熾烈な独ソ空中戦を描くバンドデシネ!〜『ル・グラン・デューク』

■ル・グラン・デューク / ヤン、ロマン・ユゴー

1943年冬、地獄の東部戦線。向かうところ敵なしのルフトヴァッフェ(ドイツ空軍)は完全に制空権を握り、敗走するソ連軍に鉄と火の雨を降らせていた。圧倒的な敵の進撃を少しでも遅らせるために、ソ連空軍にできることといえば、パイロットの英雄的行為に頼るだけであった。ドイツ兵の眠りを妨げるため、低速の旧式機で決死の任務に出撃する“夜の魔女”。彼女達の決意は固く、どんな犠牲もいとわない。リリアは、そんな魔女の1人であった。リリアの前に現れたヴルフは、ヒトラーに忠誠を誓う“鋼鉄の鷲”の一員であったが、同時に規則破りの常習犯であり、何よりも心の底からナチを嫌っていた。

  • これまで幾つかのバンドデシネ作品を読んできたけど、たいていはビジュアル重視のSF作品だったり、文学的なテーマを持つ人間ドラマだったりしてたんですよね。しかしこの『ル・グラン・デューク』は、実にエンターティメント要素の強い戦争ドラマとして仕上がっているんです。
  • 舞台は第2次世界大戦中の東部戦線、ドイツとソ連は熾烈な戦いを繰り広げていますが、このコミックでは、独ソの戦闘機同士の戦闘を中心に描いてるんですね。
  • そしてここで描かれる戦闘機をはじめとする兵器の描写が実に美しいんです!自分はミリタリーマニアとかでは全然無いし、兵器がカッコイイなんていうと誤解を招くかもしれませんが、マシンを細かく正確にそして美しく描くという技量って、目を奪われるものがあるんですよ。
  • だからあえてもう一回言うと、このコミック、描かれる戦闘機がなにしろ美しい!カッコイイ!
  • 物語もまたユニークなんですね。主人公はナチス・ドイツの空軍戦闘機乗りなんですが、この物語では決して悪モンとして描かれていない。むしろSSを毛嫌いする生真面目な軍人なんです。ナチス=悪という紋切り型じゃないんですね。その反面悪辣なナチ将校とかもきちんと出てきて「お前は反政府分子か?」とか言ってきたりする。主人公はナチ強制収容所の話も聞かされたことがありますが、それは連合国のデマだと信じてたりします。主人公の仲間たちも同じように、軍人であるというだけで決して悪魔のような残虐な人間たちではない。彼らは職業軍人として己の役割を果たしてはいるものの、国家、そしてヒトラーの言うことをそのまま鵜呑みにしている無思慮な人間たちではない。彼らにとって、自分らの属する国がナチス・ドイツだった、ということだけが悲劇だったともいえる。
  • こういった人物造形を堂々と描き商業誌に発表できるところがフランス・コミックの間口の広さ、もしくはフランス人というものの考え方の広さかな、と思ってしまいました。
  • 一方、もう一人の主人公はソ連の女性パイロット。戦況の悪化したソ連は、男の兵士だけでは戦争を切り抜けられないからと女性パイロットの部隊を作り、旧式の複葉機で、ドイツの最新鋭戦闘機相手では殆ど勝てる見込みのない空中戦へ彼女らを送り込みます。その中で、主人公女性は「夜の魔女」と恐れられる百戦錬磨の強面パイロットだったのです。
  • この二人のパイロットが、戦争の中でお互い仲間を失い、敵を憎み、呪いながらも、次第に強敵であるお互いの存在を意識しあうんです。
  • そして二人は、国家というイデオロギーではなく、生粋の軍人、そして腕利きのパイロット同士として、いつしか奇妙な感情をお互いに持ち始めるんです。
  • 敵対するもの同士の、言ってしまえば"恋"に似た感情というのは、そんなもの現実には有り得ない絵空事だろうと言ってしまえばそれまでなんですが、ひとつのフィクションとして見るならば、これがなかなかのロマンを盛り上げてゆくんですね。
  • 物語冒頭では圧勝を誇っていたドイツは次第に連合国に追い詰められ、終盤では遂に本土決戦にまで至ります。優勢と劣勢の立場が逆転した主人公二人は、物語のクライマックスで何を選択するのか。第2次世界大戦を舞台にしたミリタリー・アクション『ル・グラン・デューク』、美麗な絵と合わせ、傑作に仕上がっていました。
  • お色気シーンも結構あるよ!

 
 

ル・グラン・デューク

ル・グラン・デューク