
この夏はボサ・ノヴァばかり聴いていた
この夏はボサ・ノヴァばかり聴いていた。以前ブログにも書いたが、しばらく体調が悪く、気分も滅入りがちだった(今はもう大丈夫です)。そんなときにボサ・ノヴァの静けさに浸っていると、とても落ち着いた。
ボサ・ノヴァの静けさというのは、どこか涅槃めいたところがあって、ある意味浄土の音とも言え、そんな音を聴いていると、自分を空っぽにできた。
そしてボサ・ノヴァのメロディは親しみやすく、どれも心を捕えて離さず、気付くといつもボサ・ノヴァの名曲の数々を鼻歌で歌っている自分がいた。そこに痛みはなく、憂鬱さもなかった。多分あの時、自分はボサ・ノヴァに救われていたのだろう。
その時聴いていたボサ・ノヴァのアルバムを幾つか並べておこうかと思う。
最初はスタン・ゲッツだった
Bossa Nova Albums / Stan Getz
ボサ・ノヴァの、最初の取っ掛かりとなったのはスタン・ゲッツだった。スタン・ゲッツ(1927年 - 1991年)はクールで叙情的な音色で知られるアメリカのジャズ・テナーサックス奏者だが、1960年代にジョアン・ジルベルトと共演したボサ・ノヴァ・アルバムの大傑作『Getz/Gilberto』で大きな注目を浴びた。
そのスタン・ゲッツによるボサ・ノヴァ・アルバム5タイトルを収めたボックスセットがこの『Bossa Nova Albums』となる。その5タイトルは『JAZZ SAMBA with Chalie Byrd』(1962年)、『BIG BAND BOSSA NOVA arranged & conducted by Gary McFarland』(1962年)、『JAZZ SAMBA ENCORE! with Luiz Bonfa』(1963年)、『GETZ/GILBERTO with Joao Gilberto featuring Antonio Carlos Jobim』(1963年)、『Stan Getz with guest artist Laurindo Almeida』(1963年)。
まずこのボリュームが魅力だが、最も魅力的なのは中古盤が安く出回っていることで、現在Amazonだと中古最安値が¥1750。これは何作か既に持っていたとしても買いだろう。デジタル・リマスターを施しオリジナルカバー付きのデジパック収録という点も見逃せない。
実のところ初期のタイトルなどは、スーパーのBGMみたいな気の抜けた響きが無きにしも非ずだが、ボサ・ノヴァなどはこの程度に気の抜けたぐらいのほうが具合よく聴き流せるセンスがあるとオレは思う。
People Time / Stan Getz-Kenny Barron
ところで突然話が飛んで恐縮だが、スタン・ゲッツのラスト・アルバムとなったこのライヴ作品はボサ・ノヴァではないのだが、ケニー・バロンの美しいピアノの調べも相まって、この夏よく聴いていたアルバムの一つだった。
ジョアン・ジルベルトに心洗われた
イマージュの部屋(AMOROSO)/ジョアン・ジルベルト
そしてやはりボサ・ノヴァといえば「ボサ・ノヴァの父」と呼ばれているジョアン・ジルベルトだろう。そんなジョアン・ジルベルト作品の中で最もよく聴いていたのはこの『イマージュの部屋(AMOROSO)』(1977年にリリース)だ。ボサ・ノヴァは基本的にシンプルな弾き語りが注目されるが、このアルバムの最大の特徴は大編成のオーケストラが加わっている点だ。特にジャズ・スタンダード「Bésame Mucho」のこの世の終わりみたいな悲壮感溢れるアレンジに魂を持っていかれた。続く「Wave」はあまりに確固として軽やかなハーモニーが奏でられ、これにも陶酔させられた。
ジョアン(João) / ジョアン・ジルベルト
1991年にリリースされたアルバム『ジョアン(João)』もまた『イマージュの部屋(AMOROSO)』と同様に大編成のオーケストラがフィーチャーされた作品だ。流麗なストリングス・アレンジがジョアンのヴォーカルとギターの魅力を引き立て、洗練されたサウンドを生み出している。ボサノヴァ誕生以前の1940~50年代の楽曲や、カエターノ・ヴェローゾ、ジャズのスタンダード・ナンバーなど、多様なジャンルの楽曲が収録されている点にも注目だ。
海の奇蹟(Brasil)/ジョアン・ジルベルト
1981年にリリースされたアルバム『海の奇蹟(Brasil)』の聴きどころは、なんといっても冒頭一曲目の「ブラジルの水彩画(Aquarela do Brasil)」だ。オレのような映画ファンにとっては映画『ブラジル』でも流れた有名な曲だが、優しく軽やかでポジティブなその曲調は、聴いていて心が浮き立ってきて、自然と笑みが浮かんでくるほどなのだ。この曲は1939年に作曲家アリ・バホーゾが制作した楽曲で、アリ・バホーゾ自身のブラジルへの愛国心を表現した作品であり、ブラジルの讃美歌、あるいはブラジルの第2の国歌とまで呼ばれる有名な曲なのだという。
想いあふれて(Chega De Saudade) / ジョアン・ジルベルト
1959年にリリースされたジョアン・ジルベルトのデビュー・アルバムで、プロデューサーはアントニオ・カルロス・ジョビン。ボサノヴァの誕生を告げる最初のアルバムとして広く認識されており、 それまでのサンバとは全く異なる、ジョアン・ジルベルトによる囁くような歌唱法、洗練されたアコースティックギターの演奏スタイルが確立された、ボサ・ノヴァそのものが詰まったような必聴名盤に間違いないだろう。楽しいよ。
アントニオ・カルロス・ジョビンの奥深さに酔いしれた
ストーン・フラワー(Stone Flower)/ アントニオ・カルロス・ジョビン
そしてボサ・ノヴァの創始者となるのがこのアントニオ・カルロス・ジョビン。ジョビンはボサ・ノヴァに限定されない、20世紀の偉大なる作曲家の一人と言われている。ジョビンと言えばアルバム『波(Wave)』が最も有名だが、今回オレがよく聴いていたのはこのアルバム、『ストーン・フラワー(Stone Flower)』。『波(Wave)』の続編と位置づけられ、ボサ・ノヴァの範疇に留まらない、土着的なブラジル音楽のリズムをより強く打ち出した作品となっている。それなのでどちらかというとジャズ・フュージョン的な作品なのだが、微妙な泥臭さが独特な味わいを生み出し、ジョビンの幅広い音楽性を堪能できる名盤となっているのだ。
テラ・ブラジリス(Terra Brasilis)/ アントニオ・カルロス・ジョビン
1980年に発表したこのアルバムは、ジョビンのキャリア初期から中期にかけて発表された数々の代表曲を、新たなアレンジで再録音したものとなる。中期ジョビンのキャリアの集大成とも言えるアルバムであり、全20曲72分収録というのはボサ・ノヴァ・アルバムとしては結構破格で、彼の代表曲をまとめて楽しみたいというならうってつけのアルバムだと思う。ストリングス・アレンジもこれでもかと言わんばかりに流麗で、相当お腹いっぱいになれます。
アントニオ・ブラジレイロ(Antônio Brasileiro)/ アントニオ・カルロス・ジョビン
1994年にリリースされたジョビンの最後のスタジオアルバム。いわば彼の音楽活動の集大成であり、遺作として特別な意味を持っている。円熟したボサ・ノヴァ・アルバムであり、同時に非常にリラックスした、時には茶目っ気までうかがえる構成がとても楽しく、大御所の本当の余裕というものをうかがうことができる作品だ。特にスティングとのデュエット曲「How Insensitive (Insensatez)」が素晴らしくて、何度聴いてもうっとりしてしまう。これも本当によく聴いたアルバムだなあ。
イパネマの娘(The Composer of Desafinado, Plays)/ アントニオ・カルロス・ジョビン
アントニオ・カルロス・ジョビンが1963年に録音・発表した初のスタジオ・アルバム。それ以前にも『Getz/Gilberto』などのアルバムでピアノを弾いていたが、本作で彼の才能が全面的にフィーチャーされることになる。自身の作曲した名曲の数々を自身のピアノとギター演奏、さらにクラウス・オガーマンによる浮遊感溢れるアレンジが施されたインストゥルメンタル・アルバムとなり、ボサ・ノヴァを代表する名曲が多数収録、まさにこれ1枚に初期のジョビンの全て、あるいはボサ・ノヴァそのものが詰まっていると言っていい名盤だろう。









