの世界を存分に楽しめる一冊だ。
現実から飛翔する魔法のような物語『ナイフ投げ師』
天才的な腕前を誇るナイフ投げ師が、私たちの町にやってきた! 彼の名はヘンシュ。それまでいかなるナイフ投げ師も越えなかった一線を越えたことで、その名声を築き上げたのだ。公演の日、噂に聞いたヘンシュの投げ技は、徐々に趣向をエスカレートさせ……(表題作)。夜、私たちの町では、少女たちの秘密結社が妖しい儀式を開くという。風聞や関係者の証言によっても、結社の真の姿は判然とせず……(「夜の姉妹団」)。自動人形、空飛ぶ絨毯、地下世界――精密な文章により現実から飛翔するミルハウザーの魔法のごとき十二篇を、名手の翻訳で贈る。
アメリカの現代作家スティーヴン・ミルハウザーの作品は、怪奇幻想というより「奇妙な味」と呼ぶのがふさわしい作風が特徴だ。長編『マーティン・ドレスラーの夢』でピューリッツァー賞を受賞した才人でもある。
この短編集『ナイフ投げ師』では、多くの物語で「増大するエントロピー」が描かれている。物語の事象が次第に膨れ上がり、あるいは複雑化し、いつしか正体の定まらない巨大な迷宮と化して終わるのだ。それは表題作「ナイフ投げ師」のナイフの技、「新自動人形劇場」の精巧な機械人形、「協会の夢」の迷宮的なデパート、「パラダイス・パーク」の肥大するテーマパークに見て取れる。
その一方で、「空飛ぶ絨毯」「月の光」「気球飛行、一八七〇年」のような夢幻的な世界を描いた作品や、「夜の姉妹団」「出口」のような、説明のつかない不気味さが漂う作品もある。物語の展開よりも、畳みかけるように羅列される夢幻的なイメージで読者を圧倒していく作家だと言えるだろう。ときに大げさに語られる部分もあるが、その独特の世界観は一度体験する価値がある。


