WASP、それは女性だけで編成された航空輸送部隊〜『エンジェル・ウィングス』

■エンジェル・ウィングス / ヤン、ロマン・ユゴー

エンジェル・ウィングス

物語の主人公は女性だけの航空輸送部隊WASPに所属するパイロット、アンジェラ・マクラウド。彼女はC‐47輸送機を駆って、ヒマラヤ山脈を越えてビルマから中国へ至る輸送任務「ハンプ越え」に従事した。ビルマの地でアンジェラは、P‐40戦闘機を装備する「ビルマ・バンシーズ」飛行隊のパイロットたちに出会い、彼らに自らの飛行技量と度胸を見せつける。その後、彼女が留まる基地にピンナップ・ガールのジンクス・フアルケンバーグが慰問に来着。物語は二人の女主人公を軸に展開する…!

舞台となるのは第2次世界大戦時のビルマ。ここで連合軍と帝国日本軍が制空権を巡って激しい戦闘を繰り広げていた。物語の主人公は女性だけの航空輸送部隊WASPに所属するパイロット、アンジェラ・マクラウド。男だらけの熾烈な戦場で、その男たちから軽んじられながら、持ち前のタフネスだけを武器に、死を賭して大空を駈る女。男勝り、強い意志を秘めたまなざし、背は低いがなかなかのグラマー。なんと時々ヌード・シーンのサービス・ショットがあるのも嬉しい!
物語は彼女を中心としながら、ビルマ戦線における危険に満ちた任務と、アンジェラの仄かな恋と、悲しい過去が交差しつつ展開してゆく。さらに、戦地に慰問に来たハリウッド女優ジンクスとの、女同士の確執が燃え上がるところなんざ作者分かってらっしゃる、といった感じ!バンドデシネ『エンジェル・ウィングス』は、このアンジェラの持つキャラクターの魅力でグイグイと引っ張ってゆくのだ。
実際に当時の軍部には「女性だけの航空輸送部隊WASP」は存在していた。しかしそれは軍の補佐的な役割でしかなく、「WASPの女性パイロットはすべて民間のボランティアであり、身分としては“軍人”ではなく“公務員”として扱われた*1」。しかし、任地での危険は男たちと一緒なのだ。そんな、ある意味差別的な立場にありながらも、物語の主人公アンジェラは凛として己の任務を遂行してゆく。この作品のような波乱万丈の物語は実際には有り得なかっただろうとしても、戦場に臨む女たちの気概はずしんと胸に響いてくる。スパイ疑惑やジャングルでの逃走劇などエンターティンメントとしての楽しみもたっぷり。これは戦闘機バンドデシネの大傑作かもしれない。
さらにこの『エンジェル・ウィングス』はグラフィックの質が相当に高い。物語で活躍する戦闘機の姿が、圧倒的なまでに美しく描かれているのだ。
オレは宮崎駿のアニメーション映画『風立ちぬ』には、そこで描かれる宮崎の戦闘機への偏愛が今ひとつ理解できず、作品としてどうにもノレなかったクチだ。しかし、ヤン原作、ロマン・ユゴー作画のバンドデシネであるこの『エンジェル・ウィングス』を読んで、宮崎の戦闘機の偏愛が、多少なりとも理解できた思いがある。なにしろ、ここで描かれる戦闘機の数々が、びっくりするほど美しいのだ。それが戦争をするための兵器である、なんていうことは一切関係ない。美しいから、美しいのだ。それは、「空を飛ぶものの独特の美しさ」ということなのだろうか。
ただし具体的に言うなら、現実の戦闘機が美しいかどうかということではなく、戦闘機に魅せられた者だけが描ける、官能に満ちた描線の美しさ、ということでもある。最も美しく見えるアングル、スピード感と雄々しさ、角度によって違う光線の照り方、そういったものを知り尽した者だけが描くことのできる描線なのだ。ミリタリーマニアでもなんでもない、そもそも描かれている戦闘機が何かすら知らないし分からないオレが、これはただただ美しいものだ、と感じ入ることができるのだから、ロマン・ユゴーの描画がどれだけ頭抜けて優れているのか理解できるだろう。

エンジェル・ウィングス

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