エストニアが舞台の映画を4作観た

エストニアという国

バルト三国の一つであるエストニアは、日本の九州ほどの面積に130万人余りが住む小さな国だ。小国ならではの運命なのか、その長い歴史においてデンマーク、スウェーデン、ロシアといった大国に支配され辛酸をなめてきたが、1991年のソ連崩壊に伴いようやく主権を回復した。現在はIT産業を中心に経済が活性化しており、バルト三国で最もGDPが高い国だという。

そのエストニアを舞台とした映画を4作観た。タイトルはそれぞれ 『エストニアの聖なるカンフーマスター』『ノベンバー』『1944 独ソ・エストニア戦線』『こころに剣士を』。どの作品も驚くほどユニークであると同時に、エストニアの歴史や宗教と 密接に結びついた映画である。今日はその4作を紹介してみたい。

エストニアの聖なるカンフーマスター (監督:ライナル・サルネット 2023年エストニア・フィランド・ラトビア・ギリシャ・日本合作)

映画『エストニアの聖なるカンフーマスター』は、1970年代のソ連占領下の エストニアを舞台に、ロックとカンフーに目覚めた青年が修道院でカンフーの極意を習得しようとするコメディ作品だ。まずこの映画を観て「エストニア、いったいどうなってるの!?」とエストニアへの興味が湧いたのだ。

ロック、カンフーときて最後が修道院!?という訳の分からない三段落ちが楽しい。激しいハードロックが鳴り響く中、黒い修道服を着た僧たちがワイヤーアクションで宙を飛び、熱いバトルを繰り広げるシーンは、可笑しくもシュールである。物語はハチャメチャに突き進むあまり交通整理が追いつかず、テーマを見失いがちな 場面もある。しかし楽しい映画を作りたいという意気込みは十二分に伝わってきて、 嫌いになれない作品だ。

ではこの奇抜な設定の裏には何があるのか。ソ連占領下のエストニアの若者たちが 抱いていた、自由主義諸国のユースカルチャーへの飢餓感——そういうことではないだろうか。その中でロシア正教会修道院というのは、ロックとカンフーの物語を自由に展開するための隠れ蓑なのではないかと思う。エストニアにとってロシア正教会は占領国の抑圧の象徴だろうが、それを面白可笑しく描くことこそが、ロック的あるいはカンフー的な反逆の証だったのではないだろうか。

ノベンバー (監督:ライナル・サルネット 2017年ポーランド・オランダ・エストニア合作)

映画『ノベンバー』は19世紀エストニアの寒村を舞台に、奇妙な純愛の行方をモノクロ映像で描いたダークなラブストーリーだ。召喚される悪魔、村を闊歩する使い魔、「死者の日」を迎える11月に帰還する死者たち、死を撒き散らす疫病神—— 奇怪で幻想的な描写に満ち溢れ、東欧の厳しい自然の光景も相まって素晴らしい ダークファンタジー作品となっている。

その映像の美しさは昨今観た映画の中でも群を抜いていると言っていい。引き込まれるような深みに満ちたモノクロ映像がさらに拍車をかけている。この強烈な幻想性を生み出しているのは、作品に底流するアニミズムと宗教的背景、民話と神話が綯い交ぜとなった物語性にあるだろう。11月に帰ってくる死んだ家族に食事を供える描写などは、日本のお盆を思い出してしまった。

見逃してはいけないのは、物語に登場する裕福なドイツ人領主の存在だ。村人の羨望とその裏腹な敵愾心、被支配民族としてのエストニア人の心情—— そこに目を向けずにこの映画は語れない。19世紀前半のエストニアはドイツ系貴族に支配されており、農民たちは貧困にあえいでいた。そんな中、彼らの心を慰めたのがエストニアの伝承であり伝説だったのだ。『ノベンバー』の幻想性の背景には、 当時のエストニア人の心理的支柱とそこへの逃避が存在している。

ノベンバー

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1944 独ソ・エストニア戦線 (監督:ルモ・ヌガネン 2015年エストニア・フィンランド合作)

1944年、第二次世界大戦末期のエストニアを舞台に、ドイツ軍・ソ連軍両方の部隊に配属されたエストニア人兵士たちが、同胞同士で戦わなければならなかった悲劇を描いた戦争映画である。

1940年にソ連へ併合されたエストニアは、1941年の独ソ開戦によって今度はドイツに占領される。そして1944年、ソ連赤軍がドイツ軍を押し返しエストニアへの再侵攻を開始。この状況下でエストニアの若者たちは、どちらかの軍に強制動員されるか、あるいは個人的・政治的な理由から参加せざるを得なかった。歴史的に評価すればソ連赤軍もドイツ軍も等しく非難に値するが、当時のエストニア人にとってはどちらの「最悪」を選ぶかしか道がなく、結果として同胞同士が敵味方に分かれて 殺し合うという最も絶望的な事態を招いてしまった。

映画としては演出に甘い部分もあり、戦争映画としてのカタルシスも今一つではある。しかし、同胞同士が戦わなければならないという悲劇的な状況はしっかりと描かれている。ソ連側・ドイツ側それぞれのエストニア人兵士の視点を交互に追い、両者の苦渋を 描く構成には心が痛んだ。

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こころに剣士を (監督:クラウス・ハロ 2015年フィンランド・エストニア・ドイツ合作)

映画『こころに剣士を』は、1950年代初頭、ソ連占領下のエストニアの田舎町に赴任した体育教師エンデルが、子どもたちにフェンシングを教えようと奮闘する物語である。これだけ聞けばよくある学園スポーツ物に思えるが、その背後には重く暗い時代の事情が横たわっている。

まず、エンデルが第二次世界大戦でドイツ側の兵士として戦ったエストニア人 であるという事実だ。この背景は前述の『1944 独ソ・エストニア戦線』に詳しい。終戦後のソ連占領下では、その事実が秘密警察に発覚すれば即座に収容所送りとなるため、エンデルは過去をひた隠しにしていた。しかしフェンシング部の活躍が注目を集めるにつれ、 彼の正体は次第に暴かれ始める。

もう一つの核は、なぜ戦後の田舎町の子どもたちがフェンシングに熱中したのか、という点だ。全てが失われた町には子どもたちが気軽に楽しめるスポーツが存在せず、そこへ元フェンシングチャンピオンのエンデルがこの競技を持ち込んだ。そして戦争で父を奪われた多くの子どもたちにとって、厳しくも真摯に指導するエンデルの姿は、新たな父親のように目に映ったのだ。

この設定だけで心が強く揺さぶられる。様々な困難を乗り越え大会出場を果たす子どもたちの健気な姿には、胸を打たれた。そしてラストでこの物語が実話であると知ったとき、驚きとともに深く納得した。悲惨な過去を乗り越え未来への希望を培おうとするこの物語は、過去に幾度も蹂躙されてきた国エストニアの、それでも消えなかった希望の記録でもあるのだ。

こころに剣士を(字幕版)

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