■ディストピア パンドラの少女 (監督:コーム・マッカーシー 2016年イギリス映画)
映画『ディストピア パンドラの少女』、なんだか意味ありげな邦題ですが、要するにゾンビ映画です。とはいえ、よくあるゾンビ映画と少々違った雰囲気を持った作品なんですよ。
まず冒頭から物語はなんだか謎めいています。地下室のような場所で、車椅子に拘束され銃を突き付けられた子供たちがひとつの部屋に集められ授業を受けているんです。ここはどこなのか?子供たちは何故拘束されているのか?今何が起こっているのか?……等々、様々な疑問が湧き、物語に引き込まれてゆくんですね。
まずここはイギリスの軍基地であり、外の世界では特殊な菌類によりゾンビ禍(劇中では「ハングリーズ」と呼ばれています)が起こり、世界は滅亡に瀕していたんです。そしてこの子供たちというのは、母親の胎内で菌に感染し、「人肉を好むが人間としての意識も思考力もある」ハイブリッド体であった、というのが分かってきます。
主人公の名はメラニー、彼女はハイブリッド体の少女ですが、高いIQを持ち、豊かな感情も兼ね備えています。しかし彼女を始めとする子供たちは、ゾンビ抗体ワクチンの実験被験者でもあったんですね。そんなある日軍基地をハングリーズが襲撃、メラニーと生き残った者たちはまだ安全とされている別の軍基地を目指し廃墟と化したイギリスを横断するのです。
こんな作品なんですが、ゾンビ映画として要所要所で新しい試みが成されているところが目を引きます。なんといっても「人間/ゾンビ」のハイブリッド体というのが登場し、しかも見た目はまるで人間と変わらない、といった部分です。このハイブリッド体の存在それ自体が物語の大きなテーマになります。主人公少女メラニーはハイブリッド体であるためゾンビに襲われません。それにより同行者の危機を救ったりすることもあります。細かい所では「ゾンビ避け軟膏」でしょうか。これ、人間の臭いを消してゾンビに襲われないようにするペースト状の薬なんですね。
そしてゾンビ禍を巻き起こしたのが菌類であるという部分です。まあ原因が何でもゾンビなんだからいいじゃん、と思われるかもしれませんが、この「菌類である」ということが最終的に物語に大きく関わってきます。これまでのゾンビ映画では"原因"はあまり重要視されてきませんでしたが、この作品ではこの"原因"こそが要となるのです。そしてゾンビになった者の最終的な運命は、今までのゾンビ映画では決して描かれなかったものでしょう。
菌類によるパンデミックがもたらしたゾンビ禍、という部分ではゾンビ・アポカリプス・テーマの名作ゲーム『The Last of Us』を思い出さずにはいられません。このゲームでは「感染者」の顔にぶよぶよした茸のようなものが生えていますが、映画『ディストピア〜』でも「感染者」の顔を菌糸のようなものが覆っています。両作の主人公少女がゾンビ抗体ワクチンと関わることになるのも一緒です。とはいえ物語の流れは全く違うものとなっています。
映画のもうひとつの見所は廃墟となったイギリスの街々の光景でしょう。同じくパンデミックによる世界の滅亡を描いた『アイ・アム・レジェンド』(2007)でも、冒頭の廃墟と化したニューヨークの光景があまりにも美しかったのですが、どちらかというと廃墟の無機質ぶりが印象深かった『アイ・アム・レジェンド』と比べるなら、『ディストピア〜』では緑の中に飲み込まれていってしまう廃墟の様子がどこかイギリスっぽい気がしました。そしてこの廃墟の光景、チェルノブイリ原発事故により廃墟となったプリピャチの街をドローン撮影したものを一部使っているらしいんですね。
そして物語全体を見渡すなら、これは自分にはイギリス流の強烈なシニシズムが根底にあるのではないかと感じました。ゾンビ映画の基本にあるのは、キリスト教で言う「最後の審判のための死者の蘇り」が逆説的に地獄を生み出してしまうというペシミズムですが、この作品においてはむしろ、種としての人類の存在が既に時代遅れのものでしかなく、それは無力で滑稽なだけのものである、ということを冷笑的に描いているように思えましたね。イギリス産ゾンビ映画というとダニー・ボイル監督の『28日後…』がありますが、むしろエドガー・ライト監督の『ショーン・オブ・ザ・デッド』に通じる皮肉がこの作品にはあるのではないでしょうか。
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