諸星大二郎短編集成 (4) 砂の巨人 / 諸星大二郎
画業55周年記念デビュー以来の短編を集成 「異能の作家」として手塚治虫をはじめ多くの作家からリスペクトを集め続ける鬼才・諸星大二郎氏の画業55周年を機に、「諸星大二郎短編集成」全12巻を刊行いたします。その唯一無二かつ、多彩なジャンルを越境する夢魔的な諸星短編を、原初から最新作にわたり集大成、単行本未収録もふくめて編年体でその全体像を捉えた、初の集成となります。 第3回配本は第4集。「ユニコーン狩り」「感情のある風景」ほか13編を収録。
諸星大二郎の画業55周年を記念して刊行されている『短編集成』(全12巻)の第3回配本は、1979年から82年の執筆時期のものを中心としている。デビューから10年を経た諸星だが、その力量は既に安定の極致であり、歴史幻想、ナンセンスギャグ、社会派寓話、そして叙情的幻想といったバラエティの豊かさも相変わらずで、十分に脂の乗った作品群を楽しむことができた。
タイトル作「砂の巨人」は、タッシリ・ナジェールの岩壁画をモチーフにした歴史幻想だ。サハラがまだ緑を持っていた時代を舞台に、部族の抗争、白い娘の運命、牛の時代から馬の時代への移行、そして砂漠化という地質学的規模の時間を、淡々とした叙事詩のタッチで描く。文化人類学的な根拠のある想像力が働いており、「それっぽい」神話ではなく「そうだったかもしれない」古代として読める強度がある。
「ロトパゴイの難船」はその前日譚に相当し、『オデュッセイア』の忘却の民ロートス喰いを取り込みながら、「砂の巨人」に残された謎を解く。二作をまとめて読むとき、後者のラストで前者の白い娘の行動が突然意味を持ち始める——その遅延カタルシスは諸星の構成力の真骨頂だ。
本巻の射程の広さは、この歴史幻想の重厚さとは対極に位置する作品群が同じ一冊に収まっていることで際立つ。「天崩れ落つる日」は崖上の巨石が落ちないと信じなければ暮らせない町の話で、宗教と集団心理の脆さを不条理ギャグとして昇華している。「復讐クラブ」は依頼者と標的の関係が逆転する皮肉な構造で、サラリーマン社会の怨念をブラックユーモアに変換する。「感情のある風景」は、内面の感情が幾何学図形として顔の横に浮かぶ惑星を舞台にしたSFで、SF的ギミックが感傷の容れ物として機能する——こういう使い方のSFに諸星は本来的に向いている。
怒々山博士シリーズのナンセンス「逆立猿人」、ディストピア的な集団抑圧を描く「蒼い群れ」、氷河期再来の世界で原始信仰が復権する「ラストマジック」、会社組織の幽霊的な孤独を突く「会社の幽霊」、巨大回虫が暴れ回る「陽はまた昇る」、そして日常の亀裂から突如として異界へ放り出される「砂漠の真ン中に」——様式も語り口もばらばらなこれらの作品が、しかしすべて「日常の論理が静かに狂い始める瞬間」を出発点にしており、その意味では一本の糸で繋がっている。
そして本巻の真の核心は「桃源記」だ。古代中国を舞台に陶淵明の「桃花源記」を下敷きにした本作は、不老長寿の実現した理想郷を描きながらも、期待通りの不気味でおぞましい物語へと暗転してゆく。完全だと思われていたものが何もかも溶解して地の底に引きづり下ろされ、醜悪で死臭に満ちた異形へと変わり果てる恐怖。主人公のアイデンティティ崩壊の仕掛けにも技巧が光っている。そして全ては虚無に還ってゆくのだ。諸星のコミック的達成として最も高い水準に達している作品だろう。「複数の作風を一冊に詰め込んだアンソロジー」が往々にして陥る散漫さを、この一作が引き受けて締める。


