怪人連盟第3弾『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン:センチュリー』を読んだ

■リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン:センチュリー / アラン・ムーア(原作)、ケビン・オニール(画)

リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン:センチュリー

1910年、火星人の侵略から倫敦を守り抜いた怪人連盟。だが、その代償は大きかった。ジキルとグリフィンが命を落とし、ネモ船長が去った今、残るはミナ・マリーとアラン・クォーターメイン・“ジュニア”のみ。不死なるオーランドーの助力を得た二人は、破滅をもたらすとされる「ムーンチャイルド」の誕生を阻止すべく動き出す。それが、一世紀にも及ぶ長き戦いになるとは知る由もなく…。1910年、1969年、2009年と三つの時代を舞台に、怪人連盟と希代の魔術師の死闘を描く、鬼才アラン・ムーアの代名詞たる長寿シリーズ、堂々の第三弾登場!

大英帝国の薫り高い「怪人連盟」の物語第3弾!

H.G.ウェルズジュール・ヴェルヌ、H.R.ハガード、ブラム・ストーカー、ロバート・ルイス・スティーヴンソンら19世紀から20世紀初頭に掛けて活躍した英国作家によるSF・怪奇・冒険小説の主人公を結集させ、「怪人連盟」の名の下にビクトリア朝イギリスを襲う超自然的な危機を救う!というグラフィック・ノベル『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン(LoEG)』シリーズの最新作第3弾が遂に発売されました。

原作は『ウォッチメン』『Vフォー・ヴェンデッタ』『フロム・ヘル』『バットマン:キリングジョーク』『スーパーマン:ザ・ラスト・エピソード』 を手掛けた鬼才、アラン・ムーア。原作コミックを読んだことの無い方でも幾つかの映画化作品の存在はご存知でしょう。彼の文学的で批評的でアダルトな切り口を見せる問題作の数々はグラフィック・ノベル界に新風をもたらし、コミックというものを新たなステージに立たせたといっても過言ではありません。

この物語、当時のイギリスにまつわるあらゆる小ネタ、実在/フィクションの人物・出来事を徹底的に散りばめ、19世紀イギリス文化と文学を極限まで濃縮したとんでもない「裏イギリス史」作品でもあるのです(ちなみにこのシリーズを映画化した『リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い』という作品がありますが、原作とは似ても似つかない駄作なので考慮に入れる必要はありません)。

■これまでの作品を振り返ってみる

まずはこれまで発表された『LoEG』の物語を振り返ってみましょう。

◆リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン

リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン

リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン

 

ビクトリア朝時代を舞台に、アラン・クォーターメン、ネモ船長、ジキル博士とハイド氏、透明人間、さらに吸血鬼ドラキュラのヒロインが主人公となり、大英帝国の繁栄を脅かす魔人フー・マンチューの陰謀を討つ!というとんでもない物語なんですが、それだけではなく、作品全体を覆うスチームパンクのテイストが堪らなく素晴らしいんです!

◆続リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン

続リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン

続リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン

 

今作ではH.G.ウェルズの『宇宙戦争』で描かれた火星人が敵役として登場し、前作を遥かに超えるスケールでロンドンを蹂躙してゆくのです!毎回古きイギリスを彷彿させるSF・推理・怪奇小説の小ネタがとどまるところを知らぬ量で散りばめられるこの作品ですが、さらに今作では「火星しばり」ということで、火星を舞台にしたプロローグで物語られるのはE.R.バローズの「火星シリーズ」の様々な登場人物と小ネタです!

■そして怪人連盟第3弾『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン:センチュリー』

こうして2作に渡り19世紀ビクトリア朝イギリスを救ってきた「怪人連盟」ですが、この第3作においては時代は20世紀に突入、さらには21世紀にまでその戦いが波及してゆくのです。実に100年を優に超える年代を経ることになりますが、「怪人連盟」のメンバーの殆どは「不死」であり、そうでない者は「代変わり」して登場しており、主要メンバーはほぼ変わりが無いんですね。

今作の主人公となるのは『ドラキュラ』のヒロイン、ミナ・マリー、『ソロモン王の洞窟』で知られるアラン・クォーターメイン、『海底2万里』ネモ船長の落し子ジャンニ、さらに新メンバーとしてヴァージニア・ウルフ作品『オーランドー』の主人公である不死者オーランドー。そして彼らと敵対しイギリスを地獄の底へ落とそうとする邪悪なる男オリバー・ハッドは実在の魔術師アレイスター・クロウリーをモデルにしてるんですね。

物語は3章に分かれています。第1章「何が人間を生かしているのか?」では1910年のオカルト社交界を舞台に、シャーロック・ホームズの兄マイクロフト、切り裂きジャック、時間旅行者アンドリュー・ノートンなどを登場させながらイギリス・イーストエンドで巻き起こる大災害へと展開します。

第2章「黒く塗れ!」では1969年を舞台として当時のサイケデリックなロック/ドラッグ/ヒッピー・カルチャーを登場させ、その裏で進行する魔術師オリバー・ハッドの邪悪な企みを阻止せんと奔走する「怪人同盟」の活躍を描きます。そしてこの章において物語の鍵を握る人気ロック・バンドのモデルはあのローリング・ストーンズなんですよ!?

第3章「ぶち壊せ」ではいよいよ舞台は2009年の汚濁と退廃に満ちたイギリスです。戦いに疲弊し新しい文化にとまどう「怪人同盟」メンバーはここで遂にハッドとの最終決戦に挑むのです。そしてこの第3章、なんとキーワードとなるのはあの!「ハリー・ポッター」シリーズなんですよ!?そしてラストには”アレ”が!?えええええこのネタまで!?と驚愕必至!

今作では今までの2作を遙かに越えるとてつもない量の小ネタ・裏ネタが続出します。ドイツの劇作家アルベルト・プレヒトの音楽劇『三文オペラ』から始まり終いには『サンダーバード』まで飛び出す始末!なにしろ全ては書き切れませんがその引用の膨大さ詳細さには気が遠くなりそうなほど。原作者アラン・ムーアの博覧強記も凄まじいですがこれら引用を脚注として小冊子にまとめた日本版編集者の尽力にも頭が下がります。

作品全体の雰囲気はどこまでもアラン・ムーア節全開、シリアスな物語の中に皮肉と冷笑と諧謔を織り交ぜ、性描写は露骨で低劣、暴力描写は無慈悲で醜悪、心にルサンチマンを抱えた主人公にも登場人物にも感情移入は困難です。ケビン・オニールのグラフィックは非常に特徴的ですが不安定で時に破綻を見せ、決して親しみやすくはありません(サイケデリック描写は稚拙だったなあ)。この第3巻はひたすら癖が強く、これまで以上にシニカルな作品となっています。しかしやはり「イギリス文化史地獄巡り」とも言える物語は強烈な吸引力に満ちており、片時も目が離せないんですよね。そういった部分で万人向けではないんですが、英国サブカルチャーにこだわりのある方なら一度手に取られてみるといいかもしれません。

リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン:センチュリー

リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン:センチュリー