『アリータ:バトル・エンジェル』は主人公の目が大きいだけじゃない大興奮な映画だったッ!

アリータ:バトル・エンジェル (監督:ロバート・ロドリゲス 2019年アメリカ映画)

f:id:globalhead:20190223170505j:plain

◆『アリータ:バトル・エンジェル』を観た

木城ゆきとによる日本のコミック『銃夢』を原作に、監督:ロバート・ロドリゲス、脚本:ジェームズ・キャメロンで製作されたSF映画アリータ:バトル・エンジェル』を観たんですけどね、いやー、主演女優さんビックリするほど目が大きくてビビりましたよ!あんな女優さんもいるんですねー(違う)。

◆アリータの目の大きさ

それにしても、最初この映画の予告編を観たとき主人公アリータの目がすんごく大きくて、もちろんCGなんでしょうけど、「何コレ?」と思いませんでした?「なんかすんごい違和感あるけど」ってみんな思ったんじゃないかなあ。

しかしね。これが映画を実際観てみると、まるで違和感が無いばかりか、逆にとてもチャーミングに見えてしまったから驚きましたね。むしろ「これが正解だったんだ」とすら思わされましたよ。

例えば、クリストフ・ガンツ演じるアリータの名付け親イドはやっぱりクリストフ・ガンツだし、ジェニファー・コネリー演じるイドの元嫁チレンはやっぱりジェニファー・コネリーなんですね。当たり前っちゃあ当たり前なんですが。

けれども、アリータに関しては、唯一無二の「アリータ」なんですよ。実際はローラ・サラザールという女優さんがモーション・キャプチャーで演じているのですが、CG化された容姿は他の誰でも無い「アリータ」なんですね。

これ、ネットで誰かが言ってたんですが、「『アリータ』は実写とアニメの融合を目指したってことなんじゃないか」という話があって、それを読んで「ああなるほど」と溜飲が下がりましたね。100%架空の容姿のキャラを中心に配することで、コミック原作の物語を、まさにコミックらしく撮ろうとしたのが映画『アリータ』だったんじゃないかってね。

◆没落した未来世界が舞台

物語の舞台は数百年後の未来、「没落戦争」と呼ばれる惑星間戦争により未来を閉ざされ斜陽と化した地球の一都市アイアン・シティ。ここで医師イドは天空都市ザレムから廃棄されたゴミの山から300年前の壊れたサイボーグを拾い上げるんですね。

メンテナンスされ生き生きと動くようになったサイボーグはアリータと名付けられますが、過去の記憶を持っていません。しかし、このアリータこそが「没落戦争」を戦い抜いた戦闘サイボーグの生き残りだったことが後に判ってきます。そして彼女の身体に秘められた強力なテクノロジーを奪うため、様々な刺客が送り込まれることになる・・・・・・というのがこのお話。ちなみに原作マンガは読んでません。

物語の世界観はSF作品としてはある意味ありふれたものです。世界戦争後の荒廃した未来とか、エリートの住むユートピア都市/貧困と犯罪にまみれたスラム街という格差社会とか、サイボーグ(ないしはロボット)の跋扈する世界とか、これだけでも幾つか同様のSF作品を挙げられるでしょう。

記憶を喪った主人公、というのもよくありますし、アンドロイドではありませんがロボット同士のバトルというのなら『リアル・スティール』(2011)という映画があったし、サーキット・デスマッチ「モーターボール」はモロにSF映画ローラーボール』(1975/リメイク作は2002)ですよね。そういった部分では特に珍しい部分のある物語では無いんですよ。

◆戦闘少女アリータ

しかしこの物語は、幾つかの部分で切り口を変えることで新鮮な世界観を持たせることに成功しているんです。まずなにより「戦闘少女アリータ」というキャラの在り方です。『バイオニック・ジェミー』みたいなサイボーグ・ヒロインはかつて存在しましたが、アリータのような10代少女の外見を持つ戦闘サイボーグは少なくともハリウッド作品では珍しいんじゃないかな。

そしてこのアリータの「親子関係」であったり「ロマンス」であったりする部分、いわゆる「ティーンエージャーの心の揺れ」を物語に持ち込んでいる部分が新鮮ですし、それにより非常に大きな感情移入を可能にしているんですよ。

もうひとつ、この作品ではアンドロイド同士の戦闘が多数描かれますが、「法的にアウト」という理由で基本的に銃器やSF武器は使用されず、あくまで「格闘」をメインとしている部分、つまりサイボーグ同士の肉弾戦を徹底的に描いている部分が逆に興奮を生み出しているんですね。

そしてまた敵のアンドロイドというのがどいつもこいつも醜い鉄の塊みたいな野郎(女性型もありますが)ばかりで、下手に人間の顔をしているもんだからその異様さはなお一層醸し出されます。彼ら、ないしアリータが戦闘の最中に肉体破損したり切り株状態になったりする描写が頻繁に登場しますが、「機械が破壊された」というのとはまた違うグロテスクさがあり、これもまた作品の特色となってるんですよ。

◆『鉄腕アトム』直系のロボット作品の系譜

この作品を観ながら思ったのは、日本のコミック原作である部分から、手塚治の『鉄腕アトム』直系のロボット作品の系譜を継いでいる作品なんじゃないかということですね。アトムと天馬博士との父子関係はまさにアリータそのものだし、ロボットバトルもアトム作品に存在し、そこにおける感情的なロボットたちや破壊されたロボットのグロテスクさもアリータと同様です。

「ロボット」の概念とはユダヤ教伝承の泥人形ゴーレムの如き魂無き無機物ではありますが、心を持ったロボット・アトムはもはや「魂なき無機物」とは呼べません。それは無機物の肉体を持つ生命(A.I.)と呼ぶべきものです。スピルバーグ作品『A.I.』(2001)ではようやくロボットA.I.をひとつの生命の如きものとして描きますが、日本のコミックでは既に先験的に「生命と同等のもの」であり「人間の似姿」だったんですね。

アリータはロボットではなくサイボーグですが、「無機物の肉体を持つ生命」といった部分で同行のモチーフを描いてはいないか。それは作者が意識するしないに関わらず、日本のコミックの遺伝子を持った作品ならではの物語性がこの作品には内在していないか。そしてそんな日本独特の感覚が欧米監督の目に止まったんではないか。そんなことをちと考えた作品でもありました。

◆オマケその1:「T」と「A」のヒミツ

ジェームズ・キャメロンの監督作品のタイトル殆どが「T」「A」で始まる、ということを製作者のジョン・ランドーが指摘している、というお話です。

ランドーはキャメロンのほとんどの映画が『タイタニック』(T)、『エイリアン2』(A)、『ターミネーター』(T)、『アビス』(A)、『トゥルーライズ』(T)、『アバター』(A)とTまたはAで始まるタイトルばかりであると指摘している。

アリータ: バトル・エンジェル - Wikipedia

そしてこの『アリータ:バトル・エンジェル』は(キャメロン監督作ではありませんが)「A」で始まる映画なんですね。 

◆オマケその2:こんな『アリータ:バトル・エンジェル』はイヤだ!?

……以上、お粗末様でした!!


『アリータ:バトル・エンジェル』 予告編2 (2018年)

 

アート&メイキング・オブ・アリータ:バトル・エンジェル

アート&メイキング・オブ・アリータ:バトル・エンジェル

 
新装版銃夢(1)錆びた天使 (KCデラックス)

新装版銃夢(1)錆びた天使 (KCデラックス)

 
アリータ:バトル・エンジェル(オリジナル・サウンドトラック)

アリータ:バトル・エンジェル(オリジナル・サウンドトラック)